第23話 萌加 「眠り」
 
 
 
「なんだ、それ!?」

わかる。
わかるよ健次郎、その気持ち。

私も30分前に同じこと言ったから。


今日も私とナツミとは別にランチしてた健次郎だけど、
学食を出ようと私たちの横を通った時、ナツミの手元を見て足を止めた。

で、「なんだ、それ!?」だ。


「見てわかんない?」

ナツミが得意そうに言う。

「・・・弁当」
「正解」

本城のお弁当事件があったから、私としてはもうお弁当なんて見たくもないんだけど、
ナツミがお弁当を持ってきたとなれば、見ずにはいられない。

目の前で食べられてるからじゃなくって、
驚きの余り、目が離せないのだ。

「どーゆー冗談だ?」
「冗談じゃないわよ!本気よ!これから毎日持ってくるんだから!」
「なんのために?」
「節約のために、決まってるでしょ!」

30分前に私とナツミの間で交わされたのと全く同じ会話が、
健次郎とナツミの間で交わされる。

「そんなことしても、せいぜい千円とか2千円浮くぐらいだろ」
「健次郎!千円稼ぐのってどれだけ大変だと思ってるの!?」
「・・・」
「子供たちに絵本読んで、一緒にお絵かきして、おやつ食べさせて、トイレ連れて行って、
おもらししたら着替えさせて・・・って、これだけやっても千円って貰えないのよ!?」
「・・・・」
「それから私、寮も出るの。だって、月50万もするのよ!50万あったら、
100円マックがいくつ買えると思ってるの!5000個よ!」
「・・・・・・」
「あ。私、教室戻らなきゃ。保育園のクリスマス会のために、折り紙でツリーを作るの。じゃあね」
「・・・・・・・・・・」


冷戦状態だということも忘れて、私と健次郎は、
意気揚々と学食を出て行くナツミの後姿を呆然と見送った。

「なんだ、ありゃ」
「ねえ」
「なんか悪いもんでも食ったのか?」
「好きな人に影響されたみたい。今は、ナツミの方がその人よりイッちゃってるけど」
「・・・。ところで、100円マックってなんだ?」
「さあ。ってあれ、一人なの?龍聖は?」
「朝からいないだろ。風邪引いたらしい」
「へえ。馬鹿でも風邪引くのね」
「そうだな」
「健次郎は引かないのね」
「・・・」





ちょっと辺りを見回して、誰もいないのを確認してから私はドアをノックした。

「・・・はい」

元気のない声が部屋の中からして、ドアが開いた。
本当に参ってるらしい。

「?誰?」
「見てわかんないの?」
「その声・・・萌加か?」
「もちろん」
「・・・わかるわけないだろ、そんな格好じゃ」

龍聖が呆れたような声を出す。

私は自分を見下ろした。
黒いパンツに黒いコート。
顔にはマスクとサングラス。
あと、黒い帽子。
髪の毛はその中にまとめてある。

「どう見ても変質者だぞ」
「そう?」

だって男子寮に入るには、少し変装した方がいいと思って。
それでも一人じゃここまで来れなかった。
健次郎が寮事務所の人の目を引いておいてくれたのだ。


ゲホゲホとせきをしながら龍聖が私を部屋の中に招き入れた。

「何しに来たんだよ」
「お見舞い」
「はあ?」

龍聖はフラフラとベッドに倒れこみ、布団を頭からかぶった。

「大丈夫?」
「・・・じゃない」
「みたいね」

私も龍聖に続き、ベッドに潜り込む。

「・・・何やってんだ」
「看病」
「そんなことして、襲われても文句言えないぞ」
「泊まりにきていいって言ったの、龍聖じゃない」
「やっていいなら、って言ったろ」
「そんなにフラフラで、やれるもんならやってみなさい」

突然、龍聖がガバッと身体を起こして、私の上に覆いかぶさった、
と言うか倒れこんだ。

「・・・死ぬ・・・」
「はいはい。さっさと寝てね」

私は笑いながら、龍聖の背中に手を回した。

熱い。
背中も、私の頬に当たる龍聖の顔も。


私はベッドの上の方に移動して、龍聖の頭を胸に抱いた。

「ねえ、看病してあげてるんだから、治ったら連れて行って欲しいところがあるの」
「押しかけ看病のくせして何言ってる・・・どこ行きたいんだよ?」
「100円マックが買えるところ」
「は?マック?」
「知ってるの?」
「マクドナルドだろ。昔、堀西以外の女に連れられて行ったことがある」
「・・・ふーん」

女、ね。

「ナツミがね、急にお弁当持ってきたの」
「は?マックと何の関係があるんだよ。ってゆーか、なんだ、その面白い話は」
「しかも、寮の朝ごはんを詰めただけなのよ」
「あははは、ナツミらしい・・・っ、笑ったら頭痛い・・・」
「続きは明日の朝ね」
「・・・うん」


そして私と龍聖は、あの日のようにいつの間にか眠っていた。
・・・抱き合ったままで。



 
 
 
 
 
 
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