第25話 認めない
 
 
 
「三浦君・・・どうし、」
「飯島さん!!!!」

私の声を遮ったのは、真っ青な唇でガタガタ震えている坂本先生だった。

「あっ」
「は、早くスタンプ押させて!私、もう限界!!寒すぎる!!!」
「す、すみません!」

私は走って坂本先生に近づき、台紙を差し出した。
坂本先生はすぐにスタンプを押そうとしたけど、手が震えて上手く狙いが定まらない。


と。

「先生。僕が押します」

私の後ろからスッと手が伸びてきて、坂本先生の手からスタンプを取った。
そしてそのまま、私の台紙にポンっとスタンプを押した。

「ありがとう、三浦君。ああ、寒い!飯島さんも、早く校舎に入って暖まりなさい」
「はい。ありがとうございました」

私はお辞儀したけど、顔を上げた時にはもう、坂本先生は校舎に向かって小走りしていた。
なんか足がフラフラしてて、こけそうだ。

だ、大丈夫かな、坂本先生・・・


「じゃあな、三浦、飯島。俺、帰るから」

溝口君が三浦君と私から少し離れたところで、軽く片手を挙げた。

「あ、溝口君。あの、本当にありがとう」
「ああ。じゃあな」
「うん。お疲れ様。バイバイ」

私は溝口君に手を振って・・・それから三浦君を見た。

「・・・何してるの?」
「・・・別に」

三浦君は制服姿で、コートは着てるけどかなり寒そうだ。
坂本先生みたいに、ここにずっと立ってたのかな。

「早く着替えて来いよ」
「う、うん」

私は走り出して・・・振り返った。
三浦君はまだ校門のところに立っている。

着替えて来いよ、って・・・それって、待ってるってことなのかな?
もしかして、ずっと私のこと、待っててくれてたのかな?

そう言えばさっき溝口君が、ナイトは王子様の命令なしじゃ動かないって言ってた。

あれって、もしかして・・・


私がボンヤリと立ち止まっていると、三浦君が「早くしろ!」と言うふうに顎をしゃくった。
私は慌てて校舎へと走り込んだ。





「俺が悪かったよ」
「・・・」
「ヒナのこと、何にも考えてなかったな」
「・・・・」
「少しでも考えれば、簡単に分かったことなのに」
「・・・・・・」

三浦君の声と表情は、凄く申し訳なさそうな感じをかもし出している。
だけど。

「三浦君・・・目が笑ってるよ」
「そうか?そんなことないぞ。俺は本当に悪かったと思ってだな」
「・・・」
「っぶぶ」

三浦君は堪え切れず、噴出した。

「あはははは、ヒナ、お前、身長何センチなんだよ・・・ははははは」
「・・・」


ここは、駅の中にある立ち食い蕎麦屋さん。
三浦君が「寒すぎる!腹も減った!」と言うので、入ることにした。
立ち食いのお店なんて、三浦君も私も初めてだ。

だから、気が付かなかった。
「立ち食い」のお店では当然「立ち食い」するってことを。


「すみません。踏み台ってありますか?」

真面目な顔でお店の人にそう訊ねる三浦君の袖を、私は必死で引っ張った。

「三浦君!いいって!大丈夫だから!」
「大丈夫?どこが?・・・あはははは」
「笑わないで!」

そう。立ち食いのお店には、立って食べる用のカウンターしかない。
それも、ちょっと高めのカウンター。
背の低い私は、ちょうど頭だけがひょこっとテーブルの上に出るだけ。

そんな状態で必死にお蕎麦を食べている私の姿がツボにはまったのか、
三浦君はずっと笑いを噛み殺してる。

ううん。殺してない。おもいっきり笑っている。

「はあ〜。もはや哀愁漂うな、その姿」
「・・・」
「写メ撮っていい?」
「ダメ!!」

・・・って、私、何してるんだろう。
三浦君とは別れたはずなのに。

これは・・・そう、これは、三浦君が私を待っててくれたみたいだから、
お礼にご馳走してるだけなんだから。

そうでしょ?三浦君。


そんな思いで三浦君を見上げていると、私の視線に気づいたのか三浦君も私の方を見た。

「カウンターから頭だけ出して睨んでも、怖くないぞ」
「・・・睨んでなんか、」
「ヒナ」

三浦君が、お箸をおいて私に向き直った。
いつになく真剣な表情に、ドキッとする。

「・・・何?」
「ヒナ。俺に嘘ついたな」
「嘘?」
「お前、全然友達できてねーじゃん。今日も一人だったし」
「・・・」
「なんで、あんなこと言った?俺と別れたかったのか?」
「・・・だって、三浦君は・・・」

まだ西田さんのこと、好きなんじゃないの?
そう言いたかったけど、何故か怖くて言えなかった。
三浦君が怖いんじゃない。

なんだろう・・・
自分でもよく分からないけど、なんだか怖かった。

「俺のこと嫌いになったのか?」
「違う!」

私がそう言うと、三浦君は急にニヤッと笑った。
普段教室では絶対にしない、裏・三浦の代名詞みたいなこの笑顔。

前だったら、「三浦君らしくない」って思ってただろうけど、
今は物凄く「三浦君らしい」笑顔だ。

「じゃあ、またもうしばらく付き合わないとな」
「えっ。いいよ、そんな」
「ダメ。ヒナに友達ができるまでは付き合う。あ、高山は含まないぞ。あれは認めない」
「認めない、って何を?」

だけど三浦君は「さーな」ととぼけて、またお蕎麦を食べ始めた。



 
 
 
 
 *次回、最終話です
 
 
 
 
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