第1部 第7話
 
 
 
山下公園、赤レンガ倉庫、中華街・・・これ以上ないというほど定番のデートコース。
デート自体に免疫のない私でも、「こうくるか」と思ってしまう程。

でも、隣にいるのが好きな人だと、ここがどこかなんてどうでもいい。
一緒にいれるだけで充分だ。

よく「何、このデートの内容は!?」みたいなことで彼氏にキレる彼女がいるって聞くけど、
そんなの贅沢すぎる。
好きな人と一緒にいることすらできない人だっているのに。

それに・・・そう。このコースは定番だ。定番のデートコースだ。
つまり、月島さんはコレをデートだと思ってくれてるってこと。
だから、私にとっては、定番であればあるほど嬉しい。
月島さんが敢えてこのコースを選んだのも、私の気持ちを知ってのことだろう。

恥ずかしい。
罪悪感もある。
でも、そんなものは、この大きな喜びの前では何の意味もなさない。


「すごい。氷川丸って写真以外で初めて見たかも」
「私もです。横浜自体、あんまり来た事ないですから」

私がそう言うと、月島さんは「そっか。よかった」と言って微笑んだ。
もう、直視できないほど眩しい。


それから私達はしばらく山下公園の中を散歩した。
月島さんに彼女がいなかったら、
いたとしても、それがお姉ちゃんじゃなかったら、
私は思い切って手を繋いだだろう。

でも、そんなことしなくても幸せだからいい。

だけど人間というのは不思議なもので。
話しちゃいけないこと、話したくないことほど、話題に出してしまう。

「・・・この前、お姉ちゃんと電話したんです」
「そうなんだ」
「お姉ちゃんたら、月島さんに全然連絡してないんですね」
「修学旅行中だからね。楽しんでる証拠だよ。僕も勉強があるから、連絡する暇もないし」

マユミちゃんとデートする暇はあるけどね、という言葉が暗に含まれている、
というのは、私の自惚れだろうか。

私は、
一緒に映画を見に行ったことや今日のことを、
お姉ちゃんに話したのかどうか月島さんに聞かれる前に、
慌てて言った。

「お姉ちゃん、自分が修学旅行だって月島さんに話してないことも忘れてるんですよ!
前の日曜に、月島さんがうちに来ちゃったなんて、夢にも思ってないみたいです」
「あはは」
「なんか悔しいから、月島さんがうちに来たことは言ってません」

だから、私が月島さんと出会ったことも、今こうして一緒にいることも話していません。

私が目でそう言ったその時。
前から制服姿の修学旅行生らしい団体が歩いてきた。
ちなみにもちろん今日は私も月島さんも制服ではない。

道幅いっぱいに広がって向かってくる修学旅行生に私が戸惑っていると、
急に手が引かれた。

「こっちの道に行こう」
「・・・はい」

月島さんは私の手を握って小道に入った。
そして、すぐに離し・・・は、しなかった。
私と手を繋いだまま、何事もなかったかのように歩き続ける。

ど、どうしよう。
手を繋いでるのを忘れてるとか?
そんな馬鹿な。

じゃあ何?
私と手を繋いでいたいって思ってくれてるの?
それとも・・・お姉ちゃんと手を繋いでる気になってる?

それなら、こんな馬鹿にされてることってない。
すぐにでも振りほどきたい。

だけど結局そうできないまま、私達は歩き続けた。





「はあ、よく歩いたね」
「はい。ダイエットになりました」
「そんなの食べてたら、意味ないんじゃない?」

月島さんが明るく笑いながら、私の手元のケーキを指差した。

「だって・・・おいしそうだったから」

公園の近くの小さなカフェ。
ちょうど3時になったので、お茶でもしようということで入ったんだけど、
どうにもこうにもこのケーキが食べたくなって注文してしまった。
それとミルクティ。
美味しい。

「うんうん、もちろん食べていいんだよ。マユミちゃんは細いから、もう少し太ったほうがいい」
「え?私、別に細くないですよ。もうちょっと痩せたいくらい」
「うーん、世間的には普通かもしれないけど。僕的には細すぎるかな。
もうちょっとふっくらしてる方が、僕は好き」
「・・・」

お姉ちゃんは細い。
細いというか、完全なお子様体型だ。

お姉ちゃんは、服装といい体型といい、月島さんのタイプじゃないらしい。

それなら頑張れば、月島さんは私を見てくれるだろうか?


月島さんはコーヒーを一口飲んで、少し悩んだ後、
申し訳なさそうに口を開いた。

「マユミちゃん・・・お願いがあるんだけど」
「何ですか?何でも言って下さい」
「うん、実は・・・お金を貸して欲しいんだ」

え?お金?

胸がざわめく。
私やお姉ちゃんにお金目当てで近寄ってくる男は過去にもいた。
だから私もお姉ちゃんも、お金の話になるとちょっと警戒心が強くなる。

でも、月島さんよ?
お姉ちゃんの彼氏よ?

こんな時だけ、お姉ちゃんのせいにするかのように
「月島さんはお姉ちゃんの彼氏なんだから!」と考えてしまうズルイ私。


「・・・いくら、ですか?」
「百万円」

百万円。

私は頭の中で、自分の預金通帳を開いた。
貯金下ろして、ママに適当に嘘をついてお金もらって・・・うん、出せない額じゃない。

でも・・・

私はケーキを食べる手を止め、じっとお皿を見つめた。
 
 
 
  
 
 
 
 
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