第3話
 
 
 
「おはよう。ダディ」

私がわざと大きな声でそう言ってやると、
さすがに顕もちょっと恥ずかしそうに周囲に目をやった。

「おい。店の中でそんなこと言うなよ」
「あら、顕が綾音にそう言えって言ったんでしょ?」
「・・・」
「だから私もそう呼ばせてもらうわ」

すると顕はなれなれしく私の肩に手を回してきた。

「わかった。でも、ベッドの中だけにしてくれ」






「羽田さん、おはようございます。あれ?顔、どうしたんですか?」
「おはよう、野口・・・いや、ちょっと裏拳を食らって・・・」
「は?」

鼻をさする顕を、顕のショップの野口君ってバイトの子が不思議そうに見る。

「野口。俺、ちょっと倉田さんとだいじ〜な話があるから、ちょっと出るな」
「はい。って、え!?もうすぐ開店ですよ!?バーゲンですよ!?」
「1人でなんとかしろ」
「そんな〜!」

そんな〜!は、私もだ。

「ちょっと。私も店に戻りたいんだけど。顕とだいじ〜な話なんてないし」
「俺はある」

顕は有無を言わせず、私をスタッフルームに連れ込んだ。
スタッフルームと言っても、早い話が在庫置き場だ。
ダンボール箱が所狭しと置かれていて、地震が起きた時にここにいたら簡単に死ねる。


顕はスタッフルームの奥のダンボールの陰に私を押し込んだ。

「何?タイマン?」

素早くファイティングポーズを取る。

「・・・お前はどうして考えることがいちいち可愛くないんだ。
普通、こういう状況だと『きゃっ!キスされるのかしら!?』とか、思うだろ、ふつー」

顕が気持ち悪く「きゃっ」っとやってみせる。

「ふつー、はね。私、もうそういう『恋する乙女』は卒業したから」
「俺は卒業を許可した覚えはない。留年だ、留年」

なんだ、留年って。

ちょうどその時、開店の音楽が流れてきた。
マジで時間の無駄だ。

「ねえ。だいじ〜な話って何?さっさと言ってよ。私、もう店に出たいんだけど」
「・・・もう、いい」

顕はクルッと180度回って私に背中を向けると、
扉に向かって歩き出した。

お?

「もしかして、本当にキスするつもりで、私をここに連れてきたの?」
「うん」
「・・・」
「それなのに、お前がタイマンだなんだかんだ言うから、タイミング逃しちゃったじゃねーか」
「・・・」

「恋する乙女」を卒業していなければ、こーゆー時、「胸キュン」するのか?
生憎卒業生には「胸ヤケ」はあっても「胸キュン」はないぞ。


スタッフルームを出て、ちらほらとお客さんが入ってきたデパート内を足早に歩いていると、
顕が私の少し後ろでため息をついた。

「どうやったら、いい加減観念してくれるんだよ」
「だから、観念しないって。男なんてみんな同じ。嫌いよ」
「・・・」

顕が突然足を止めた。
1人で勝手に足を止めるのは自由だけど、私の腕を掴むのはやめてくれ。

「美貴。お前、男なんてって言うけど、お前はどうなんだよ?」
「は?」
「お前は、胸張って『私は良い妻でした!』って言えるのかよ?」
「・・・」

い、言えるわよ。
私、ちゃんと掃除も洗濯も炊事もやってたもん。
子育てだってやってたもん。

「旦那だって、ちゃんと仕事してたんだろ?だったら、お前が『良い妻』なら、
旦那だって『良い夫』じゃねーか」
「・・・」
「でも、お前は旦那のこと『良い夫』って思ってなかった。
ならお前も『良い妻』じゃなかったってことだ」


何よ。
何が言いたいのよ。

「お前、旦那が仕事して金稼いできてくれてることに、ちゃんと感謝してたか?
ご苦労様、って気持ちを込めて家事とか育児、してたか?」

・・・。

「そ、そんなの!旦那だって、私がご飯作ったり子供の世話してることに、
感謝なんかしてくれてなかったわ!当たり前だって、思ってた!」
「だろーな。お互いそれじゃあ、上手く行くわけないよなー」

・・・。

何よ。
何よ、何よ、何よ!

