第2部 第1話
 
 
 
「これが教会でしょ、これが博物館でしょ、これが山でしょ、で、これが・・・」

それは見ればわかる。
私は床一面に広げられた写真を見て苦笑した。

「お姉ちゃん。どこの国のなんて名前の教会か説明してくれなきゃ分かんないじゃん」
「えー・・・忘れた」

お姉ちゃんに頼んだ私が悪かった。



1時間ほど前、1ヶ月の修学旅行を終えたお姉ちゃんが帰ってきた。
で、旅の疲れも時差もなんのその。
さっそくリビングに写真を広げてあれこれ説明しだしてくれた。
説明になっているのかどうかは疑問が残るけど。

ちなみにリビングにいるのは、お姉ちゃんの他にはママと、
学校から帰ってきたばかりの私だけ。
パパは仕事だ。

「あ!そうだ、お土産!」

そう叫ぶと、お姉ちゃんはスーツケースから四角い箱と小さな紙袋を取り出した。

「はい、ママとパパにはお菓子ね」
「あら、ありがとう」
「マユミにはこれ」
「なんだろ。ありがと」

私は手渡された小さな紙袋を開いて中身を手の上に出した。
小さな石がついたシンプルで上品なネックレスだ。

「・・・ありがとう。大切にするね」
「何よ、何回も。あ、もちろん私と共用だからね」
「わかってるって」

お姉ちゃんは笑いながら、またママと写真を見だした。

石は本物みたいだけど小さいし、チェーンの部分もプラチナではなく普通のシルバーだ。
多分日本円にして2万円くらい。
はっきり言って、私から見ればかなりの安物だ。

でも、お姉ちゃんはバイトを始めて以来、パパからお小遣いを貰っていない。
欲しい物は全部バイト代で買っている。
今回の修学旅行へ持っていったお金も、バイトで稼いお金だ。

つまり、このネックレスは、お姉ちゃんが自分で働いて稼いだお金で買ってくれた物。

今までも、お姉ちゃんからは色んな物を貰ってきた。
どれもこのネックレスとは比べ物にならないくらい、高い物ばかりだ。
だけど、それはパパのお金で買った物。
お姉ちゃんからのプレゼントと言いつつ、パパからのプレゼントみたいなものだった。
そしてそれは私も同じだ。

でも去年の私の誕生日、お姉ちゃんは「バイト代、使っちゃったからプレゼントは手作りするね」
と言って、ケーキを作ってくれた。
お世辞にも美味しいとは言いかねるケーキだったけど、
手作りのプレゼントを貰ったのなんて生まれて初めてで、
なんだか凄く嬉しくって照れくさかった。

このネックレスにしてもそうだ。
これは正真正銘、お姉ちゃんからのプレゼント。

・・・私はパパのお金を何も考えずに使うばっかりなのに、
お姉ちゃんはちゃんと自分で稼いで、ちゃんと自分で考えて使ってる。

今思えば、去年の私の誕生日にお姉ちゃんが言っていた、
「バイト代、使っちゃった」というのは、
本物の月島ノエルさんに携帯をプレゼントするためだったんだ。

彼女が自分で稼いだお金でプレゼントを買ってくれるなんて、
嬉しかっただろうな、月島ノエルさん・・・


「月島さん」が伴野聖だと知ってからちょうど1週間が経った。
最初は、罪悪感と恥ずかしさで死んでしまいそうだったけど、
ようやく最悪の状態は脱出した。
何事もなかったかのように接してくれているパパのお陰だ。
警察が寺脇建設の無実を認めてくれた、ということもある。
もっとも、だからと言ってやっぱり寺脇建設の社長が復帰できるわけじゃないんだけど。

