第1部 第6話
 
 
 
電話の向こうから聞こえてくる久々の声は、相変わらず明るく元気で、
だけど今の私には少し胸苦しい物だった。

「マユミ?どうしたの?」
「ううん・・・どうしてるのかな、と思って。今どこ?」
「教会を見学してるところ」

そういう意味じゃなくて。

「どの国?」
「ああ。えーっと、どこだっけ?・・・
萌加もかー!?ここ、なんて国だっけ」

遠くで、「何言ってるのよ。フィンランドよ」という萌加さんの呆れ声が聞こえた。

萌加さんはお姉ちゃんの幼馴染で物凄く綺麗な人だ。
もし月島さんの彼女がお姉ちゃんじゃなくて、萌加さんみたいな人だったら、
私もすんなり諦めがつくのに・・・

「フィンランドだって」
「聞こえた。今何時?」
「えっとね、午後3時。日本は?」
「午後10時」

普通、わざわざ海外にまでこんな意味のない電話しないのに、
お姉ちゃんは何も不思議に思わないみたいだ。

私は、聞きたいような聞きたくないような思いで、
お姉ちゃんに訊ねた。

「お姉ちゃん・・・月島さんと連絡取ってる?」
「え?ううん、こっちに着てからは忙しくて。
時差もよくわかんないから、もしノエル君が寝てる時にメールとかしちゃったら悪いでしょ?」
「そうだね・・・」

月島さんの話題を出しても、月島さんに修学旅行のことを伝えていないってことに、
まだ気付かないお姉ちゃん。
ほんと、トボケてるんだから。
そんなんじゃ、月島さんに愛想尽かされるよ。

そんな思いを込めた私の沈黙にも気付くことなく、
お姉ちゃんは嬉しそうに月島さんのことを話す。
電話口から花でも飛んできそうだ。

「ノエル君ってね、毎日連続8時間は寝ないと身体がもたないんだって!子供みたいよね」

お姉ちゃんもね。

「マユミ、お土産何がいい?ノエル君には何にしようかなあ?」
「・・・ねえ。パパとの対面のことだけど」
「ああ!私が帰ったら、やり直さなきゃね。今度、ノエル君にもう一度話しておくから」

まだ気付かないか。

私はため息をついて、ベッドにうつ伏せに転がった。

「海光に通ってる月島さんなんかと、どうやって知り合ったの?」
「あれ?私、ノエル君が海光の生徒だって言ったっけ?」

うっ。
変なところで鋭いんだから!

「い、言ったわよ!覚えてないの!?」
「そうだっけ?でも、マユミが知ってるってことは、言ったのよね、私」
「そうよ!」

お姉ちゃんは日本から遠く離れた地の教会でおのろけモード全開になった。

「ノエル君とはねー。本屋さんでアルバイトしてたノエル君に私が一目惚れしたの!」
「・・・へえ」
「で、毎日毎日本屋さんに通ってね」
「ストーカーみたいね」
「うん。最初はストーカー扱いされてた」

やっぱりね。
でも、あの優しい月島さんなら、そんなことしなさそうだけどなあ。

「でもね!・・・あ、海光って、バイトも授業の一環なの。それでノエル君も、
本屋さんとかレストランとかでバイトしてたんだけど、ある日保育園でバイトすることになって。
保育園みたいな未知の世界でのバイトなんて1人じゃ心細いからか、
私を誘ってくれたの。それがきっかけかな」
「保育園のバイトって、今もお姉ちゃんがやってるやつ?」
「うん!」

寺脇家の七不思議の一つ、それがお姉ちゃんのバイトだ。
去年の秋頃、お姉ちゃんは突然「保育園でバイトするの!」と言って、アルバイトを始めた。
もちろんお金に不自由してた訳じゃない。
親のブラックカードで欲しい物はいつでも何でも買える、
移動も全て運転手つきの自家用車かタクシー、
そんな暮らしをずっとしてきた(私は今でもしてるけど)お姉ちゃんがアルバイト。

しかも、それでお金の大切さに目覚めたらしく、
普段はオトボケキャラのくせして、お金にだけはやたら厳しくなった。
服の趣味は違うけどアクセは共用しようね、とか、
最近はガソリン代も高いからできるだけ自家用車じゃなくて電車を使おうね、とか言い出す始末。

付き合ってられない。

だけど・・・そうか。
月島さんに誘われて始めたバイトだったんだ。
ふーん・・・そうなんだ。

「でねでね!ノエル君、クリスマスイブが誕生日だから、
去年のイブに私がノエル君にバイト代で携帯をプレゼントして、それで付き合い始めたの!」
「はいはい」
「ノエル君ね、それまで携帯持ったことなかったんだって。
だから最初のうちはメール一つ打つのにも凄く時間がかかってイライラしてた」
「へー」
「それからね、それからね!」


それからも延々とおねえちゃんのオノロケは続き、
私は電話したことを後悔しながら右から左に聞き流した。
 
 
 
  
 
 
 
 
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