第2部 第12話
 
 
 
「・・・」

私は柵木さんの隣の小さな男の子を凝視した。
すると男の子は、恥ずかしそうに柵木さんの後ろに隠れて、
顔だけひょこっと出して私を見た。

「小さな男の子」と言っても、もちろん生まれたての赤ちゃんではない。
ついでに言うと、1,2歳にも見えない。

どう見ても、5歳くらいだ。

「息子のかなでです」
「む、む、息子、さん?」

弟じゃなくて?

「はい。ほら、奏。挨拶しなさい。パパがお仕事でお世話になってる人だ」

奏君は少しもじもじしながら、でもはっきりとした声で「こんにちは」と言った。
私も「こんにちは、寺脇マユミです」と返す。
が、思わず顔が引きつる。

「・・・あの・・・奏君って何歳なんですか?」
「ああ、そうか。ビックリしますよね。奏は僕が16歳の時の子なんです。
もうすぐ5歳になります」
「16歳!?」

16歳って、今の私と一緒じゃない!!

「ちなみに奥様は・・・?」
「僕の二つ年上なんで、18歳で奏を生みました」
「・・・」

柵木さんの二つ上。
18歳で奏君を生んでいる。
今、体調不良。

もしや。

「違ってたらすみませんけど・・・奥様ってもしかして今・・・」

柵木さんが照れくさそうに微笑んだ。

「はい。随分間が空きましたけど」
「うわあ、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。
妻も海光の出身なんで、今日来たがってたんですけどツワリが酷くて。
奏の時は全然なかったらしいんですけどね」
「・・・海光の人って早婚なんですね」

柵木さんはゲラゲラと笑った。

「僕と妻と月島くらいですよ。でも、海光の生徒はやっぱり真面目だから、
この人!と決めたら変に遊んだりはせずすぐに結婚する奴が多いですね」
「そうなんですか・・・。じゃあ柵木さん、モテそうなのに、
全然遊ばず奥様一筋だったんですね。凄いなあ」

だけど柵木さんは「うーん。ええ、まあ」と微妙な返事。
おいおい。海光の生徒は真面目なんじゃないのか?

人は見かけによらないなあ。

私が「ふーん」という目で柵木さんを見ていると、
柵木さんはわざとらしく咳払いをした。

「それにしても!月島が結婚ですか。意外ですねえ」
「若くに結婚して、アメリカのジュークスに就職して・・・柵木さんと同じですね」
「そうですね。なんか少し癪に障りますけど」
「あはは」

その時突然、奏君が叫んだ。

「あ!月島がいる!パパ、月島のところに行っていい?」
「ん?ああ、邪魔して来い。ついでに結婚も邪魔していいぞ」
「うん!」

どうやら奏君はパパ似のようだ。

奏君は獲物(遊び相手)を見つけたとばかりに、ノエルさん目掛けて元気に走り出した。
柵木さんは、そんな奏君と、その目指す先のノエルさんを見て呟いた。

「でも、月島もアメリカに来れることになってよかったです」
「え?」
「さっき海光の先生に聞いたんですけど、月島は中学の時からずっと、
高3になったらアメリカに留学して、そのままアメリカの大学に進みたいって言ってたそうなんです。
それなのに、高2の冬くらいに突然、やっぱりこのまま日本にいると言い出したらしくて。
あいつは意思の強い奴だから、そう簡単に自分の考えを曲げないんですけどね」

高2の冬・・・

柵木さんの視線がお姉ちゃんに向けられる。

「もしかして、ノエルさん・・・」
「月島は、いくら彼女に『行かないで』って言われても、
自分が行きたければアメリカでもどこでも行くような奴です。
月島が留学を辞めたのは、月島自身がアメリカに行きたくなくなったからでしょう」
「・・・」

ノエルさん自身がアメリカに行きたくなくなった。
それは、お姉ちゃんと一緒にいたいからだろう。
でも、それってつまり、本当はアメリカに行きたいけど、
お姉ちゃんのために留学を辞めたようなものだ。

「・・・お姉ちゃんは、何も知らないみたいです」
「でしょうね。月島も、お姉様を悩ませたくなかったんだと思います」

いつの間にか、奏君がノエルさんのところへ辿り着き、ノエルさんの足にしがみついた。
ノエルさんはビックリしてたけどすぐに笑顔になって、
奏君の頭をグーでコンコンと軽く叩いている。

その笑顔は、どこにでもいる普通の高校生だ。


ノエルさんの制服姿を見るのは今日が2回目だ。
1回目は初めてうちに来た時。
でもあの時は制服姿をマジマジと見る余裕はなかった。

でも、いつもは小生意気で食えないノエルさんだけど、
こうやって改めて制服姿を見ると・・・
特に、同じ制服の生徒が沢山いる学校内で見ると、
ノエルさんもごく普通の高校生なんだと思い知らされる。
いくら頭が良くても、今日18歳になったばかりの普通の高校生なんだと。

お姉ちゃんと付き合うようになって、きっとノエルさんなりに悩んで留学を辞めたんだろう。
それなのに、パパに気に入られていきなり結婚だ、跡取りだ、アメリカだと周囲が急変し、
そんな素振りは見せなかったけど戸惑ったに違いない。

結婚式やタキシードが恥ずかしいなんていうのも、いかにも高校生の男の子らしいじゃない。

ノエルさんはしっかりしすぎてるから、
私も周りもつい大人扱いしてしまうけど、
ノエルさんだってまだ高校生なんだ。

私やお姉ちゃんと変わらないんだ。


お姉ちゃんと、首に奏君をぶら下げたノエルさんが、私達の方へ歩いてきた。
柵木さんがノエルさんに向かって軽く手を上げると、
「なんとかしてください!」とでも言うように、
ノエルさんが無言で奏君を指差す。
お姉ちゃんはそんなノエルさんを見て笑ってる。

お姉ちゃん。
お姉ちゃんはやっぱり高校を辞めてノエルさんと一緒にアメリカへ行った方がいいよ。
ノエルさんも1人じゃ不安だろうけど、
お姉ちゃんが一緒なら、頑張れると思う。



だけど、事態は私の予想を遥かに超えた方へと動き始めていたのだった。
 
 
 
  
 
 
 
 
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