第2部 第13話
 
 
 
午後2時の待ち合わせ。

クリスマスのデートの待ち合わせにしちゃあ、時間が中途半端だ。
でも、別に本物のデートじゃないから、
イルミネーションの綺麗な街をブラブラする訳じゃない。

「目的」を果たすためにはこの時間で充分だ。



「お、2号。私服だとなかなか可愛いな。弐号機に格上げしてやってもいいぞ」

約束の時間ちょうどに、
待ち合わせ場所である駅前の広場に師匠がやって来た。

「師匠も。結構かっこいいじゃないですか」
「そうか?犬の散歩にしちゃ、ちょっと動きにくいかなと思ったんだけど」

そう言って、師匠が微笑む。

お金がない!と自分で豪語するだけあって、
高級な服じゃないしブランド品なんて一つも持ってない。
でも、コーディネートで上手くカバーして、
きちんと「デートする格好」になっている。

ちなみに私も、本物のデートではないと言いつつ、
クリスマスに男の人と出掛けるのだから、なんとなくオメカシしてしまった。

「で、どこに行くんだよ?」
「すぐそこです。3時から始まるから、時間はたっぷりありますよ」
「始まる?」
「さ、行きましょ」

私がわざとらしく師匠の腕を取ると、
師匠も「ふふん」という感じで、そのまま歩き始めた。

「寺脇家のお嬢様が、クリスマスとは言え自分の誕生日にフラフラと男と出歩いていいのかよ?
家でパーティとかしないのか?」
「8時から家族でレストランに行くの。だからそれまでには帰ります」
「えー?朝まで付き合ってくれないのかよ」
「あのね」

私が師匠の腕を服の上からきつくつまむと、
師匠は大袈裟に「いてててて」と声を上げた。

本当はレストランは7時の予約だった。
でも、パパに頼んで時間をずらしてもらったのだ。

「これ」のために。

私は鞄からくしゃくしゃになった白い封筒を取り出した。
昨日の朝、私に届いたあの封筒だ。
お手伝いさんに「いらない」と言って捨ててもらったけど、
師匠とデートすることになり、「ゴミ箱から救出して!」と慌てて家に電話した。

もし、もうゴミ捨て場に出してしまった後なら、諦めようと思っていたし、
それならそれでよかった。
でも、この封筒はまだ家のゴミ箱に入っていた。
だから今こうして私の手元に戻ってきたのだ。

「なんだ、それ?」
「うん・・・招待券」
「招待券?」

師匠は、私と腕を組んでいない方の手で封筒を受け取り、中を覗いた。

「劇?2号、こんなの見るのか」
「ううん。初めて」
「ふーん?劇団こまわり?ひまわりじゃなくて?なんか、面白そうだな」
「・・・」

昨日私宛に送られてきたのは、
「こまわり」という劇団の「アニマルず」という舞台の招待券とパンフレットだった。
そして、なんとそのパンフレットの一番最後のページにある「後援」の欄に、
私の名前が載っていたのだ。

封筒に送り主の名前は書いてなかったけど・・・

「後援ってことは、金を出したってことか?」
「うん」
「へー。この劇団に誰か知ってる奴でもいるのか?」
「・・・」

ちょうど赤信号に引っかかり、
私は足を止めてパンフレットを開いた。
そこには、この劇に出るキャストの紹介が載っている。
私はその中の1人の顔写真を指差した。
見ているだけで
虫唾むしずが走る写真だ。

「・・・この人」
「『さとる』?元彼かなんか?」
「・・・」

元彼、か。
微妙な表現だな。


驚いたことに、
伴野聖ばんのさとるが言っていた劇団の後援の話は本当だったのだ。
そして、伴野聖自身、本当にこの劇団に所属していた。
「さとる」という芸名で。
多分、自分が伴野家の人間だと知られたくないからだろう。

それにしても、私が渡したお金を律儀に劇団に入れ(5万円全部入れた訳じゃないだろうけど)、
更に律儀なことに、約束通り私に舞台のパンフレットと招待券を送ってくるなんて、
伴野聖もたいがいアホだ。

寺脇家の印鑑を手に入れるという目的はもう果たしたんだから、
私のことなんて放っておいたらいいのに。

まあ、こうやってノコノコと舞台を見に来ている私も、伴野聖に負けず劣らずアホだけど。

でも、やっぱり1人で来ようとは思えなかった。
もしかしたら伴野聖はまた何かを企んでいるかもしれない。
私も、もう騙されない自信はあるけど相手は役者だ、
絶対に騙されないとも言い切れない。
だけど、しっかり者の師匠と一緒なら大丈夫かな、と思い、
こうして一緒にやってきたのだ。

てゆーか!
一応約束通り招待券を送ってはきたけど、招待券は日時も席も指定されている。
12月25日 15時開演のC−3とC−4という席のチケットが2枚。
普通、前日に送ってくるか!?
これって絶対、「約束したから送るけど、来なくていい」って意味でしょ!?

そう思うと、なんか意地でも行きたくなってきた。
「げ。来やがった」って伴野聖に思わせてやりたい。

よくぞゴミ箱で踏み留まっていたな、チケット。
褒めてつかわす。


私は、訳がわからんという顔の師匠を引っ張って、
神風特攻隊の如く劇場へ足を踏み入れた。
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system