≪おまけ3≫アイツのキス
 
 
 
風呂からあがって、和歌さんが用意してくれたバスタオルで頭を拭きながらキッチンに入ると、
真弥が俺を待っていた。

「これ。三浦に渡しといて」

そう言って真弥が俺に差し出したのは、見覚えのある水色の携帯。
三浦のだ。

「自分で渡せばいいだろ」

俺は頭だけ後ろに向け、廊下の向こうを顎でしゃくった。


今日は、
結婚式だとか、ストーカー男から真弥を助けただとか、市川に真弥を諦めさせただとかの、
お礼をまとめてやってくれるということで、真弥と和歌さんの家に三浦と一緒に泊りがけでやってきた。

んで、さっきまで和歌さんの手料理をたらふく食べていたのだ。
真弥が教師じゃなけりゃ、酒の一つも飲んでただろう。

真弥は冗談半分(つまり半分は本気)で、
「三浦と同じ部屋に泊まるか?」と言ってきたが、丁重にお断りした。

やっぱ一応、人んちだもんな。


「んじゃ、俺が三浦の部屋に持っていくか。着替え中かもしれないけど」
「・・・やっぱり俺が持っていく」
「そーか。はい」

真弥は俺に携帯を手渡すと、ニヤニヤしながら自分の寝室へ入っていった。

別に俺は三浦なんて色気のない女の着替えには興味ない。
それでも、他の男に・・・例え真弥にでも、それを見られるかと思うと面白くないのも事実。


なんとなく不機嫌になりながら、三浦にあてがわれた部屋の扉をドンドンと叩く。
すると、多分叩き方で俺だとわかったのだろう、三浦が少しだけ扉を開いた。
って、本当に「少し」過ぎるぞ。
片目しか見えねえ。

「・・・何よ」
「もうちょっと、扉開けろよ」
「・・・もうパジャマだもん」

わずかな隙間から三浦の格好を見ると、
確かにさっきまでの服とは違うが、パジャマと言うよりジャージだ。
もうちょっと色気のある格好とかできないのか。

俺はまりもキティではないストラップに人差し指を入れ、クルクルと携帯を回した。
三浦はそれを確認すると、もう少し扉を開け、携帯に手を伸ばす。

おい。礼もなしかよ。
すぐそこのキッチンから持ってきただけだけど。

俺は扉の隙間から手を入れ、あっという間に部屋の中に滑り込むと後ろ手に扉を閉めた。

「な、何よ!」

三浦がちょっと俯き、顔を隠すように右手をかざす。

「何で、顔隠すんだよ」
「すっぴんだから」
「は?三浦っていつも化粧してたのか?」
「一応ね」

三浦の右手を強引にどけて、覗き込んでみる。

「やめてよ!」
「・・・いつもとどこがどう違うんだ?」
「う、うるさい!」

三浦は俺の手を振りほどき、勢いよく後ずさる。
でも6畳ほどの部屋だ。
すぐに壁に背中がついた。
三浦の顔が強張る。

おいおい、なんだよ。
俺が取って食うとでも思ってるのか?
見損なうなよな。

が、ここ最近、三浦は随分酷いことをしてくれている。
ちょっとくらいイジメても罰は当たらないだろう。

俺は、わざとニヤつきながらゆっくり三浦に近づき、
携帯を持った左手をポケットに入れ、右手で三浦の頬をなでた。
三浦がぎょっとしたような表情になる。

おもしれー。

本気で嫌がってるならやめるけど、
多分三浦は俺のことが好きだ。
だから嫌じゃないだろう。

今度は親指で唇を触ってみる。

・・・柔らかい。

前、キスした時も思ったけど、三浦の唇は本当に柔らかい。
物理的にそうなのか、俺がそう感じてるだけなのかはわからないけど。


夏休みに、俺は一度三浦に告白してる。
俺が好きなのは、バカで鈍くて色気のないチンパンジーだ、ってちゃんと三浦に言ったんだ。
なのに、気付かずサラッと流しやがって。
どんだけ鈍いんだ。

