第3部 第18話
 
 
 
「腹減った・・・」
「さっき、牛タンたらふく食べたじゃない!」
「血を流したら、また腹減った。おい、真弥、なんかご馳走してくれるんだろうな」
「・・・お前も懲りない奴だな。今日はもう帰って寝ろ」

今から犯人のいる警察に行くと言う和歌さんが乗ったタクシーと、
校長先生と教頭先生が乗ったタクシーを見送って、
私と森田、本城先生、それに森田のご両親は病院の夜間出入り口で、ようやく息をついた。

「そうだぞ、歩。今日はもう帰ろう」
「ちぇっ」

お父さんにも止められて、森田が不貞腐れると、
先生が苦笑いしながら言った。

「週末に何か食わしてやるよ」
「焼肉!」
「・・・またかよ。三浦も悪かったな、遅くまで付き合わせて」
「全然大丈夫です」

私はVサインをして見せる。
それを見た先生の笑い声で、私も心から安心できた。



和歌さんをストーカーしてた男は、
和歌さん同様、本城先生の実家である法律事務所で働いている男だった。
でも、その法律事務所はかなり大きいらしく、和歌さんも知っている社員なんてごく一部だそうだ。
しかも犯人の男は正社員ではなくアルバイトの人で、和歌さんは名前も顔も知らないという。

つまり犯人は、和歌さんの知らないうちに勝手に和歌さんに惚れ、
和歌さんが婚約したことをどこかで聞きつけ勝手に怒って勝手にストーカーして・・・
なんたる自己完結ぶり。
そのまま勝手に完結してくれてたらよかったのに。

私なら、こんな超自己完結男に1秒でも時間を割くのはもったいないけど、
和歌さんは絶対に許さない、と全力で訴えるようだ。
凄い。
(そう言えば、弁護士である和歌さんの弁護って誰がするんだろうか?自分?)

でももっと凄いのは先生だ。
和歌さんがストーカー男を訴えることで、事件を周囲に知られたりしたら、
先生は本当に何か処分を受けるかもしれないのに、先生は和歌さんを温かく見守っている。
結婚も控えてて、一番波風立てたくない時期だろうに・・・

「そうだ、先生!今回のことで、結婚を延期したりしませんよね!?」
「ああ、そのことか」

先生がニヤッと笑う。

「月島のことだから『今回の件が決着つくまで、結婚は延期します!』とか言いそうだと思って、
先手を打っといた」
「先手?」
「うん。俺から『延期しようか』って言った。そしたら月島の奴、珍しくウルウルしながら、
『それとこれとは別です!』とか言ってたよ」
「あはは。じゃあ、延期しないんですね」
「ああ。しない」

よかった・・・
こんなことで、せっかく決まった結婚が延期とかになったら嫌だもんね。

私と森田は、同時に安堵のため息をついた。





森田のお父さんが、遠慮する先生と遠慮しない私を車に押し込み、
エンジンをかける。

「えっと、まずはその女の子から送った方がいいよね?」
「はい、お願いします」

先生が頷く。
森田のお父さんが、バックミラー越しに私を見て訊ねた。

「家はどこ?」
「M駅の近くですから、M駅前でいいです」
「そうはいかないよ。もう12時回ってるしね。家まで送るよ」

確かに。
私は素直に甘えることにした。


車の中は、ウトウトしている森田を除き、妙に盛り上がった。
なぜなら、本城先生が私のことを「三浦翔の妹だ」と森田のお父さんに紹介したからだ。
以前、朝日ヶ丘高校で教師をしていた森田のお父さんは、お兄ちゃんを教えたこともあるらしく、
しきりに懐かしがっていた。
そしてやっぱり、お兄ちゃんとヒナちゃんがまだ続いていることも、とても喜んでくれた。


もっと話していたかったけど、残念なことに病院から私の家までは車でほんの15分ほど。
あっという間に到着だ。

「三浦。ちょっとご両親に挨拶させてくれ」
「娘さんをください!とか、言ってくれるんですか?」
「アホ。遅くなった事情を説明して謝りたいんだよ」

という訳で、車を見てなきゃいけない森田のお父さんを残し、全員で車を降りた。
寝てればいいのに、何故か森田も一緒だ。

私は家の鍵を持ってないので、仕方なくインターホンを押す・・・と、
3秒程で玄関が開いた。
開けたのは言うまでもなくお兄ちゃん。

「舞!!遅すぎるぞ!!!」
「うるさいなー、近所迷惑だよ。事情があって遅くなるってメールしたでしょ?」
「事情って何だよ、もっと詳しく・・・あれ?先生?」
「三浦、悪いな。ご両親は?」
「寝てます」

・・・娘の心配とかしないのか。

「じゃあ、いいや。明日、電話いれるよ」
「何かあったんですか?」
「俺の家で飯食った帰りに、男に襲われそうになって・・・」
「ええ!?」

お兄ちゃんが私の両肩を掴んだ。

「ま、舞!お前、まさか!」
「あのね。襲われそうになったのは、私じゃなくて、先生」
「え?」

お兄ちゃんは、今度は先生の全身をジロジロ見る。

「・・・先生って、男に襲われるのが趣味なんですか?」
「おい」
「だって、昔も・・・」
「う、うるさい!」

ほえ?

「とにかく!俺が襲われそうになって、こいつが助けてくれたんだ!」

先生はそう言って、森田の頭をポンと叩く。

「で、怪我して今まで病院に行ってたんだ。三浦妹はこの森田にずっと付き添ってくれてた」
「・・・」

先生。その言い方はちょっと・・・

案の定、お兄ちゃんは今までになく険悪オーラ全開で森田を睨んだ。

「お前、もしかして焼肉男か?」
「え?」

お兄ちゃんがいつの「焼肉」のことを言っているのかはわからないけど、
今日、焼肉を食べたのは事実だ。
森田は「はい。多分」と答えた。

って、ダメだって!

更に目つきが鋭くなるお兄ちゃん。
森田の右腕に包帯がなければ、胸倉でも掴みそうな勢いだ。

森田も、初対面の人間にここまで睨まれたらいい気はしないだろう。
さらに森田は、睨まれてすごすごと引き下がる奴でもない。
なんか文句あんのかよ?と言わんばかりにお兄ちゃんを睨み返した。

何の意味があるのかわからないけど(いや、何の意味もないけど)、二人の間にバチバチと火花が散る。

オロオロする森田のお母さん。
ニヤニヤする先生。

先生・・・わざと変な言い方しましたね?


私は火花を散らすお兄ちゃんと森田を見比べた。
2人とも同じくらいの身長だ。
ううん、髪型や靴の関係かもしれないけど、森田の方が大きいかもしれない。

でも、それを見ても私は何も感じなかった。

森田がお兄ちゃんより背が高くなったくらいじゃ、私の森田に対する気持ちは変わらないみたいだ。
それって、やっぱり絶対的にお兄ちゃんのほうが素敵だからだろうか。

それとも・・・
既に私は、森田のことを後戻りできないくらい好きになってしまってるってことなんだろうか。

「お兄ちゃん。森田のご両親が、ここまで車で送ってくれたんだよ」
「・・・そうか」

さすがにお兄ちゃんも子供じゃない。
森田から目を離すと、森田のお母さんに「ありがとうございました」とお辞儀した。
森田のお母さんは逆に、「遅くまで申し訳ありませんでした」と謝る。

森田だけが、相変わらず面白くなさそうにお兄ちゃんを睨んでいた。
 
 
  
 
 
 
 
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