私は顕の手を振りほどいた。

「あのね!結婚って、そんな甘いもんじゃないのよ!
毎日、生活に追われてるのよ!感謝なんていつもいつもしてられないわ!
お互いの役目を果たすので、精一杯なの!」
「旦那はちゃんと役目果たしてたんだろ?お前も。
じゃあ、なんで上手く行かなくなるんだよ?」
「それは・・・合わなかったのよ、私と旦那は!
それに・・・旦那は役目を完全には果たしてなかった・・・家の事だって綾音の事だって・・・」

私は少しずつ声が小さくなった。

確かに、
わたし的には、旦那は役目を完全には果たしていなかった。
でも、私はどうだろう?
旦那的には、私は役目を完全に果たしていたのだろうか?

てゆーか、「役目を完全に果たす」ってなんだろう。
そんなこと、できるんだろうか。


黙りこくった私を見て、顕が言った。

「お互い、自分の役目を50%果たしてりゃ充分なんだよ。2人合わせて100%だ」
「・・・なんて単純なの」
「人間ってのは単純な生き物だ。美貴と旦那は2人で足して100%になれなかった。
だから上手く行かなかっただけだ」
「・・・」

1人で50%、
2人で100%か。

なら、
きっと私と旦那は2人とも40%だったんだ。
もし、私がもっと頑張って60%なら、
2人合わせて100%で別れることはなかったかもしれない。

だけど、60%はちょっとしんどい。
40%の1.5倍だもん。

でも、50%だったら・・・もしかしたら、できるかもしれない。


顕なら、残りの50%を補ってくれるだろうか?


顕が人前にも関わらず、真面目な顔をして私の両肩をガシッと掴んだ。

「美貴。前の旦那とは100%になれなかったかもしれないけど、
俺となら間違いなく100%になれる。だから結婚しよう」
「イヤ」

ガクッと、顕が頭を垂れる。

「俺、今結構いい話、してたと思うんだけど」
「そうね。まあ、私の人生の1ページの余白に記しておいてあげてもいいわ」
「・・・」

その時、廊下の向こうから「ママー!」と言って綾音が駆けて来た。

「綾音!?どうしたの?」
「ばあばと来たの!ばあばが、ダディに昨日のお礼を言うんだって!」

綾音のずっと後ろに、お母さんが手を振って歩いて来るのが見える。

綾音が虫眼鏡の探偵さんのぬぐるみをぎゅっと抱き締めた。

「ダディ!昨日はありがとう!」
「どういたしまして」

お客さん達が、綾音の大きな「ダディ」という声に、クスクス笑う。

「そうだ、綾音ちゃん。俺が結婚してくれって言ってるのに、ママがイヤって言うんだけど」
「えー?じゃあ、綾音が一緒にお願いしてあげる」

すると、綾音が突然、床にペタンと正座し、
「ママ!ダディとケッコンして下さい!」
と言って、ガバッと頭を下げた。

綾音!
絶対、意味分かってないでしょ!?

顕も調子に乗って綾音の横に正座する。

「美貴!俺と結婚して下さい!」
「あ、あの、ね。何考えて、」
「ママ!お願い!」
「美貴!お願い!」

公衆+お母さんの面前。

恥ずかしいったらありゃしない。

「お母さん・・・助けて・・・」
「ねえ」

ねえ、って!
娘の一世一代の危機なのに、何、その「ねえ」って!?

更に。

「すごーい、土下座してプロポーズなんて、テレビ以外で見たの初めて」
「俺、テレビでも見たことない」
「お姉さん。結婚してあげなよー」
「そこのジュエリーショップでエンゲージリング、売ってるよ?」

無責任な野次馬共・・・いやいや、お客サマ達が、温かい言葉をかけてくれる。

おう、ほっとけや。

「ママ!綾音、ダディにお父さんになってほしい!」
「あ。綾音ちゃん、ダディとお父さんは同じ意味だから。どっちもパパってことだよ」
「じゃあ、ダディはもう綾音のお父さんなんだね!」
「そうそう。お父さんだよ」
「やったぁ!」
「綾音!顕!!」

私を無視して「やった、やった♪」と踊りだす二人。
相変わらず「ねえ」という表情のお母さん。
ニヤニヤ笑うお客サマ達。


ああ!もう!これだから!


男なんて大ッキライだっ・・・もん!







――― 「男なんて大ッキライだっ!!!」 完 ―――
 
 
 
 
 
 
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