第1部 第1話
 
 
 
「パパに紹介したい人がいるの」

娘にこう言われたら、たいていの父親は顔を引きつらせるだろう。
でも、私のパパは違った。

「そうか。萌加もかちゃんか?」
「・・・萌加は、お父さんも昔から知ってるでしょ。
どうして今更改めて紹介しないといけないのよ」

お姉ちゃんが膨れっ面になる。

パパは何もボケをかました訳じゃない。
お姉ちゃんの天然度合いを考えると、こういう「紹介」もあり得るからだ。

だから、私も一応確認してみる。

「お姉ちゃん。子猫でも拾ってきたの?猫は『人』とは言わないわよ?」
「・・・知ってるわよ」

知ってたか。
よかった、よかった。

・・・と、いうことは?

お姉ちゃんはリビングの馬鹿でかいソファーから毅然と立ち上がると、
高らかにこう宣言した。

「パパに、私の彼氏と会ってもらいたいの!」









「はあぁ」

お姉ちゃんは、ベッドの上でちょこんと体育座りをして、大きなため息をついた。

「お姉ちゃん。ちゃんとその月島さんって彼氏に謝っときなよ?」
「うん・・・」

突然、お姉ちゃんが涙目で私を見ながら大きな声を出した。

「私って、どうしていつもこうなんだろう!」
「ボケてるからじゃない?」
「・・・」

お姉ちゃんは無言で膝の間に顔を埋めた。


驚いたことに。
お姉ちゃんには少し前から付き合っている「月島ノエル」さんという彼氏がいるらしい。
で、お姉ちゃんは一世一代の決心でパパに月島さんを紹介しようと、
「来週の日曜に、ノエル君をうちに連れてくるから!」とパパに言ったのだが、
隣で聞いていたママにさらっと「来週の日曜って、ナツミ、修学旅行じゃなかったっけ?」と、
言われてしまったのだった。


「ふつー、自分の修学旅行忘れる?」
「だって・・・忘れてたんだもん」
「そうみたいね」

また、お姉ちゃんが涙目で私を見る。

「うちの高校の修学旅行って!北欧に1ヶ月も行くのよ!?」

知ってるわよ。私も来年行くんだから。

お姉ちゃんは両手で顔を覆った。

「1ヶ月もノエル君に会えないなんて、耐えられない!」
「じゃあ、修学旅行に行くのやめたら?北欧なんていつでもいけるじゃない」
「・・・でも、萌加たちと修学旅行には行きたい・・・」
「じゃあ、行きなよ」
「でも、ノエル君に会えないのは嫌!」
「じゃあ、行くのやめなよ」

この後、約5分ほど不毛なやり取りが続いたけど、
結局お姉ちゃんは修学旅行へ行くことにした(当たり前だ)。

当然、パパと月島さんのご対面は延期、ということになる。
それはつまり、私も月島さんという人にしばらく会えないということだ。

・・・なんだ。面白くないな。



私、寺脇てらわきマユミと姉のナツミは、寺脇コンツェルンという大きな財閥の娘だ。
日本一大きな間宮まみや財閥に比べると、さすがに見劣りはするけど、
大金持ちという点は疑うべくもない。

通っている学校も、堀西学園という金持ちしか入れない学校。
とにかく何不自由なく、毎日贅沢に暮らしている。

ただ一つ、私とお姉ちゃんには、いや、お姉ちゃんには課せられた義務がある。

それは、寺脇コンツェルンを継ぐのに相応しい男と結婚すること。

パパは優しいから、そんなこと面と向かってお姉ちゃんに命令はしないけど、
当然それを期待しているだろう。
でも、オトボケキャラのお姉ちゃんはそれを分かってないかもしれない。
最悪の場合、その役割は私に回ってくる・・・そう思っていたし、覚悟もしていた。

私は自分で言うのもなんだけど、天然のお姉ちゃんのお陰か、随分しっかりしている。
少々世間知らずな感は否めないけど、お姉ちゃんよりは遥かにマシだ。
だから、今まで贅沢三昧させてもらったお礼という訳じゃないけど、
やっぱりちゃんとこの寺脇コンツェルンを守れる人と結婚したいと思っている。

ところが!

お姉ちゃんがいきなりパパに彼氏を会わせたいと言う!
それって、お姉ちゃんも一応、跡取りとかのことを考えていたってことなんだろうか?

でも。

「月島さんってお姉ちゃんの一つ上だっけ?じゃあ今、高3?
彼女の父親と対面するには、早過ぎない?しかも、パパって寺脇コンツェルンのトップだよ?」
「大丈夫」
「お姉ちゃんはそう思ってるかもしれないけど。もしお姉ちゃんと月島さんが結婚したら、
次の寺脇コンツェルンのトップは月島さんになるんだよ?
月島さんは、ちゃんとそのこと分かってくれてるの?
寺脇コンツェルンを継ぐだけの力量がある人なの?」

お姉ちゃんが真っ赤になる。

「そ、そんな、結婚なんて!私、そんなつもりじゃ・・・」
「なら、どういうつもりで、パパに紹介しようと思ったの?」
「どういう、って・・・ノエル君が会ってみたいって言ったから」

は?

「お姉ちゃんの彼氏が?パパに?」
「うん。パパにっていうより、寺脇コンツェルンのトップに、ね。
ノエル君、企業経営とかに物凄く興味があるから、パパの話を直接聞いてみたいんだって」
「企業経営に興味がある?何、その、嫌みったらしい高校生は」
「嫌みったらしいって・・・」

お姉ちゃんが苦笑する。

「てゆーか!その月島さんって、寺脇家の財産狙って、お姉ちゃんに近づいたんじゃない!?
そうよ、きっとそうよ!」

断言する私に、お姉ちゃんはまた真っ赤になった。
でも今度は照れてるじゃなくて、怒ってるみたいだ。

「ノエル君はそんな人じゃないわよ!第一、私が寺脇コンツェルンの娘だなんて言ったの、
付き合い始めて随分たってからだもん!」
「でもお姉ちゃんの苗字が寺脇だってことは付き合う前から知ってるんでしょ?」
「そ、それは・・・」
「お姉ちゃんの学校名は言った?
堀西学園に通う寺脇、なんて、寺脇コンツェルンの関係者に決まってるじゃない」
「・・・」

お姉ちゃんは少し青くなった。
お姉ちゃんや私に近づく男なんて、まず最初にそう疑ってかからないといけないのに、
お姉ちゃんは本当に無防備だ。

怪しいな、月島ノエル。
今回のパパとの対面がお流れになったのは、神様のご配慮かもしれない。

しかし、お姉ちゃんはどうにもこうにも月島さんを好きらしい。

「とにかく、私はノエル君を信じてる。ノエル君が、そんな下心を持ってる訳ないもの」
「ふーん。ま、信じるのはお姉ちゃんの勝手だけどね。
とにかく、来週の日曜はお姉ちゃんがいないんだから、
パパとの対面は延期って月島さんに言っとかなきゃダメだよ?」
「はい・・・」

全く。どっちが姉なんだかわかったもんじゃない。



しかし。
この時私は考えもしていなかった。

月島ノエルが、寺脇家と私の心に、
嵐をもたらそうとは。
 
 
 
  
 
 
 
 
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