第24話 王子様とナイトと小間使い
 
 
 
 
「・・・飯島。やっと来たか」

1年3組担任の森田先生が手をこすりながらため息混じりに言った。

「すみません・・・」
「謝るなら俺じゃなくて坂本先生にしろ」
「え?」
「坂本先生は最終チェックポイントの校門前にいるからな。まだ後1時間以上は待つはめになりそうだ」
「・・・」

ここは第3チェックポイント。
時間は既に2時を回っている。

ここまで5時間かけて15キロ歩いたと言うことは・・・

「私、時速3キロなんですね」
「よく計算できたな」

当たり前です。

「つまり、分速50メートル。秒速にすると約83センチだ」
「・・・」
「後5キロ、死ぬ気で頑張れ」
「・・・はい」


森田先生にスタンプをもらった後、私は本当に死ぬ気で歩いた。
だって、もう前にも後ろにも生徒の姿はない。
最終チェックポイントの坂本先生は、私一人のために後1時間も待たないといけないんだ・・・。

そう思うと嫌でも足が速くなる。

坂本先生は2年生の担任だから、直接勉強を教えてもらったことはないけど、
ちっちゃくて元気で明るい女の先生だ。
あの先生がこの寒い中、震えて待っていてくれてるのかと思うと申し訳ない。


だけど・・・いい加減、足が痛い。
体育会系の部活の生徒は、こんな距離、本当に走ったのかな・・・。


頑張ってはいるんだけど、もう疲労困憊で、
たださえでも秒速83センチなのに、60センチくらいになりそうだ。
秒速60センチってことは、分速36メートル、時速だと、ええっと・・・2.2キロくらい?
ってことは、5キロ歩くのに2時間以上かかる!!

もっと早く歩きたいって気持ちと、もう歩きたくないって言う足が喧嘩しながら、
なんとか前に進む。


奈々は今頃寝てるかな?いいなあ。
そう言えば、2時を過ぎたら、ゴールした生徒は帰っていいんだっけ。
ってことは、もうみんな帰り始めてるって訳で・・・


ああ、もうやめたい。
寒いし、足は痛いし、寂しいし・・・
お腹が痛いとか嘘ついて、リタイヤしようかな?
でもせっかくここまで歩いたんだし、待ってくれている坂本先生に悪い。

だけど・・・限界だ。

そう思って立ち止まったその時。


「飯島!」

聞きなれた声に顔を上げた。

「・・・溝口君」

私の進行方向から、つまり、学校の方から溝口君が走ってきた。
もう制服に着替えている。

と言うことは・・・

「もしかして、一度ゴールしてから戻ってきてくれたの?」
「ああ。だって、いつまでたっても飯島だけ戻ってこないし」
「・・・」
「本当に倒れてるのかと思って見に来た」

見に来た?
5キロも走って?

「・・・」
「・・・悪かったな。三浦じゃなくって」

溝口君が不機嫌そうな声を出す。

「そ、そんな!そんなことないよ!ありがとう、嬉しい」
「でも、一瞬三浦かもって期待しただろ」
「うっ・・・」

でも、溝口君は「まったく」とか言いながらも、
全然怒ってる感じじゃない。

私達は並んでゆっくり歩き出した。

「・・・うん。ごめん。正直、三浦君かな、って思った」
「やっぱり」
「でも、三浦君の方が嬉しいって訳じゃないのよ?
ただ、こういうのっていかにも『王子様』の役割だから・・・」
「どうせ俺は王子様じゃないし」
「そんな・・・でも・・・そうだね。溝口君は王子様ってタイプじゃないよね」
「正直だな、飯島」

そう。溝口君は王子様タイプじゃない。でも。

「強きをくじいて弱きを助ける。ナイトみたい」
「・・・もっとらしくないと思う」
「あはは、そう?似合うよ」
「じゃあ飯島はナイトに助けられるお姫様か?もっとらしくないぞ」
「そうねー。私は・・・お城の小間使いってとこかな」
「あー。そんな感じ」


私達はそんな取りとめもない会話をしながら、学校を目指した。


さっき、溝口君にああは言ったけど、本当に嬉しい。
こうやって私のことを気に留めてくれる人がいるなんて。

学校が近づくにつれて下校中の生徒とすれ違うことも多くなり、
まだ体操着姿の私を見て「あの子、まだやってる」なんて声もちらほら聞こえてきた。

一人だったら、恥ずかしくて死にそうになってただろう。
でも、溝口君が一緒にいてくれたから、私は恥ずかしくなかったし、頑張れた。


「なあ、飯島。もしかして何か勘違いしてないか?」

学校が見え始めた頃、溝口君が言った。

「何かって?」
「先週、三浦と西田さんが映画館にいたって噂になってただろ?三浦と飯島が別れたのって、
その直後だったからさ」
「ああ・・・別に勘違いしてないよ。溝口君と月島さんも一緒だったんでしょ?
西田さんから、あれは溝口君と月島さんをくっつけるために、西田さんが考えた作戦だったって聞いた」

だけど溝口君は首を傾げた。

「やっぱり勘違いしてる」
「え?」
「あれ、言い出したのは多分西田さんじゃない。三浦だよ」
「ええ?」
「だって、月島は前に俺のこと振ったんだぞ?それなのに、月島の友達の西田さんが、
強引に月島と俺をくっつけようとするか?そんなことしても月島は嫌がるだけだろ」

・・・確かに。
じゃあやっぱり三浦君が?どうして?
・・・西田さんを連れ出す口実にそんなこと言い出したのかな・・・?

「あれは三浦なりの『お礼』だったんじゃないかな」
「お礼?」
「そ。『溝口のお陰で飯島と付き合うことができた。だから溝口にも月島とうまくいって欲しい』って」
「溝口君のお陰で私と付き合うことができた?」

確かに溝口君が三浦君に怒ってくれたから、三浦君は反省したわけだけど。
でも。

「『飯島と付き合うことができた』って表現はおかしくない?
『反省したから飯島と付き合ってやることにした』でしょ」

だけど溝口君はその質問には答えてくれなかった。

「それと、飯島はもう一つ勘違いしてる」
「へ?」
「ナイトってのは、所詮王子様の手下だ。王子様の命令なしじゃ動かないんだよ」

・・・これもまた言っている意味が分からない。

私が「どういうこと?」とか言っているうちに、私達は校門の前に辿り着いた。



そこには、三浦君が立っていた。



 
 
 
 
 
 
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