第3部 第20話
 
 
 
  
 男の人の家の前で、待ち伏せ。
これぞ、ストーカー。

自分がこんなことする日が来るなんて。


茜は天野とデートみたいだし、
なんとなくこんなこと、話しにくい。
話しにくい、てゆーか、コレを聞いてもらう相手は茜より適任者がいると思った。




「舞ちゃん?」
「・・・和歌さん」

どれくらい時間がたったのか。
和歌さんが、本城先生と和歌さんのマンションの前でしゃがみこんでる私を見つけてくれた時には、
辺りはすっかり真っ暗だった。

「どうしたの?もう9時よ?」
「え・・・もう9時ですか?」

和歌さんは仕事帰りなのか、地味目な紺のスーツ姿。
その襟には金色のバッチが光ってる。
もしかしたら、昨日の男の件で出掛けていたのかもしれない。

「先生に用事?」
「はい・・・」



なかなかドラマのようにかっこよくはいかない。
森田にキスされた私は、泣いて喜ぶでもなく、怒って引っ叩くでもなく・・・
ただ、普通に「何するのよ」と言っただけだった。
それに対して森田は、「だって三浦が、キスってどんなのって聞くからさ」としれっと答えた。

本当は魂が抜けたみたいに呆然としたいところを、
「バカバカしい」って態度を取るのが精一杯だった。

そしてそのまま森田と駅まで普通に歩き、そこで別れて・・・私は一目散にここへやってきた。

先生と会ってどうするって訳じゃない。
ただ愚痴りたかった。
軽々しく誰にでもあんなことをする森田のことを愚痴りたかった。
ついでに、なんでもっとしっかり教育してくれなかったんだと、文句の一つでも言ってやりたい。

いや・・・もしかしたら本城先生の場合、今の森田こそが「教育の結果」なのかもしれない。

それに、よく考えたら(考えなくても)先生は男の人だ。
男の人である先生より、女の人である和歌さんの方が遥かに話しやすい。

「和歌さん!」
「なに?」
「愚痴っていいですか!?」
「・・・どうぞ」

和歌さんは苦笑いしながら、私を家に上げてくれた。






「死ね、サル!!けちょんけちょんにしてやる!!」と大興奮の私の話を聞いた和歌さんは、
烈火のごとく怒り・・・は、しなかった。
「けちょんけちょん、って」と、相変わらずの苦笑いである。

しゃべりまくっていた私は喉が渇き、和歌さんが出してくれた梅昆布茶を(これまた美味しい!)
一口飲んで息をついた。

「怒ったり呆れたりしないんですか?」
「そうね。先生のことを追い掛け回してた市川さんって子が、
歩君に無茶苦茶な要求をしたことには呆れちゃうけど」

和歌さんは申し訳なさそうに言った。

「先生の代わりに、私が舞ちゃんに謝るわ。ごめんなさいね」
「え?何がですか?」
「歩君が舞ちゃんと市川さんに簡単にキスしたこと。
と、言うか、簡単にそんなことをできるようになっちゃったこと」

・・・嫌な予感。

「先生ってね、キスが好きで・・・その・・・結構、辺り構わず私にそういうことしてくるの・・・」

婚約者なんだし、照れる必要もないだろうに和歌さんは真っ赤だ。
声も小さくなる。

「歩君の前でも、平気でね。歩君、そんな先生を小学生の頃から見てるから、
キスに対して、あんまり照れとかがないみたいなの」

あああああ!
やっぱり!!!
本城先生のバカ!!!

「照れがない、って・・・誰にでも平気でキスしちゃうんですか?」
「そんなことないよ!歩君、そんな軽い子じゃないから!
ただ、相手が彼女だったら、先生みたいに人前でも平気って言うか・・・
私も、歩君が彼女にキスしてるの見たことあるし」
「・・・」
「あ、昔の話ね。歩君が中学校の時の話よ?今は彼女いないはずだし」

慌てて弁解する和歌さん。
私が森田を好きだって、気づいてるらしい。
もしや、先生。話したな?

もう、絶対許さないんだから!!

不機嫌オーラ全開の私に、和歌さんは更に謝る。

「先生にも気をつけるように言っとくから。あと、歩君にも」
「いえ、いいんですけど・・・和歌さんは、嫌じゃないんですか?先生がそーゆー人だと」
「イヤ」

おお。バッサリ切り捨てましたな。

「でも、もう諦めたわ。先生って子供の頃、アメリカに住んでたらしいの。
向こうではキスなんて挨拶代わりだから、その時の癖が抜けないんだって」
「言い訳だ!」
「ほんとよね。でも、先生の弟さんはもっとひどいらしいの。
彼女じゃなくても・・・男の人にでも女の人にでも、キスしたくなったらキスしちゃうらしいから」
「・・・」

先生の弟って・・・
ああ、あの「高スペック&未婚の父」な弟ね。

もしや、キス癖が原因で嫁に逃げられたか?

「それに比べたら、先生はまだマシよね」
「・・・わかりませんよ」
「え?」

私はわざと意地悪く言った。

「先生、和歌さんの前では控えてるだけで、実は和歌さんのいないところじゃ誰彼構わずキスしてるかも」
「!!!」
「先生にキスされて、嫌がる女の人はいませんもんね。もしかしたら、うちの高校にも・・・」
「まさか!」
「心当たり、ありません?」

腕を組んで考える和歌さん。
眉間に皺が寄っていく。

って、心当たりあるんかい。

「・・・」
「和歌さん。先生の夕ご飯、しばらく無しでいいですよ」
「そうね」

和歌さんは頷いてすくっと立ち上がると、
キッチンへ入り、冷蔵庫から何やら取り出してきた。

「昨日はお肉だったから、今日はお魚にしようと思ってお刺身買ってきたの。
一緒に食べちゃいましょう」
「やった!」

ふふん!
先生、ざまあみろ!


森田への怒りが、いつの間にやら先生へとシフトし、
しかもそこに和歌さんの怒りも加わり・・・

私達は、お刺身を大いに楽しんだ。
 
 
 
 
 
 
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