最終話 龍聖 「2年後」
 
 
 
俺は電車から降りると、ホームを走りぬけ、改札をくぐった。
そしてそのまま、駅からまっすぐ伸びた道を走る。

やばいなー。待ち合わせギリギリだ。
萌加の奴、普段はグータラのくせして、俺との待ち合わせにはやたら厳しいからな。
遅れたら、またなんか奢らされる。
奢るのはいいけど、前みたいに強引にチョコレートパフェにつき合わされるのはゴメンだ!

客待ちをしているタクシーが、視界の端に入る。
乗ろうかという誘惑に駆られるが、
そんなことしたらますます萌加の機嫌を損ねるだけだから、やめよう。


萌加と付き合い始めてもう2年以上たつ。
いつかの愛じゃないけど、俺にとっては最長記録だ。
この記録は多分これからも破られることはないだろう。一生。

2年と言えば、なんとナツミも保育園のバイトをずっと続けている。
しかも、堀西短大で保育士の資格を取るらしい。

それはともかく、ナツミの発達した経済観念(?)のお陰で、
何故か俺と萌加まで、今ではすっかりエコノミーな人間になってしまった。
無駄遣いしようものなら、すかさずナツミからブーイングがくるからな。
移動は全部電車だし、デートも映画館や遊園地に行くぐらい。
堀西大学に入ったら一人暮らししたいと思ってたのに、それも萌加に「お金の無駄よ」と一蹴されてしまった。
文句を言いたかったが、俺自身「やっぱり?もったいないよな。やめとこう」と納得してしまう始末。

親が本気で心配している。


健次郎は相変わらずだ。
昔ほど金遣いは荒くなくなったが、女にはだらしがないし、勉強する気もゼロ。
そして・・・家を継ぐ気もゼロ。
昔は、親の後を継いで豪遊生活するのが夢だとか言ってたのに、
急に「自分がやりたいことをやって食って行きたい」とか言い出した。
「やりたいことってなんだよ?」って聞いたら、「さあ。まだ見つけてない」と抜かしてたが。

とりあえず俺と一緒に堀西大学の経済学部へ進学するけど、やる気はなさそうだ。


そうだ。大学と言えば、あいつ・・・


「あれ?」

俺はビックリして足を止めた。
今、頭の中に出てきた顔が、道の少し前にあったからだ。

「本城!」
「東原?久しぶりだな」
「1月の卒業式以来だな。2ヶ月ぶりか」
「ああ」

俺は本城に歩み寄った。

本城、なんか大人びた気がする。
私服姿だからか?
いや、なんかちょっと雰囲気が変わったかも。

「本城、お前外部の大学受けたんだろ?どうだったんだよ?」
「受かった」
「おお。おめでとう。どこの大学?」
「ありがと。H大だよ」
「・・・H大?」

国立の?
あのレベルが高い?

「うわ!すげえ!よく受かったな」
「運が良かった」

いや、そんなことないだろう。
元々本城は勉強を頑張ってたが、高3の時は本当によく勉強していたと思う。

そうだな。あれだけ頑張ってりゃ、H大も受かるかもしれない。
それにしても、凄いが。

「お前、将来ヤクザになるんじゃないのかよ。H大なんかに行ってどうする」
「インテリなヤクザを目指すよ」
「・・・すげー嫌味な人間だな」


久しぶりにもう少し本城と話していたかったが、
お姫様がオカンムリになると困るので、そろそろ行くことにした。

「じゃあな、本城。元気で」
「お前もな。今から神楽坂に会うのか?神楽坂にもよろしくって言っといてくれよ」
「わかった」

俺が走り出そうと、一歩踏み出した時、
突然本城が俺を呼び止めた。

「東原!」
「な、なんだよ。驚かせるなよ」
「急いでるとこ悪い。あのさ・・・今思い出したんだけど・・・」

口ごもる本城。

「なんだよ、らしくないな」
「東原が前付き合ってた女って・・・」
「前付き合ってた女?どれのことだ?」
「・・・どんだけいるんだよ。神楽坂の前に付き合ってた女」
「ああ。愛か。間宮財閥のお嬢様」

本城が、げっ!という顔をする。

「なんだよ。愛がどうかしたのか?」
「・・・」
「・・・お前、もしかして・・・」
「いや、なんか成り行きでそうなってさ・・・」
「や、やめとけ!愛はやめといた方がいいぞ!」
「なに、まだ未練あんの?」
「そうじゃなくて!」

あの愛だぞ!
いくら本城でも相手が悪い!

「悪いことは言わないからやめとけ。遊ばれて捨てられるだけだ」
「俺、一応本気なんだけど」
「本城が本気でも、愛が男に本気になることなんてないって!
第一お前、普通の女と付き合ったり結婚したりはしないって言ってただろ」
「普通の女?愛が?あんな肝っ玉の据わった女、見たことないぞ」
「・・・確かに」

本城と愛、か。

2人が並んだところを想像してみる。
見た目にはお似合いだ。

うーん、でも愛、だぞ。

俺は完全に持て余してたけど、本城なら・・・どうだろうか。

「それにしても、萌加の次は愛かよ。本城も面食いだな」
「東原こそ、愛の次に神楽坂だろ。人のこと言えるか」
「・・・」
「・・・」

何、同じ女の間を行き来してるんだ。
俺達はげんなりしてしまい、そのまま別れた。




「遅い!遅すぎる!30分も遅刻!!」
「あー・・・悪い」

俺は萌加の顔をまじまじと見た。

「何?」
「いや、やっぱかわいいなーと思って」

愛も。

「え?」

俺の心の声はもちろん聞こえない萌加は嬉しそうに怒った(?)。

「そんなこと言っても許さないから!何してたのよ!」
「そこで本城とばったり会ってさ」
「え?本城?」

とたんに萌加の機嫌が直る。
おいおい。

「あいつ、H大受かったって」
「H大!?すごい!」

萌加が俺の腕を掴んでピョンピョンと跳ねた。

「うわあ!将来、官僚にでもなるのかな?」
「・・・」

官僚のヤクザ。
それはないだろう。

「ねえ、まだ本城いるかな?お祝い言いたい」
「ああ、駅に向かって歩いてたぞ」
「ちょっと待ってて!」

そう言うと、萌加は一目散に駅に向かって走って行った。
よくまあヒールであんな早く走れるもんだ。
女は強い。

って、強すぎだろ。
彼氏をほったらかして、昔好きだった男のとこに行くか?普通。


やれやれ。

俺は苦笑いしながら、ベンチに腰を下ろした。





――― 「quartet」 完 ―――



 
 
 
 
 
 
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