第1部 第13話
――― あんた、誰?
「・・・何言ってるの?マユミちゃん」
「あんたは誰だって聞いてるの。月島ノエルさんじゃないでしょう?」
「・・・」
「月島さん」は携帯を閉じてポケットに入れると、
そのままそこに手を突っ込んで、また壁にもたれた。
その表情に焦りは全くない。
焦りどころか、余裕の表情だ。
でもそれが逆に「さあ、どうやって俺が偽者だって証明する?」と私に挑んでいるような気がした。
「何馬鹿なこと言ってるんだよ」
「・・・あんた、前私に誕生日はクリスマスだって、12月25日だって言ったでしょ?」
私と同じ誕生日。
私は「運命だ」なんてそれこそ馬鹿みたいなことを思ったんだ。
「ああ。言ったね」
「残念でした。月島ノエルさんの誕生日はクリスマスイブよ。12月24日」
「・・・」
男の顔から表情が消え・・・急にニヤッと笑った。
誰だ、こいつ。
さっきまでとは別人じゃん。
「ふーん。思ったほどマヌケなお嬢様じゃねーみたいだな」
「・・・」
私は寒気がした。
人間、こうも一瞬で変われるものなのか。
いや、こいつはこれが素なんだ。
「でも、お陰で助かったよ」
「え?」
「もう用は済んだし、どうやってフェイドアウトしようかって思ってたんだよなー。
手間が省けたぜ」
「・・・用?」
「わかんねー?やっぱマヌケだな」
男がケケケと笑う。
「俺の名前は、伴野聖だ」
「伴野聖・・・」
どこかで聞いたこと、あるような・・・
「まだわかんねーの?」
伴野聖が呆れたように鼻を鳴らした。
「伴野だよ、伴野」
・・・あ!
「伴野建設!?寺脇建設のライバルの!?」
「ご名答。俺は、伴野建設の社長の三男だ」
「そんな・・・伴野建設の三男坊が、私に何の用があるって言うのよ!?」
言いながら、私は青くなった。
まさか。
まさか・・・。
「・・・判子?」
「お。だいぶ頭の回転が速くなったな。まさか実印の印鑑が手に入るとは思わなかったよ。
感謝してるぜ、マユミチャン」
「・・・何に使ったの?」
「分かってんだろ」
・・・分かってる。
この伴野聖は、少女を「紹介」する組織にうちの実印の印鑑を売ったんだ。
その組織がうちの印鑑をどう使ったのか知らないけど、
寺脇建設がその組織に絡んでいるようにみせたんだ。
劇団の後援じゃなくて、仲介組織の後援じゃない。
笑っちゃうわ。
「卑怯者!どうして寺脇家本体じゃなくて、寺脇建設を狙ったのよ!」
あの印鑑は寺脇家の物だ。
寺脇建設の社印でもないし、社長の判子でもない。
それをわざわざ、寺脇建設が被害をこうむるようにするなんて・・・
「おもちゃショーのコンペでうちが勝つようにするためだ」
「コンペ?」
「そうそう、コンペートウ」
伴野聖がまた笑う。
「コンペってのは、コンペティションの略だ。おもちゃショーを主催する企業が、
会場の建設とかをやらせる建設会社を選ぶ時、
いくつかの建設会社が建設案や費用を提示して、競うんだよ。それがコンペ。
今回の最有力候補は寺脇建設だった」
そう言えば、パパがそんなこと言ってたような・・・。
伴野建設さえ抑えられれば勝てる、みたいな。
「だから、寺脇建設にはご辞退頂きたくってな」
「それで、あんな騒ぎを起こしたの?」
「そうだ。思ったより寺脇建設の、ってゆーか、お前の親父の対応が早くてちょっと焦ったけどな。
一時的とは言え寺脇建設の株価は大暴落したし、コンペの方も狙い通り辞退してくれたよ。
お陰で、おもちゃショーはうちがもらった」
私は叫びだしたいのを堪えて、精一杯の虚勢を張る。
「へー。随分と会社思いなのね。そんなことしないとコンペで勝てないような会社なのに」
とたんに、伴野聖の顔から笑みが消えた。
「ふざけんな。伴野建設なんてどうでもいい。親父も俺には何の期待もしてないしな。
ただ、俺も成人したしそろそろ家を出ようと思ってる。これは俺なりの餞別だ」
「餞別!?ふざけないでよ!!!」
我慢の限界だ。
私は人目も気にせず、大声で叫んだ。
「あんたの気紛れのせいで、どれだけ迷惑したと思ってるのよ!?」
「デカイ口叩ける立場かよ。テメーが勝手に俺の言いなりになったんだろうが」
「!!!」
思わず顔が赤くなる。
「俺は最初、寺脇建設の社長んちの一人娘に目をつけた。
てっきり、甘やかされて育ったお嬢様だろうからすぐに騙せると思ってたのに、とんでもない。
随分しっかりした女でさ。さすがに諦めたよ。
そしたら寺脇家の2人姉妹はまさに『甘やかされて育ったお嬢様』だって言うから、
思い切ってそっちに乗り換えたんだ」
「そんなこと、どうやって・・・」
「興信所に頼めば、たいていのことは調べられる。
寺脇ナツミに月島ノエルってゆー、海光の彼氏がいるってこともな。
ただ、月島ノエルやその周辺はガードが固くって、興信所も苦労したみたいだぜ?
結局月島ノエルに関しては生年月日と海光でトップってことくらいしか分からなかった」
「・・・」
「だけど逆に寺脇ナツミの方は、馬鹿みたいに簡単に調べられたよ。
興信所の人間ももちろん直接本人に聞いた訳じゃないだろうけど、
今度彼氏を父親に紹介する、だとか、
修学旅行のせいでそれがお流れになった、だとか、そんなことまですぐに分かった。
だからそれを利用させてもらっただけだ」
「・・・」
伴野聖は腕時計を見た。
今日の予定がなくなって暇ができた、と言わんばかりだ。
「でも、随分荒い計画だろ?お前が一度でも月島ノエルに会ったことがあったり、
写真をみたことがあったら、俺が初めて寺脇家に行った時点で計画はおじゃんだ。
それをクリアーしても、お前が寺脇ナツミに『月島ノエルと会った』って言えば、
すぐに俺が偽者だってバレる。でも、お前は俺を信じて疑わず、何もしなかった。
それどころか、俺に惚れる始末だ」
もう、言葉も出ない。
代わりに、涙が出てきた。
「月島ノエルの誕生日が12月24日だってことは分かってた。
でもお前があんまり簡単に俺を信用するから、ちょっとヒントをやろうと思って、
わざと違う日を言ってやったのに、今頃気付くのかよ。いくら泣いても手遅れだっつーの」
「・・・」
「あ、そうそう、ちなみに12月25日が誕生日ってのは、嘘じゃねーぞ?
本当に俺の誕生日だ。覚えとけ」
伴野聖はそう言うと、
笑いながら悠々と去って行った。
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