第1部 第5話
 
 
 
私を見た月島さんの第一声は、「ごめんね」だった。
でも私の第一声も「ごめんなさい」だった。


堀西学園と海光学園の真ん中くらいにある映画館。
平日とは言え結構混んでいる。
でも午後4時半という中途半端な時間のせいか、家族連れや社会人はおらず、
ほとんどが大学生か高校生、それもカップルだ。

私と月島さんもそういうふうに見えるのかな?




学校が終わった後、一度家に帰って着替える時間はないので、
私は学校に私服を持参した。
で、放課後、学校の更衣室で着替えてタクシーで映画館へ行く、予定だった。

ところが更衣室で事件(?)は起きた。
私が持ってきた服は、ちょっとギャル系だけどそう派手でないワンピースにトレンカ、
それと、ヒールの高い明るい黄色のパンプス。

でも、よく考えたら月島さんが好きなのはお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんはこんな格好しない。
もっとフワフワした女の子らしいワンピースが多い。

だけど、もっとよく考えてみたら、最近お姉ちゃんはジーパンをはくことが増えた。
上は相変わらずフェミニンなシャツとかだけど、下はジーパン。
多分、月島さんがそういう格好が好きなんだろう。

・・・じゃあ、私はどんな服を着るべきなの?
私には似合わないと思うけど、お姉ちゃんみたいなワンピース?
月島さんが好きらしい、ジーパン?
それとも自分の好みで持ってきたこの服?

だけど悩んだところで、もう服を取りに帰る時間はない。
今持っている、この私好みの服しか選択の余地はない。
でも、これが月島さんの好みじゃなかったら?
嫌いな感じの服だったら?

私は悩みに悩んだ挙句、一番無難で、当たり外れのない方法を取ることにした。





「ほんと、ごめんね。僕も制服で来たらよかった」
「いえ・・・私が制服なんかで来たのが悪いんです」
「いや、学校帰りだもんね。制服で当然だよ。海光は全寮制だから、学校の近くに寮があって、
思わずいつもの癖で寮に帰って着替えてきちゃったんだ。ごめんね」

私は激しく後悔していた。
月島さんが私服で来ることは想定範囲内だったけど、
月島さんが着ている服は、私が着替えずに学校に置いてきたあの服と同じ系統だ。
もし私があの服を着てきていたら、とてもお似合いだっただろうに・・・

しまったな。
きっと月島さんは、本当は私がいつも着ているような服が好きなんだ。
でも、お姉ちゃんはどう考えてもああいう格好はしない。
だから妥協案でジーパン、となったんだろう。

でも、後悔しても後の祭りだ。

私は、チケットブースでチケットを買っている月島さんをため息混じりで見た。

私服姿もかっこいいな。
それにぐっと大人っぽくなる。どこからどう見ても大学生だ。
子供っぽくて中学生みたいなお姉ちゃんとは釣り合わない。
私の方がよっぽど・・・

また自己嫌悪に陥りそうになった時、
月島さんが戻ってきて笑顔で「じゃあ、入ろっか」と言ったので、私の心は一気に晴れた。






「ごめんね」
「ごめんなさい」

映画館を出た私達は、さっき会った時と同じ言葉を繰り返し、
思わずお互い笑ってしまった。

「つまらなかったでしょ?」
「そんなことはないですけど・・・ちょっと疲れました」

ちょっとどころの騒ぎではない。
私達が見たのは、映画は映画だけど、どちらかと言うと演劇に近いものだった。
お陰でストーリー自体はそんなに難しくなかったけど、
まずその世界観に慣れるのに苦労したし、
役者の表情や仕草からその心情を想像しないといけないので、とにかく疲れる映画だった。
よほどそういう物が好きな人でないと、見ようとは思わないだろう。

・・・お姉ちゃん、いつも月島さんとこういうの見てるのかな?
絶対理解できてないと思うんだけど。大丈夫かな・・・

「あ、でも!歌うシーンは面白かったです」
「ミュージカルみたいだったでしょ?」
「はい!月島さん、ああいうの好きなんですか?」

すると急に月島さんの目が輝いた。

「そうなんだよね。演劇とかミュージカルとか・・・好きなんだ」
「へえ」

ちょっと意外だな。

でも、そんなギャップがまたいいな、なんて・・・。


月島さんは申し訳なさそうに頭をかいた。

「でも、やっぱりマユミちゃんはつまらなかったよね。ごめんね。
今度こそ、マユミちゃんが好きなところに連れて行くよ」
「え?今度?」
「うん。日曜日どう?」
「い、いいんですか?勉強とか・・・」

お姉ちゃんとか。

「あはは。大丈夫だよ。どこか行きたいところ、ある?」
「・・・」

昨日みたいに頭をフル回転させたかったけど、
舞い上がりすぎてうまく考えがまとまらない。
しかも、舞い上がりついでに私は正直な気持ちを言ってしまった。

「ど、どこでもいいです。月島さんと一緒なら・・・」

すると月島さんは、少し目を大きくして、でも相変わらずの優しい笑顔で、
「じゃあ、僕が考えておくよ」と、言ってくれた。


・・・嬉しい。
嬉しいけど、月島さんはどういうつもりなんだろう?
「彼女の妹は、自分の妹」くらいに思ってるだけなのかな?
それとも・・・


私はこれ以上、深入りしていいんだろうか。
結局後で傷つくのは私なのかもしれない。
思いとどまるなら、今かもしれない。

私は、今夜お姉ちゃんに電話しよう、と思った。
月島さんとのことを話すつもりはないけど、お姉ちゃんの声を聞けば、
自分勝手さを思い知って月島さんのことを諦められるかもしれない。

・・・もう手遅れな気が、しないでもないけど・・・
 
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system