第1部 第12話
 
 
 
「ごめんね、マユミ。つき合わせちゃって」
「いいよ。どうせ暇だし」

テスト勉強をしろと言った張本人が、
私をパルコへ引っ張って来た。

私も有紗も、欲しい物があるなら家に来る外商の人に頼めばいい。
もしくは、自分が出向くにしても、馴染みのデパートに行って、
店員に荷物持ちを兼ねて案内してもらうとか。

でも、こうやって女子高生向きの店で普通の女子高生みたいにキャッキャッ言いながら、
買い物するのも悪くない。
てゆーか、たまにはこういうことしないと、自分が女子高生だって忘れちゃいそう。

お店の人にしっかりと堀西の制服を確認され、カモ一歩手前になりながらも、
有紗はあれこれ服を物色している。
いつもなら私も、欲しい物がなくても「何かいいのないかなー」と思いながら、
服を手に取るんだけど・・・

今日は全く買い物したい気分じゃない。
それでも有紗について来たのは、いつも付き合ってもらってるし、
今は1人になりたくなかったから。

1人になったら、昨日のことばかり考えてしまう。

だけど、せっかく買い物について来たにもかかわらず、
結局私の思考回路の行き着く先は一人の時と同じだった。


場所が場所だったし、雰囲気もいつもと全然違ったから、
最初は見間違いかと思ったけど、いくらなんでも好きな人を見間違ったりしない。

居酒屋から出てきたのは、間違いなく月島さんだった。

でも、居酒屋から出てきたからと言って、月島さんがお酒を飲んでいたとは限らない。
ううん。別に飲んでてもいいじゃない。それくらい、普通よ、多分。

気になるのは月島さんが言ってた「臨時収入」だ。
それって、海光ならではの例の「授業の一環であるバイト」の給料のことだろうか。
でも、それだと「臨時」収入とは言わない気がする。

じゃあ、誰かからのお小遣い?
でも、海光って全寮制よね?誰がお小遣いくれるって言うのよ。

じゃあ・・・じゃあ、もしかして・・・

私が渡した5万円?

私は周囲も気にせず首を大きく横に振った。

そんな訳ない。
あれは、月島さんの劇団にカンパしたお金だ。
月島さんが勝手に使う訳ないじゃない!

だけど・・・

昨日の月島さんは、なんだかいつもの月島さんじゃなかった気がする。
それに、学校は?寮は?受験勉強は?
あんなことしてる場合じゃないんじゃないの?

そんな疑問と同時に、別の声が私の中でする。

何考えてるのよ。
月島さんはお姉ちゃんの彼氏なのよ?
彼女の妹を騙すようなことしてどうするのよ。
万が一、月島さんが私に好意を持ってくれているのなら尚更だ。
好きな女の子を騙すなんて、そんなこと月島さんがする訳ない。


だけど、だけど・・・


「よし!スカートゲット!!―――マユミ?どうしたの?」
「・・・ううん」

とてもスカート一枚だけが入っているとは思えない大きな紙袋を持った有紗と、
満面の笑みの店員が私の所へやってきた。

「お客様も、何かお求めですか?」
「私はいいです」

つれなくそう言って、有紗と一緒に店を出る。

「どうしたのよ?最近、元気ないわよ?」
「うん・・・大丈夫」
「もう帰る?」
「どうせまだ買い足りないんでしょ?」
「へへへ、さすがマユミ。よく分かってる!後、携帯みたいんだ」
「付き合うわよ」
「サンキュー」

有紗が私と腕を組んで歩き出した。
もしかして有紗。私を心配してわざと今日、連れ出してくれたのかな?