それにしても、あの伴野聖。
私はあそこまで最低な人間を見たことがない。
今までもお金や権力に汚い人間は嫌って程見てきたけど、
伴野聖は、そんなもんじゃない。

なんて言うか・・・人の心を持っていない気がする。

あんな風に育てられて、そしてこれからもあのまま生きていくのかと思うと、
かわいそうにさえ思えてくる。

でも、あんな奴に同情している場合じゃない。
あんな最悪男にあっさり騙された私も立派に最悪女だ。

いつもお姉ちゃんを馬鹿にしている私だけど、
私の方こそ「何にもできないお嬢様」だ。


「そうだ!ノエル君のことなんだけど、」

写真から顔を上げて突然そう言ったお姉ちゃんに、私1人が勝手にドキッとする。

「明日、来てもらうことにしたの」
「明日?」
「うん。明日は日曜でしょ?朝、海光までノエル君を迎えに行って来るね」
「そ、そっか。楽しみにしてるね」

まさか、パパが既に偽月島ノエルと対面済みだとは、口が裂けても言えない。
パパと内緒にしておく約束だもの。

代わりに、心の中でお姉ちゃんに「お姉ちゃんの彼氏を取ろうとして、ごめん」と手を合わせる。

偽月島ノエルへの失恋は、色んな意味でとても手痛いものだった。
でも、あんな形で終わってしまったとは言え、正直少しホッとしている。

もしアレが偽者ではなく本物の月島ノエルさんだったら私は今頃どうしていただろう、
そう考えるだけで、胸が苦しくなる。

やっぱり私には横恋慕なんて似合わない。
もちろんこれから先、誰かの彼氏を好きになることがないとは言い切れないけど、
そんなことになるには、私は子供過ぎる。
年齢的な問題ではなく、精神的な問題で。

私には、人として、女として、寺脇家の娘として、
勉強しなきゃいけないことがまだまだ沢山ある。
身も心も焦がすような本当の恋愛は、それからの方がいいのかもしれない。



お姉ちゃんの言葉に、いつぞやのようにママが首を傾げた。

「あら?でも、明日って」

また!?

「もしかしてお姉ちゃん、もう一度修学旅行に行くとか?」
「違うわよ。明日の朝は、パパにお仕事のお客様が来るのよ」
「ええ!?聞いてない!」
「だって、ナツミ、修学旅行に行ってたじゃない」

ごもっともだ。

「でも、日曜に仕事のお客様なんて、いつもは来ないじゃない!」
「海外からのお客様だから、曜日とか時間とか調整しにくいのよ。
お客様自体は日本人なんだけどね、飛行機の関係で、明日の朝の9時しかダメなの」
「えー・・・」
「でも1時間くらいで終わるわよ」
「なんだ」

お姉ちゃんが胸をなでおろす。

「じゃあ、大丈夫だ。ノエル君を迎えに行くのが10時くらいだから・・・
ノエル君がうちに来るのは11時前」
「それなら、パパももう暇だと思うわ」
「ねえねえ。お姉ちゃん」

私は身を乗り出した。

「ノエルさんには何のお土産買ってきたの?」
「えっ」

お姉ちゃんが何故か赤くなる。
もしやエッチな感じの物を買ってきたとか?

「な、何も買ってない・・・」
「嘘だー」
「本当よ!・・・行く前にね、お土産何がいい?って聞いたら、いらないって言われたから」
「そう言われても買ってくるでしょ、普通」
「だって・・・」

ますます赤くなるお姉ちゃん。

「・・・お土産を買うならその分貯金して、いつか一緒に北欧に行ってみたいって言うから・・・」

ほー。
それは、それは。

「んじゃ、師匠には?」
「師匠にはちゃんと買ってきたけど、もう渡したの。
師匠のことだから学校にいるかなと思って、
成田からの帰りに学校へ寄ったら、やっぱり図書室で勉強してた」
「・・・何をあげたの?」
「温泉の元」

やっぱり!!!
これだからお姉ちゃんは!!!

「喜んでくれた?」
「うん!」
「・・・」

恐らく師匠は顔の一つも引きつらせただろうけど、
そんなものに気付くお姉ちゃんではない。

でも、師匠。喜んだ振りをしてあげるなんて、案外大人だな。

今度、私が謝っておこう・・・

 
 
 
  
 
 
 
 
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