第3部 第17話
 
 
 
「本当に申し訳ありませんでした」

先生が、森田のご両親に深く頭を下げた。
和歌さんも先生の隣でそれにならう。

和歌さんと森田のご両親はさっきまで、
警察に事情を聞かれたり、説明を受けたりしていて、
今、森田のいる病室に来たところだ。

病室の中には、私達と森田のご両親の他に、校長先生と教頭先生がいる。
先生のお父さんは、森田のご両親にお詫びを言った後、ストーカー男がいる警察へ行った。

「僕がついていながら、いや、僕のせいで歩に怪我をさせてしまって、申し訳ありません」

「僕達のせい」じゃなくて「僕のせい」と言うところが先生らしい。
和歌さんに気を使っているのだろう。

「いいんだよ、本城先生。本城先生や月島が悪い訳じゃないんだし」
「そうですよ。そんなに謝らないでください。歩の怪我なんて年中のことですから」

森田のご両親は、病院へ駆けつけた時こそ取り乱していたけど、
森田の怪我が大したことない(それでも8針も縫ったけど)と知って、
今は穏やかな雰囲気だ。

森田はお母さん似で、笑顔はそっくりだなあ、
なんて、思える余裕が私にも出てきた。

ちなみに、さすがにもう私は森田にへばりついていない。
それでも、自分でも何様だと思いながら、森田の隣3センチのところに座っている。

「いえ。もっと僕が気をつけていたら、こんなことには・・・」
「本城先生。どんなに気をつけていても防げないことはあるよ。それに、もし歩がいなかったら、
それこそ本城先生や月島が大怪我か・・・命に関わるようなことになってたかもしれないし」
「はい・・・」

先生は頭を上げ、今度は森田を見た。

「歩、ありがとう。巻き込んで悪かったな」
「おう。来年からお年玉は1万円にしろよ」

どこまでも口の減らない奴だ。
でも、森田のこの軽口のお陰で、もう何回も重苦しい空気が払拭されている。
私も助けられた。

今度もまた、病室にホッとした空気が流れた。

けど。

「本城先生」

校長先生が、言いにくそうに、でもきっぱりとした口調で先生を呼んだ。
いつもの優しい感じじゃない。

「昔からの知り合いとは言え、生徒を自分の家に呼び、その帰りに生徒が刺された、
これは問題ですよ」
「・・・はい」

私と森田は驚いて顔を見合わせた。

でも、先生と森田のご両親はこの言葉を予想していたのか、動揺した様子はない。
先生に至っては、まるで何かを覚悟しているようだ。

和歌さんは・・・さっきからずっと俯いたままで何も話さない。

「今までも、本城先生はちょっとした女性関係のトラブルなんかはありましたが、
今回は生徒が怪我をしている。しかも、傷害事件です」
「はい」
「この件は、理事長と話し合います。何らかの処分が・・・」
「ちょっと待ってください!」

森田が2人の話に割って入った。
後1秒遅ければ、私が入っていたところだ。

森田は椅子から立ち上がり、校長先生に詰め寄った。

「校長先生。俺は、真弥に・・・本城先生に呼ばれて、先生の家に行ったんじゃありません。
俺の友達である月島和歌さんと一緒に飯を食ってただけです」

そうだ、そうだ!

私は心の中で森田を応援する。

「先生と和歌さんだって被害者です。なんで先生が処分されないといけないんですか」

そうだ、そうだ!

「森田君。君の気持ちは分かるけどね・・・」
「先生を処分する暇があったら、俺を表彰でもしてくださいよ!俺、怪我してまで人助けしたんですよ?」

私は思わず笑ってしまった。

全くその通りだと思う。
相手が誰であれ、森田は人助けをした。
褒められて当然だ。

「俺の表彰と先生の処分で、チャラにしましょう」
「あのね、森田君、」
「校長先生。私達も歩も、犯人を訴えたりする気はありません」

森田のお父さんが穏やかに言った。

「もちろん朝日ヶ丘高校にも本城先生にも、何か言うつもりもありません。
ですから、今回のことはどうか穏便に済ませてください」

この時ほど、「穏便に済ませる」という言葉が良い意味に聞こえたことはない。
穏便万歳!

「それに・・・本城先生と月島は、もうすぐ結婚します。変なことで水を差したくないんです。
お願いします」

森田のご両親が、校長先生と教頭先生に丁寧に頭を下げる。
森田と私も、慌てて勢い良くお辞儀する。

さすがに、校長先生達も困っていたけど、やがてため息をついて笑った。

「本城先生は、いつも誰かに助けられますね」
「・・・はい」

先生の声が少し詰まる。

「これも人徳とすれば、本城先生の日頃の行いや努力の結果でしょう」
「・・・」
「わかりました。今回は、」
「待って下さい」

校長先生の声が遮られる。

「月島さん?」
「待って下さい、校長先生。私は穏便に済ませるつもりはありません」

え?
和歌さん!?

和歌さんの目がキラッと光る。
それは涙のせいでもあるけど・・・それだけじゃない。
和歌さん、怒ってるんだ。

和歌さんは本城先生の方を見た。

「先生、ごめんなさい。例え学校で先生の立場が悪くなるようなことになっても、
私、犯人を訴えます」
「月島・・・」
「私、自分がストーキングされてることにも気づかず、先生を危ない目にあわせてしまって・・・
しかも歩君にとばっちりでこんな怪我までさせてしまいました。自分も犯人も許せません」

和歌さんの強く光る瞳は、その意思が決して変わらないことを示しているかのようだ。

私も、他の人も息ができず、空気が張り詰める。
でも、小さなため息でそれはすぐに解けた。

「月島らしいな。いいよ、好きにして」
「先生・・・」
「俺のことは気にするな。大丈夫だから」
「・・・ごめんなさい」

それから和歌さんは校長先生と教頭先生に向かって頭を下げた。

「申し訳ありません。学校名や個人名がでるようなことはしませんので、どうか許してください」

校長先生と教頭先生は少し驚いていたけど、こちらもすぐに笑顔になった。

「月島さんは弁護士になったんですよね?正義感の強い月島さんらしい職業だ。
納得が行くよう、じゅうぶんにやりなさい」

和歌さんは「ありがとうございます」と言って、もう一度大きくお辞儀をした。
 
 
 
  
 
 
 
 
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