第1部 第4話
 
 
 
「あらあ。私も月島君に会いたかったわ」

「主婦の会」という何が趣旨なのか良く分からない会の会合で、
何故か優雅なモルディブ1週間の旅から朝一の飛行機で帰って来たママは、
3日前の突然の月島さん訪問を聞いて、本当に残念そうに言った。

「どんな子だった?」
「かっこよくて素敵な人だったわよ。しかも、あの海光に通ってるんだって!」
「海光?海光って何?」
「・・・」

忘れてた。お母さんも「お姉ちゃんのような人」だったんだ。

「とにかく!いい人だったってこと。ね、パパ?」

私が大きなダイニングテーブルの向かいで朝食を食べているパパに同意を求めると、
パパは軽く頷いた。

「しかしな。なんというか・・・少し完璧過ぎて面白味がないというか・・・
まだ17歳なんだろ?もうちょっと荒削りの方が、将来楽しみというか・・・」

パパは口にトーストを頬張ってわざとモゴモゴしながら言った。
私とママは顔を見合わせて思わず吹き出した。

「パパ!娘の彼氏だからってヤキモチ妬いてるの!?」
「そ、そんなんじゃ、ないぞ!」
「あなたったら。そんな子供っぽいことを」
「だから、違うと言ってるだろ!」

パパは口の中のトーストをコーヒーで流し込んだ。

「俺は今までずっと沢山の人間を見てきた。人を見る目はあるつもりだ。
確かに月島君は素晴らしい人間だとは思うが・・・どこか芝居がかった完璧さがある。
高校生なら思わず失礼なことや間違ったことを言ってしまったりするものだ。
月島君にはそういうところが全くない」
「いいことじゃないの、あなた」
「そうよ。そんな完璧な人、寺脇コンツェルンの跡取りにもってこいじゃない」
「・・・」

沈黙するパパを無視して、私とママはまた顔を見合わせて「ねえ」と言った。
ところが。

「でも、ナツミ、そんな素敵な人とどうやってお付き合いすることになったのかしら?」
「・・・」

今度は私が沈黙する番だ。

私は急いでお皿を空にすると、
「今日は、友達と遊んで帰ってくるから遅くなる」と言って家を出た。



この3日間。私の心は難解を極めた。

寺脇ナツミの妹としての私。
寺脇コンツェルンの娘としての私。
そして寺脇マユミとしての私。

この3つの私が入り乱れ、どれが本当の私なのか分からなくなった。

寺脇ナツミの妹としての私は、お姉ちゃんに素敵な彼氏ができたことに驚き喜んでいる。
寺脇コンツェルンの娘としての私は、こんな立派な人がうちを継いでくれたいいのに、と思っている。
寺脇マユミとしての私は・・・

どうしてお姉ちゃんなんだろう?
どうして私じゃなくてお姉ちゃんなんだろう?
もし、私がお姉ちゃんより先に月島さんに会っていたら、
今月島さんの隣にいるのはお姉ちゃんじゃなくて私だったかもしれないのに。

だけど、そもそも私とお姉ちゃんは何もかもが正反対だ。
お姉ちゃんは、子供っぽくて可愛らしい容姿、そしてその容姿にぴったりのトボケた性格。
一方私は、どちらかと言うと綺麗系で背もお姉ちゃんより大きい。
中身もしっかり者で、サバサバしてて、横恋慕なんて絶対しない・・・そう思ってた。

だからもし私がお姉ちゃんより先に月島さんに会っていたとしても、
月島さんは私のことを好きにはならなかったかもしれない。
でも、見た目はともかく、私がこういう性格になった原因はお姉ちゃんにある。

それなのに、お姉ちゃんは月島さんと・・・

こんなネチネチした私は、私じゃない!
そう思おうとしたけど、気がつけば手が勝手に携帯を開いて、月島さんにメールを送ろうとしている。
なんとか自分を抑え、メールは1日1回だけにしたし、
内容も「受験勉強、頑張ってくださいね」とか「また遊びに来てくださいね」とか、
そんな当たり障りのない物。

それでも私には冷や冷やモノだ。
妹が、姉の彼氏に用もないのにメールするなんて、変かな?うっとうしいかな?嫌われるかな?
と、気が気じゃなかった。

だけど月島さんはいつもすぐに返信してきてくれる。

彼女の妹だから気を使ってるんだろうか。
嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちだ。

そしてついに昨日、下心なんて何もない、と自分に言い訳しながら、
月島さんに「海光ってどんな学校か一度見てみたいです」とメールしてしまった。
だけどどうせ、
「普通の学校だよ」とか「見るほどの物じゃないよ」とかいう風にやんわりと断られるだろう、
そう思ってた。
いっそそうしてくれた方が、諦めがつく。

すると案の定、月島さんから返ってきたメールには、
「見せてあげたいんだけど、関係者しか入れない決まりなんだ」と書かれていた。

・・・だよね。いくら彼女の妹だからって、そこまで付き合う義理はないよね。

ところが、メールには続きがあった。

「代わりにどこか行きたいところがあったら、連れて行ってあげるよ」

私は間髪入れずに「ありがとうございます!」と打ってから、
慌ててそれを消して、「でも、受験勉強の邪魔じゃないですか?」と打って送った。

「たまには僕も息抜きしないともたないから」

・・・本当に?
本当にいいの?
これって、デート?
それとも単なる「彼女の妹のお世話」?

だけど、なんだっていい。
月島さんとまた会えるんだ!

私の頭の中は、近年まれに見るスピードで回転した。

どこか行きたいところがあったら、ってことは、行きたいところがないと一緒には出掛けられない。
私がどこへ行くか決めなきゃいけないんだ。
どうしよう。
遊園地?カラオケ?そんないかにもデートなところは避けた方がいいかな?
「彼女の妹」が「お姉ちゃんの彼氏」に、連れて行って!とねだってもおかしくない所。
それでいて、月島さんが好きそうなところ。
そして、できれば私もそこそこ楽しめて、会話が弾むところ。

そんなところ、ある?

私は時間稼ぎのために「そうですねー。月島さんはどこか行きたいところありますか?」と、
わざと軽いメールを返した。

「もしよかったら、見たい映画があるから付き合ってくれると嬉しいんだけど」


こうして今日の放課後、私は月島さんと一緒に映画を見に行くことになった。
 
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system