第3部 第16話
 
 
 
森田が私の横を走り抜け、先生と和歌さんの前に・・・
いや、先生の前に立ちふさがった。

市川さん!?

・・・違う!

女の人の姿はどこにもない。

でも。
若い男の人の姿があった。
それも、いつの間にか先生の目の前に。

「歩!!」
「森田!!!」

先生も私も叫んだけど、何もできなかった。
だって、それは一瞬だったから。

でも、私の目にはスローモーションのように映った。


ポケットに突っ込んであった男の手が上にあがり、ポケットから光る物がヌッと出てくる。
一度先生の前で立ち止まった森田が、男めがけてまた走り出す。
森田が男の腕を掴もうとする。
男がそれを振り払うかのように、腕を大きく横に振る。

赤い物が飛び散った。


「森田!!!」
「歩君!!!」

私と和歌さんは、倒れるようにしゃがみこんだ森田に駆け寄った。
森田の右腕から鮮血が溢れ出す。

先生は、私と和歌さんが動き出すより一瞬早く我に返り、
ナイフが握られた男の右手を掴んでねじ上げた。

こんな時なのに、感心してしまうくらい、素早くて凄い力だ。

男はあっさりとナイフを落とし、悲鳴を上げた。

「月島!救急車!それと警察!!」
「はい!」

和歌さんが急いで携帯を取り出す。

私は・・・何もできず、ただ森田の左腕にしがみついた。

「も、もりたぁ」
「ってぇー・・・なんで三浦が泣くんだよ、泣きたいのはこっちだって・・・」
「森田が死んじゃう〜」
「こんなんで死ぬかよ・・・」

でも、この暗闇でも分かるくらい、森田の顔からみるみる血の気が引いていく。
それに比例するように、腕から血が流れる。

それでも森田は、左腕を私の手から抜き取ると、それを私の背中に回して摩ってくれた。

「大丈夫だって」
「・・・うん」


ガッ!!

鈍い音に顔を上げると、先生が男を殴っていた。
怒って殴りまくってるのではく、縛ることも押さえておくこともできず、
仕方なく一発殴って気絶させた感じだ。

男は先生の目論見通り、きちんと気絶している。

よく見るとスーツ姿だ。
一体、何者なんだろう。

「歩!大丈夫か!?」
「痛い・・・」
「当たり前だ!たく、無茶して・・・」

先生は森田を地面に寝かせ、ハンカチで傷口を縛った。

「救急車来るからな。頑張れよ」
「真弥・・・」
「ん?」
「牛タン、食いてぇ・・・」
「・・・大丈夫そうだな」

先生は、少し微笑んだ。
でも、私の涙は止まらなかった。






病院では大騒動だった。
森田のご両親はもちろん、警察や朝日ヶ丘の校長先生と教頭先生も駆けつけた。

そして。

「真弥!和歌さん!」

うるさい訳ではなく、だけど良く響き、独特の威圧感のある声がカーテンの向こうから聞こえた。

誰?と、思う必要もない。
先生のお父さんだ。
先生の声には威圧感はないけど、似てる。
きっと顔も似てるんだろう。

「切られた子は?」
「今、そっちの処置室にいる」
「大丈夫なのか?」

先生が軽く頷いているのが、影でわかる。

「って」
「森田!大丈夫?」

森田が小さく呻いて、左手で私の右手を強く握った。
その力が本当に強くて、私も思わず顔をしかめる。

「あ。ごめん・・・」
「ううん」

私が両手で森田の左手を軽く握り返すと、
森田は目を瞑って、頷くように下を向いた。


森田の傷は、浅いものの結構長く切られていて、8針ほど縫う必要があるとのことだった。
ちょうど今、青い紙の衝立の向こうでお医者さんが森田の右腕を縫っている。
局部麻酔はしてるらしいけど、痛みはあるようだ。

傷口に当てられている強い光が、熱いはずもないのに熱く感じる。


「森田・・・頑張って」
「うん」

こんな処置室の中まで私が付き添う必要はないんだけど、
森田が切られてからずっと、私は何故か森田の左腕から離れられず、ここまで入ってきてしまった。
でも、誰も、
森田も、止めなかった。

「・・・今度、ワンピース着るね」
「は?」
「前ね・・・白くてかわいいワンピース買ったんだ。森田が死ぬ前に着てるとこ見せてあげる」

私が涙声でそう言うと、
森田は苦笑して「だから死なないって」と言いながら、
私の手を強く握った。
でもさっきみたいな強さじゃなく・・・
なんだか優しい強さだった。


「・・・よしっ、終わった。よく頑張ったね」

お医者さんの声に森田がため息混じりに「ありがとうございました」と言った。
私はまた涙が出てきた。




「真弥」
「歩!大丈夫か!?」
「ああ、もう終わった。これでしばらく鉛筆持てないから学校行かなくていいか?」
「・・・お前は・・・」

先生は泣きそうになりながら森田に走り寄り、
森田の頭をグリグリと撫でた。

「よかった・・・」
「おう。こんくらい、へっちゃらだ」
「・・・さっきまで、死にそうな顔してたくせに」

私が軽く突っ込むと、森田も反撃してきた。

「人のこと言えるかよ。まだ泣いてるくせに」

泣いてない、と言いたかったけど、まだ森田から離れられずにいる私は、あまり強いことを言えない。
諦めて、口を噤む。


すると。
頭の上から声がした。

「森田歩君だね?」
「え?」

私と森田は同時に顔を上げた。

先生のお父さんだ。
間違いない。
やっぱり顔も似てる。

さすがに歳はいってるけど、なんて渋くてかっこいい人だろう。
しかも、重役の風格だ。

だけど、その重役さんが深々と森田に頭を下げた。

「息子と和歌さんを助けてくれて本当にありがとう。そして、本当に申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」

・・・?
「ありがとう」は分かるけど、何が「申し訳ない」んだろう。

でも、先生も申し訳なさそうな顔をしている。

「歩。お前を刺した男だけど・・・」
「ああ。和歌さんのストーカーだろ?」
「気づいてたのか?」
「うん」

和歌さんのストーカー!?
何、それ!

森田は、「どうせ三浦は訳わかんないだろう」とでもいうように、私に向かって言った。

「市川が真弥の家の周りをウロウロしてるって聞いて、おかしいと思ったんだ。
市川は・・・生徒は教師の家なんて知らないだろ?しかも真弥は引越したばっかりだし」
「あっ」
「だからもしかしたら、真弥のストーカーじゃなくて和歌さんのストーカーかも、って思ったんだ。
和歌さんの職場の人とかなら、和歌さんの新居の住所を知っててもおかしくないから」
「うん」
「まあ、朝日ヶ丘の教師が真弥のストーカーやってる可能性もあるけどな。
うちの高校にそんな教師がいるとは思いたくないし。で、さっきも『変な男がいるかも』って注意してたんだ」

なるほど。
私は、多分先生と和歌さんも、女の人ばかり意識していて、男の人なんて見てなかった。

本当のストーカーは男で、和歌さんを付回してたんだ!

「その通りだ」

先生のお父さんは頷いた。

「和歌さんは、うちの法律事務所で働いている。そして、君を刺した男も・・・うちの事務所の人間だ」
 
 
  
 
 
 
 
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