第3話 萌加 「餌付け」
 
 
 
廊下の途中で私は足を止めた。
これも毎日の習慣。

1年A組の手前にトイレがある。
食べ物を持っているからさすがに中に入るのは気が引けるけど、
トイレの外から、鏡に映った自分をチェックする。

ナツミとは対照的に、ちょっと目じりが上がった大きな目は、
自分でもなかなか魅力的だと思う。
よく龍聖に「男を誘う目だ」って言われる。
あの遊び人がそう言うんだから間違いないんだろう。

髪は・・・黒くて長いストレート。
走ってきたからほつれてるかな?

慌てて手櫛を通す。

これも、龍聖によく「意外だ」って言われる。
私みたいなタイプは茶髪のユル巻きが常識、らしい。
私もそう思うし、そうしたい。

だけど、小学校の頃アイツが私に「神楽坂って綺麗な髪してるよな」って言ってくれたことがある。

それ以来、私はずっとこの髪型だ。


もう一度鏡を見る。

髪、よし!
制服、よし!
化粧、よし!

頬がちょっと赤いのは・・・走ってきたせい、だけじゃないだろう。
これは仕方がない。

最後に腕時計を見る。

12時45分。

うわ。お昼休み、後30分しかない。

早く行こう!

私は息を整えて、1年A組の扉を開いた。





「本城」
「ん?ああ、神楽坂」

本城は机から顔を上げて私を見た。
笑顔でもなんでもない。
普通の顔。

だけど、ドキッとする。

でもやっぱりそんなことは隠したまま。

「何してたの?」
「勉強」
「真面目ね。勉強なんてしなくたっていいのに」
「他にすることないし」

本城は友達がたくさんいるけど、いつも教室で一人、ランチを食べている。
ランチ、なんて洒落たもんじゃない。
購買でお菓子みたいに売っているコロッケパンを一つ食べるだけだ。

だからすぐに食べ終わって、友達が学食から帰ってくるまでこうやって勉強している。
いくら他にすることないからって、どうして勉強なのよ?
私だったら、寝るか携帯でテレビでも見てるに違いない。

そう思って、一度本城に「テレビでも見ればいいのに」って言ったら、
「俺、携帯持ってない」と返された。
思わず、「じゃあ私があげるよ」と言いそうになった。
そうしたら、自然とお互いの番号を交換できそうじゃない?


「ほら。あげる」

私は無造作に折り詰めを本城の机の上に置いた。

「お、いっつもありがとな」
「・・・別に。私、食べるの早いから、どうせ暇だし」

本城は早速折り詰めを開き「うまそう!」とか言いながら、
嬉しそうに食べ始めた。

私は本城の隣の席に腰を下ろし、そんな本城を見つめた。


本当に美味しそうに食べるんだから。
いかにも男の子って感じで、大きな口でパクパクと。
でも、それでいて「むさぼってる」って感じじゃないのよね。
ちゃんとマナーは守ってる。

本城は空手部で、朝も練習してるし放課後だって部活がある。
ランチがコロッケパン1つなんて足りる訳ない。
だから私がこうやって、「暇だしお金なんていくらでもあるし」と言って、
毎日折り詰めを本城に持ってきている。

本城の家は、もちろんお金持ちだけど、堀西の中じゃ「中の下」だ。
それでも、昔は普通にお小遣いをいっぱい持ってたし、
毎日学食でいっぱいご飯を食べてた。
私はいつも例の3人と一緒だから、見てるだけだったけど。

それが、中学2年生のある日、本城は突然学食に来なくなった。
噂だと、本城が親と喧嘩して家を出て、知り合いの家でお世話になり始めた、らしい。
滅茶苦茶高い堀西の学費もその知り合いの家から出してもらっているらしく、
さすがに学食代まで負担してもらうのが悪いのか、それ以来本城のランチはパンだけだ。

そんな本城を見て、私はここぞとばかりにこの折り詰めを始めた。
それまで本城と話したことなんてほとんどなかったけど、
これのお陰で、少しだけど毎日二人で話ができるし、本城も喜んでくれる。


この習慣が始まって、もう2年近くが経つ。
健次郎には「本城の餌付け、高校生になったんだしいい加減やめたら?」と馬鹿にされたけど、
やめるつもりは全くない。


「すげー。刺身が入ってる」
「美味しい?」
「うん。美味しい」
「・・・」
「何?」
「ううん。明日は何がいい?」
「なんでもいいよ。食べられるだけでありがたい」
「・・・うん」


本城は凄くかっこいい。

本城には10個くらい上にお兄さんがいて、もうとっくに大学も卒業してるけど、
その人は堀西学園の中でも外でもちょっと有名なくらいかっこよかった。
そんじょそこらのモデルなんて目じゃないくらいに。

確かに顔だけなら、本城より本城のお兄さんの方がかっこいいかもしれない。

でも、私には本城以上はいない。

本城も、私がそう思ってるのをたぶん知ってる。
だから、こうやって折り詰めを持ってきても、「ありがとう」とは言うけど、
「悪いな」とは言わない。

これが私の楽しみだってわかってるから。


だけど、女の子に毎日毎日折り詰めなんか持って来られて、実は恥ずかしいのかな?
でも「やめてほしい」とも言わない。

単にお腹いっぱいになるのが嬉しいから?
それとも・・・

「あ」
「どうしたの?」
「三色団子が入ってる。花見の季節だからかなー?」

本城が楽しそうに、あはは、と笑った。


・・・やっぱり、この「餌付け」、やめるつもりはない。
大学生になっても続けたい。

ううん、それから先もずっと続けたい。



「餌付け」されてるのは、私の方だ。



 
 
 
 
 
 
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