だからこの前、三浦が、俺にとってのキスはどんなのだ、と聞いてきた時、チャンスだと思った。
もう一度告白なんてする気はなかったけど、これを上手く利用すれば・・と思った。

んで、考えた結果、俺は敢えて市川にしたキスと同じキスを三浦にした。

同じキスでも、
市川にしたキスは「キスとは言わない」、
でも、三浦にしたキスは「本当のキス」だ。

同じキスでも、
する相手が違えば、本当のキスになるんだ。

わかるか?
ちょっと難し過ぎるか?

俺の心配は見事的中し、三浦はまたもや何も気付かなかった。

そのくせ、まりもキティを捨て、
「過去の恋は忘れるわ。これからは新しい恋に向かって走るの」とか言って、
俺のこと遠回しに振りやがって・・・

と思ってたけど、三浦は俺を雲雀乃谷だと気付いていなかった。
(これはこれで酷すぎるが)
俺はてっきり「過去の恋」というのは俺、つまり森田歩のことで、
「新しい恋」というのは、どっかの誰かのことだと思っていたが、
三浦としては「過去の恋」というのは雲雀乃谷歩のことで、
「新しい恋」というのは、森田歩のことのつもりだったらしい。

どんだけ間抜けでどんだけ酷いんだ。
俺が落ち込んでた時間を返して欲しい。


俺は、顔を強張らせたままの三浦を見ながら思った。

昔から、俺は恋愛に冷めたところがある。
だから小3の時に「舞」のことを好きになったのは、俺にとっては画期的な出来事だった。
まりもキティのお礼に、と、舞がくれたギグレスターのトレカを
実はまだ捨てれずに持ってることは、一生秘密だ。

それはともかく。
俺が恋愛に対して冷めてる原因は・・・

俺の本当の父親は、俺が赤ん坊の頃に病気で死んだらしい。
だから、俺は父親の顔を写真でしか知らない。
結婚前の写真や、結婚式の写真、生まれたての俺と一緒に写った写真。
どの写真の父さんも母さんも、幸せそうだ。
だけど、結局父さんは早くに死んで、母さんは女手一つで苦労して俺を育てた。

どんな幸せな恋愛をしても、
どんな幸せな結婚をしても、
これじゃ幸せだなんて言えないだろう。

それでも俺は、
真弥と和歌さんに出会い、
それに、今の父さんと再婚して幸せそうな母さんを見て、
少しは「恋愛もいいかもな」と思うようになれた。

だけどやっぱり、世間一般レベルから言うと「冷めてる」らしい。


初めてキスしたのは、小学校の卒業式の日。
クラスメイトの女子に告られて、「恋愛とか付き合うとか興味ない」って言ったら、
じゃあキスして欲しい、と言われ、そんくらいならいいか、と気軽な気持ちでキスした。

中学になると、「彼女ができた」だとか「告白された」だとか、一気にみんな色気づき始めた。
俺も、流行に乗って(?)彼女ができたけど、なんか違う。
俺にとっての「彼氏と彼女」ってのはイコール「真弥と和歌さん」だった。

俺と彼女は、真弥と和歌さんとはなんか違う。

真弥と和歌さんは、一緒にいて楽しそうだし幸せそうだ。
でも俺は彼女といても、そんなに楽しいと思わなかったし、ましてや幸せだなんて思ったことがない。
しかも、彼女はやたらベタベタしたがるし「付き合ってるんだから!」ということを強調したがる。

和歌さんを見てみろ、と言ってやりたかった。
和歌さんはそんなことしなくても、押しも押されぬ真弥の彼女だぞ。

俺も俺で、彼女といるより友達や真弥といる方が楽しくて、結局すぐに別れてしまった。


だけど、ちょっと反省した。
俺は彼女に「和歌さんとは違うなー」と思っていたけど、俺だって全然真弥とは違った。
だから、次に彼女ができた時は、真弥の真似をしてみた。

