第22話 ナツミ 「彼氏」
 
 
 
「はい。こっちがナツミちゃん。こっちがノエル君」
「ありがとうございます!」

私たちは、大きな声でお礼を言って、先生が差し出した封筒を受け取った。

何も入っていないんじゃないかと思えるほど薄っぺらい封筒。
でも、その中には1万円札が2枚。

「うわあああ!お金だ!」
「・・・ナツミは腐るほど持ってるだろ」
「持ってるけど!」

このお金は特別だ!
一ヶ月働いたことへの見返り。

すごい!私、働いてお金を稼いだんだ!!



興奮冷めやらぬまま、私はノエル君と保育園の外に出た。
バイトは今年いっぱい続くけど、お給料は一ヶ月ごとに出るらしい。
ってことは、この2万円があと2回ある訳だ!
合計6万円。

凄すぎる!

「ど、ど、どうしよう。この2万円!」
「欲しい物でも買ったら?」
「そんな!もったいない!」
「・・・」

ノエル君がため息をつく。

そうそう。
保育園内で「ナツミちゃん」「ノエル君」と呼び合っているうちに、
いつの間にか外でもそう呼び合うようになった。
ノエル君はさすがに「ナツミちゃん」は恥ずかしいらしく、呼び捨てだけど。

「ノエル君は、そのお金何に使うの?」
「え?別に・・・。そうだ、せっかくバイト代も出たし、飯でも食っていこうか」
「へ?」

ノエル君と食事?
嘘!
ほんとに!?

「でも、もったいない!」
「・・・。じゃあファーストフードにしようか。マック・・・うーん、せっかくだからモス」
「マックとモスってどう違うの?」
「モスの方がちょっと高い」
「じゃあ、マック!」
「・・・」


という訳で、私たちは駅前のマックに入った。

「へえー。これが『マック』かあ。マックって、マクドナルドの略だったんだね」
「・・・入ったことない?」
「うん」
「・・・」
「あ。あそこの席、空いてるよ」
「その前に注文しないと」

なるほど。
レストランみたいにウェイターがオーダーを取りに来てくれる訳じゃないらしい。
学食みたいだ。

「いらっしゃいませ」
「こ、こんにちは」

私が挨拶すると、ノエル君が噴出した。

「な、何!?」
「いや・・・はは・・・うん、いいことだよ。挨拶は・・・あはは」
「本屋さんでも笑われた」
「だろうね。でもその心がけは忘れない方がいいよ。あははは」
「?」

ノエル君がどうして笑ってるのかわからないけど、
私たちはとにかく注文し、ハンバーガーを受け取って席についた。

「・・・何してるの?」
「え?だって、こうやって食べるんじゃないの?」

オープンサンドのイメージでハンバーガーを分解している私を見て、ノエル君が眉をひそめた。

「そのままかぶりついたらいいんだよ」
「このまま?だって、大きいじゃない」

ノエル君はもはや説明するのも面倒なのか、パクパクとハンバーガーを食べだした。
なるほど。そうやって食べるのね。

私ももう一度ハンバーガーをサンドして、ノエル君の真似をして食べてみた。

「美味しい!こんな味、生まれて初めて!」
「・・・」
「ハンバーガーって美味しいね!」
「・・・そうだね」

私が夢中でハンバーガーとポテトを食べていると、
ノエル君が不思議そうに私を見た。

「何?」
「堀西の生徒のくせに面白いなあ、と思って。いや、堀西の生徒だから面白いのか・・・」

ノエル君はちょっと複雑な表情。
そういえば前、堀西の人で嫌いな人がいるって言ってたっけ。
優しいノエル君が「嫌い」だなんて。

「・・・ノエル君が嫌いな人ってどんな人なの?」
「・・・」

ノエル君が急に険悪な表情になる。
よっぽど嫌いらしい。

「俺、姉がいるんだけど・・・その彼氏」
「え?お姉さんの彼氏が堀西の人なの?」
「もうとっくに卒業してるけどね」
「そうなんだ・・・その人がどうかしたの?」

いくら私でも想像つくけど。
そしてノエル君の答えはその想像通りだった。

「姉さんは本気だったみたいだけど、あっさり捨てられたんだ」
「・・・」
「やっぱ堀西に通ってた人間は、一般人なんかと付き合っても面白くないんだろ。金持ってないし」
「そんなこと!そんなこと、ない。私はノエル君といて、楽しいもん」
「金持ってないのに?」
「そんなの関係ない!」

・・・あっ!
これだ!
萌加が言っていた「お金より大事なもの」。
そうか・・・これだったんだ・・・

私も見つけられた。

ノエル君と萌加のお陰で。

「ねえ、私も友達に言われたんだけど・・・。
ノエル君のお姉さんの彼氏も、もしかしたら『お金持ちは偉いんだ』って思い込んでるだけなのかも」
「え?」
「堀西に通ってる生徒ってね、自分の家も友達の家もみんなお金持ちで、お金なんてあって当たり前って
思い込んでる。自分が恵まれてるってわかってない。誰もそんなこと教えてくれないもん。
私もそうだった」
「・・・」
「お姉さんの彼氏も、そうかもしれない。ちゃんと話せばわかってくれるんじゃないかな」

ノエル君が俯いた。
そんなことない!って思ってる顔じゃない。
そうかもしれない、って思ってる顔だ。

「それに私、ノエル君のお姉さんが、本当に心無い人のことを好きになるとは思えない」
「ナツミは俺の姉さんのことなんか知らないだろ」
「ノエル君のお姉さんのことは知らないけど、ノエル君のことなら知ってるもん」
「・・・」

ノエル君が最初に、「堀西の人間は嫌いだ」と言っていたのは今年の4月。
つまり少なくとも半年前に、ノエル君のお姉さんは彼氏に捨てられたことになる。

今更、私がこんなこと言っても何にもならないかもしれない。
ううん。何にもならないに違いない。

でも、言わずにはいられなかった。
萌加が私にそうしてくれたように。



 
 
 
 
 
 
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