第3部 第22話
 
 
 
 
「あ。森田君だ」

茜が学食の入り口を顎でしゃくった。
普通なら指をさすところだけど、私も茜もおうどんをすすっている最中だったので、
そうできなかったんだろう。

加えて説明すると、茜が「森田君だ」と言ったのには訳がある。
森田も毎日学食でご飯を食べてるけど、
一昨日の怪我のせいで、右腕が思うように使えないらしく、
昨日の昼は購買でパンを買って教室で食べたようだ。

でも、今更第2成長期の森田はそれではやっぱり足りないのか、
今日は学食へやってきた。
だから茜は敢えて「森田君だ」と言ったのだ。

「森田君、右手使えるのかな?」
「大丈夫なんじゃない?骨が折れてるわけじゃないし、鉛筆とかも普通に使ってるし」
「ふふ、詳しいのね。森田君と何かあったの?」
「・・・別に」

茜には、昨日のキスのことだけじゃなく、森田と先生のことも話していない。
茜がそうだとは思わないけど、
教師と生徒が兄弟のように仲が良いなんて知ったら、いい気のしない生徒もいるだろう。
それに、一昨日のストーカー男事件のことが広まったら、
せっかく校長先生が今のところ「穏便に」済ましてくれてるのに、台無しだ。
森田の怪我も、自転車で転んだということにしてある。

本当のことは、誰にも秘密にしておこう。


私は、目だけ丼から上げて、森田を見た。

森田の右腕は、一応普通には動かせるみたいだけど、
激しく動かしたり重い物を持ったりはできないのか、体育は見学してた。
今も、お盆相手に格闘している。

ここはキスのことは忘れて、いっちょ手伝ってやるか、と思ったけど、
森田は友達に恵まれているのか、
すぐに周りの男子が「持ってやるよ」とか「おかず、どれにする?」と世話を焼いている。
そーゆー仕事は(下心のある)女子に取っといてよね。

という訳で、私は一心不乱におうどんを頂こうと思ったけど、
変なところで遠慮深い森田は友達の申し出を断り、なんとか自分でおかずをお盆に乗せて運ぼうとしている。

こんなとこで遠慮する前に、誰彼構わずキスすることを遠慮しろ、
と、言ってやりたい。

そうだ、言ってやろう。
うん、言ってやろう。
一言、言ってやろう。

あくまでそう言うだけだ。
何も手伝ってやる訳じゃないんだ。
まあ、ついでにちょこっとくらいお盆を持ってやってもいいけど。

「茜。私、森田に文句言ってくる」
「は?手伝うんじゃなくて?」
「うん。文句言うだけ」

訳が分からん、という顔の茜を放置し、
私は、まだおかずコーナーの前でモタモタしている森田に近づいた。
そして、声をかけようと口を開いた瞬間・・・

「森田君」

え?誰?誰が森田を呼んだの?

森田が顔を上げた方向に私がいたから、
森田と私の目が合ったけど、森田はそのまま声のしたほうに顔をスライドさせた。
私も同じ方向を向く。

「市川?」
「お盆、持ってあげる」

えっ。
ダメ!
それ、私の仕事!!

って言いたかったけど、さすがにそこまで堂々とはできない。
だって、私、別に森田の彼女でもなんでもないし。

「いいよ。こんくらい自分で持てる」
「でも、右腕痛いんでしょ?」
「痛いけど、平気だって」

森田はそう言ったけど、市川さんは構わず森田の手からお盆を取った。
そして、森田と私に向かって言った。

「私、反省したの」
「反省?」
「昨日三浦さん、私に言ったでしょ?本当に好きなら、迷惑になるようなことはしちゃいけないって」

言った。
私は頷いた。

「だから、これからは好きな人の為になるようなことしようと思って」

市川さんは、森田を見た。
森田と私、ではなく、森田だけを。

「森田君の怪我が治るまで、お盆運ばせて欲しいんだ。迷惑かな?」

・・・かわいい。

女の私から見ても、この市川さんはかわいい。
今までのどことなく暗い雰囲気も、最近のジメッとした雰囲気も全くなく、
恋する乙女のキラキラオーラ全開だ。
しかも、元々かわいい顔立ちをしている。

これは、本当にかわいい。

い、いや、そんなことに感心してる場合じゃないゾ!

「別に、迷惑じゃないけど・・・」

おい!森田!照れるな!!

だけど、森田の言葉に市川さんは心底嬉しそうに微笑むと、
「ありがとう」と言って、森田がいつも一緒に食べている友達のところへ森田のお盆を運んでいった。
しかも引き際もちゃんと心得ていて、「一緒に食べよう」とは言わず、
自分の友達のところへさっさと行ってしまった。

もはやストーカー女の面影もない。

「・・・真弥のことは諦めたみたいだな」
「・・・うん」
「で、次は俺か」
「・・・みたいだね」

市川さんの後姿を見ながら、私と森田は唖然としてたけど・・・
急に森田がニヤッと笑った。

「俺も、真弥から女を取れるようになったのか。成長したなあ」
「第2成長期だもんね」
「おう。そうだったな。第3成長期になったら真弥よりモテるかな」

そんなもん、人間には存在しないだろう。
いや、サルにはあるのか?

「市川かー。まあ、悪くない」
「悪くないって、あんた、何様のつもり?」
「ふふん。言ってろ、言ってろ」
「はあ?何調子こいてんの」

私は軽口を叩きながらも、内心ドキドキしていた。
さっきの市川さんは本当にかわいかった。
森田が市川さんのことを好きになる、なんてこともありうる。

そして、もし2人が付き合うようなことになったら・・・

「そーだ。三浦」
「・・・何よ」
「昨日のことだけど」

・・・え。
キス、のこと?

私の胸は、また別のドキドキを始めた。

「真弥から『俺の刺身を返せ』ってメールが来たんだけど、どーゆー意味かわかるか?」
「・・・さあ」

 
 
 
  
 
 
 
 
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