彼女を大切にして、彼女が喜びそうなことをして、彼女が望むことにはできるだけ応えた。
真弥が和歌さんにするみたいに、しょっちゅうキスもした。

彼女は随分喜んでくれたけど、俺は逆になんだか疲れてしまい、
これも長続きしなかった。

一度真弥に相談したことがある。

「真弥と和歌さんて、なんでそんなに幸せそうなんだ?」
「歩は彼女といて幸せじゃないのか?」
「全然」
「・・・。でも、キスとかしてただろ」
「してたけど。したくてしてた訳じゃない」
「んじゃ、なんでしてたんだよ」
「こういう場面ではした方がいいかなー、と思って」
「・・・なんか、昔の俺みたいだな。って、百年はえーぞ。
歩はまだ、本気で誰かを好きになったことがないんだな」
「本気?」
「そう。本気で好きになったら、付き合いたい、てゆーか、一緒にいたい、とか、
キスしたい、とか思うようになる」
「ふーん。そーゆーもんか」
「そーゆーもんだ」

という訳で、俺は自然とそーゆー風になるのを待つことにした。
だけど不思議なもので、気を抜いてみると返って気になる女ができたりもしたが、
恋愛にまで発展することなく俺の中学時代は終わった。

で、高校に入り、このチンパンジーと再会したわけだ。




「な、何すんのよ」

ようやく三浦が口を開き、俺は我に返った。

「んー。何って別に。ちょっと遊んでただけ」
「なっ!!酷い!!からかわないでよ!!!」

酷いのはどっちだ。

「なあ、三浦。俺とキスしたいって思う?」
「は?お、お、思う訳ないでしょ!!!!」

思うんだな?
分かりやすい奴だ。

・・・ふーん、俺とキスしたいんだ。
素直にそう言えばいいのに。

「市川だったら、『したい!』って喜んで言いそうだな」
「!!!」

三浦が真っ赤になって、何か言おうと口をパクパクする。
金魚か、お前は。

さー、なんて言うつもりだ?
「私も!」って素直に言うか?
それとも・・・

「ふ、ふんっだ!!」

三浦は思いっきりそう言って、そっぽを向いた。
やっぱり三浦は三浦だ。


俺が「付き合おう」と一言いえば、俺と三浦は付き合うことになると思う。
でも、三浦って和歌さんみたいなタイプじゃ全然ないしな。
俺と三浦が付き合ったとしても、真弥と和歌さんみたいになれるとは思わない。

でも・・・
俺は真弥じゃないし、三浦は和歌さんじゃない。
俺と三浦が、真弥と和歌さんみたいになれないのは当たり前だ。


俺は俺なりに幸せになれれば、それでいいんじゃないか?


三浦の横顔を、その唇を見つめてみる。

俺はどうだろう?

俺は三浦とキスしたいんだろうか?
俺は三浦といれば、幸せになれるんだろうか?
三浦は俺といたら、幸せなんだろうか?

うーん・・・わからん。

「森田」
「なんだよ」
「携帯、返して」

あ。忘れてた。

「俺にキスできたら返してやるよ」
「・・・」

おお。死んでもヤだ、って顔してるな、
と、思ったら。

三浦がいきなりこっちを向き・・・
俺にスッと近づき、すぐに離れた。

ん?今、頬に何か当たったような、当たらなかったような。

「し、したんだから、返してよね!!」

さっき以上に真っ赤な三浦。
湯気でも出てきそうだ。

「今のがキス?」
「そ、そ、そ、」

そうよ!とでも言いたいのか。

まあ・・いっか。
三浦にしては頑張った方だ。

「ほれ」
「・・・」

俺が携帯を差し出すと、
三浦は腫れ物にでも触るように、おどおどと手を伸ばしてきた。


本当に面白い奴だ。


俺は伸びてきた手をぐいっと引っ張り、
三浦にキスをした。
 
 
  
 
 
 
 
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