第3部 第15話
 
 
 
「えー!?なんでだよ、泊めてくれよ!」

気持ちよく寝てたところを先生に叩き起こされてふくれっ面の森田。
寝癖と寝ぼけ眼のせいで、本当に小学生に見える。

「僕?そろそろお家に帰る時間だから、お姉ちゃんとお手繋いで帰ろうね?」
「うん。わかったよ、お姉ちゃん・・・って、なんでやねん」

森田は勝手に乗り突っ込みをやった後、うーん、と言って思い切り背伸びをした。
その拍子に背骨がポキッと鳴る。

「あ。今、背が伸びた」
「そんな訳ないでしょ!」
「ほんとだって。俺、今、第二成長期だから」

遅すぎないか。

森田が髪をぐしゃぐしゃと整えながら、私の真横にすっと立った。
身体が触れ合うほど近くて思わずドキッとする。

「ほら。1センチくらい伸びてるだろ?」
「わ、わかるわけ、ないでしょ!」

こんなに近いの初めてだし!

・・・でも。
確かに、森田、ちょっと大きくなった気がする。
もちろん、今の背伸びで急に伸びたはずないけど・・・

春より、ううん、夏休みに海に行った時より、大きくなった、かも。

「歩。俺の横に立ってみろよ」
「おー」

森田が今度は先生の真横に立つ。

「お、本当に伸びてるぞ。俺が182センチだから・・・もう178くらいあるな。
俺よりデカくなるつもりか。許さんぞ」
「許すも何も・・・」
「私も許さない!」

私は思わず言った。
先生も森田も「え?」と私の方を見る。

「なんで?」
「なんで、って・・・先生より大きいなんて、生意気だよ」

森田は「なんじゃ、そりゃ」と言って笑った。


178センチ。
お兄ちゃんの身長だ。

森田がそれを超える。
お兄ちゃん以上になる。


私は、森田を好きだと言いつつ、なんとなく「それでもお兄ちゃんの方が素敵だもん」と思ってきた。
というか、わざとそう思ってきた。
でないと、なんか、森田のことを物凄く好きになりそうで怖い。

森田の背がお兄ちゃんより高くなったところで、森田がお兄ちゃんより「素敵」になる訳じゃない。
でも、森田が何か一つでもお兄ちゃん以上の物を持つことで、
私の中の「お兄ちゃんの方が素敵だもん」という縛りがなくなる気がする。

もし、森田のことを凄く好きになってしまってから振られたら、立ち直れない気がする。
多分もう、お兄ちゃん以上の人にも森田以上の人にも巡り会えない気がする。


私は、先生の横で「もうちょっとだ、もうちょっとだ」と馬鹿みたいに騒いでる森田を見た。
本当に、「もうちょっと」だ。
少し背伸びすれば、先生と同じくらいになってしまう。

初めて会った時は、もっと小さく見えたのに・・・

今は森田の何もかもが大きく見える。


「で、なんで帰らないといけないんだよ。さては2人の時間を邪魔されたくないんだな?」
「そんなもん、今まで散々邪魔してきただろ」
「そうだっけ?」
「とにかく。泊まってもいいけど、三浦を家まで送ってからもう一度来い」
「はあ?なんでそんな面倒臭いこと」
「もう夜だし、危ないだろ」
「危ないって言っても駅まですぐ・・・」

森田は言葉を切って、先生の顔を見た。
そこに何かいつもと違うものを感じたんだろう。

「真弥、なんかあったのか?」
「・・・最近は、物騒だろ、色々」
「物騒?」

いい勘してる。

先生も誤魔化せないと思ったのか、市川さんのことを説明した。

「・・・じゃあ、三浦が職員室で居残りしてるのも、市川を避けるため?」
「ああ。この辺にも来てるみたいだ」
「危ないだろ!警察に言えよ!」

森田は興奮したけど、先生と和歌さんがなだめて、
とにかく今日は、先生と和歌さんが一緒に私達を駅まで送ってくれることになった。

「歩は、三浦を家まで送っていけよ」
「・・・わかったよ」

森田は渋々という感じで、帰り支度を始めた。



4人で専用エレベーターで一階に下り、エントランスを出て駅へ向かう。
私は、なんとなく緊張して辺りを見回した。

特に怪しい人影はない。
それでも、思わず市川さんの姿を探してしまう。

関係のない私でもこうなんだから、先生と和歌さんはもっと気が休まらないだろう。

現に、2人は普通に話しているけど、
先生は目をあちこちに向け、少し和歌さんの前を歩いている。


森田は・・・何を考えているのか、私の横で押し黙ったままだ。

気まずくて、私は先生に話しかけた。

「先生。そう言えば、『付き合ってくれないと自殺する』って言ってた生徒はどうなったんですか?」
「ん?ああ、どうしようもなくて、取り合えず何回か言われるままにデートした」
「デート!?うわあ、大変ですね、それ」
「そうだなー」
「和歌さんも・・・嫌な思いしましたね」
「う。うん」

何故か小さくなる和歌さん。
そしてそんな和歌さんをチラッと睨む先生。
?普通、逆だと思うんですが?

「それからどうしたんですか?」
「それがさ、突然どっかの大学生がその女子生徒に告白して、
女子生徒の方もその男が気になり始めて俺のことはどうでもよくなったみたいだ」

先生が「どっかの大学生」の部分を強調すると、和歌さんがますます小さくなる。
なんだ、なんだ。どうしたんだ。
でも、聞いても答えてくれそうにないので、ここは取り合えず本題から逸れないことにしよう。

「でも、よかったじゃないですか。市川さんもそうだといいですね」
「そうだな」
「んじゃ、俺が告白してみようか?」

突然の森田の声に、先生も私も固まった。

「・・・何言ってるんだよ、歩。そんなことしなくていいって」
「何、本気にしてんだよ。冗談に決まってんだろ」
「・・・だよな」

なんだ、冗談か・・・
ビックリさせないでよ、もう。

「それより、市川のストーキングのことだけど、」
「ん?」
「真弥の家の周りにも来てるって・・・」

そう言いかけて、森田が唐突に足を止めた。
私もつられて、一歩先で立ち止まる。

「森田?」

森田の目は、駅の改札に向けられている。

もしかして、市川さんが!?

私も目を凝らして改札の方を見たけど、それらしい女性は見当たらない。

「森田、驚かせないでよ。いないじゃない」
「・・・」

だけど森田はまだ動こうとしない。
先生と和歌さんも立ち止まり、森田を見る。

「歩?」
「歩君?」

2人が声を揃えてそう言った時。

「危ないっ!!!」

森田が走り出した。
 
 
  
 
 
 
 
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