関係ない有紗にまで気を使わせてしまって、なんだか申し訳ない。

「ねえ、マユミもそろそろ携帯かえたら?」
「私まだ半年しか使ってないもん」
「買い替えてあげたほうが、携帯会社は喜ぶじゃない」
「どうして私が携帯会社を喜ばせてあげなきゃいけないのよ」

と、有紗がニヤーッとした笑顔になる。

「隣のクラスに、的場まとば君って男の子いるでしょ?あの子の家、携帯会社なのよ」
「そうなの?」
「うん。だから携帯を買い替えてあげることは、携帯会社を喜ばす。
ひいては的場家を喜ばす。そして的場君を喜ばす」
「・・・有紗。その的場って子のこと狙ってるの?」
「へへへへー。協力してよ!」

なんて回りくどいアプローチなんだ。

だけどまあ、「的場君」の携帯会社の最新機種を有紗が持っていたら、
多少なりとも会話のきっかけにはなるだろう。

・・・て、だからって私まで買い替える必要ないじゃん。

有紗流経済論をぶたれた私は的場家が経営する携帯会社のショップに拉致られた。


ここでも堀西の制服は大活躍(?)。
店員がここぞとばかりに最高値の最新機種のデモ機を持って近寄ってくる。
有紗は的場君のためか、熱心に店員の話を聞いているけど、
やっぱり買い替える気になれない私は、無関心に携帯のパンフレットをパラパラと見た。
だって、買い替えたら、また一から機能を覚えないといけないじゃない。

「あ、お客様。申し訳ありません。そちらはワンシーズン前の夏用のパンフレットですので・・・
こちらの秋用のパンフレットをご覧下さい」

携帯にもシーズンがあるのね。

恐れ入って私は夏用のパンフレットを閉じ、秋用のパンフレットを受け取ろうとした。
が。

・・・あれ。

私は閉じかけた夏用のパンフレットを再び開いた。






日曜日の午前10時45分。

私は、雑貨店の中から待ち合わせ場所である駅の改札を見続けた。
今日は制服じゃないからお店の人にカモにされる心配はないけど、
代わりにかなり怪しい人だと思われてるに違いない。


来た!


約束の5分前に月島さんはやってきた。
私がまだ来ていないことが分かると、
ポケットに両手を入れて壁にもたれ、無表情なまま人の波を眺めた。

私は携帯を取り出し、月島さんの番号にかける。

月島さんはポケットから携帯を取り出すと、いつもの笑顔になって電話に出た。

「マユミちゃん?」
「月島さん、もう着いてますか?
ごめんなさい。すぐ近くまで来てるんですけど・・・わからなくって」
「ほんと?ちょっと待ってね、今どこ?何が見える?」

月島さんが壁から背を浮かせ、キョロキョロと辺りを見回す。
私は月島さんに気付かれないようにそっと近寄った。

「えっと、電車が見えます」
「もしかして、まだホーム?」
「いえ・・・」

月島さんが私の方に背を向けた瞬間、私はタタタッと月島さんに駆け寄った。

「月島さん!」
「うわっ、ビックリした!」
「すみません。やっと見つけられた!」

私を見た月島さんは笑顔になり、携帯を閉じてポケットにしまおうとした。
その手を私が止める。

「え?何?」

突然手首を握られた月島さんが驚いたような表情をする。
だけど私はそのまま月島さんの手首を携帯ごと持ち上げた。

「この携帯。どうしたんですか?」

薄くて綺麗な白い携帯。
昨日見たパンフレットに載ってたのと同じだ。

「どうしたって・・・買ったんだよ、もちろん」
「ですよね。今年の夏の新作ですよね」
「うん」
「じゃあ、去年の誕生日にお姉ちゃんからもらった携帯はどうしたんですか?」
「え?」

月島さんの誕生日は12月。
この携帯の発売は今年の7月。
その間、約8ヶ月。
彼女からプレゼントされた携帯を買い替えるには早すぎる。

月島さんは動揺・・・しなかった。
その代わりに申し訳ないような笑顔になる。

「ああ、あれね・・・実は洗濯機で水没させちゃったんだ。ナツミに悪いことしたよ」
「・・・そうなんですか」

そういうこともあるだろう。
実際、私も同じことを1回やらかしたことがある。
ちなみにお姉ちゃんは3回。

だけど・・・月島さんはそんなことしない気がする。
彼女からもらった携帯を洗濯機に落とすなんてことは。

人間だからミスすることもあるだろう。
でも、お姉ちゃんの彼氏の月島ノエルさんは、
お姉ちゃんからもらった携帯を大事にしそうな気がする。

いや、「気がする」じゃない。
「違いない」だ。


だから。


「あんた、誰?」


私は目の前の男を睨んだ。
 
 
 
  
 
 
 
 
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