第2部 第15話
 
 
 
「おーい、2号。終わったぞ?」
「あ・・・うん」

椅子から立ち上がった師匠を見て、私はようやく我に返った。
もちろん、舞台が終わったのは分かっていたけど、
「アニマルず」の世界観に浸っていたのだ。

「あはは。面白かった!って顔してるな」
「・・・うん・・・面白かった・・・」

なんとなく認めるのは癪だ。
でも、純粋に面白かった。
ストーリーも演技も全て面白かった。

時間はあっという間に過ぎ、気付いたら終わってしまっていたけど、
私はフワフワしている身体と、凄い速さでドキドキしている心臓を持て余し、
椅子から立てずにいた。

すると師匠ももう一度椅子に座った。

「トラを演じてたのが、2号が知ってるって言ってた『さとる』って人だろ?
楽屋に会いに行かなくていいのか?」
「え?楽屋?」
「普通は入れないだろうけど、招待券があるなら会わせてもらえるかもよ」
「・・・」

会う?伴野聖に?
会って、何を話すの?
素直に「面白かった」って?

・・・無理。
そんなこと、笑顔でアイツに言えない。

そもそも、伴野聖は私が来ていることに気付いてるんだろうか。
劇中は、舞台は明るいけど客席は真っ暗だ。
舞台から客席って見えるのかな?

でも、どちらにしろ、伴野聖は一度も私の方を見なかった。
客席の方を見る時は、いつも後ろの天井辺りを見ていた。

だから、舞台から客席が見えるとしても、伴野聖は私に気付いていないと思う。

「・・・ううん、いいや」
「そうか?せっかくお互い誕生日なのに」
「!」

そう言われればそうだ。

今日が私の誕生日だってことはもちろん分かってるし、
12月25日が伴野聖の誕生日だってことも知っている、というか、さっき思い出した。

そして今日が12月25日だってことも知ってる。

だけど何故か私と伴野聖の誕生日が一緒だとは思っていなかった。
アイツのことを考えるのも嫌だったから。

でも・・・

招待券を送ってきてくれた。
舞台は面白かった。
今日はアイツの誕生日。

・・・「見に来てやったわよ」くらい言ってもいいかな。


私は声を出してそう言ったわけではなかったけど、
師匠は私が考えていることが分かったのか、笑顔で「じゃあ、行こうぜ」と言った。






劇場は、小さなビルの地下にある。
だからお客さんは劇場を出ると階段かエレベーターで1階に上がり、
ビルの出入り口から外へ出る。

ところが、ビルを出たお客さんのほとんどは、
駅へ向かうことなくビルの周りの地面に腰を下ろしていた。

私はビルの中からその光景を見て、首を傾げた。

「みんな、何してるんだろう」
「役者が出てくるのを待ってるんだろ。出待ちってやつだ」
「へえ。すごい、芸能人みたい」
「舞台俳優って、こういう小さな劇団の出身者もいるからな。
もしかしたらこの『こまわり』からも将来のスターが出るかもよ」
「えー。まさかあ」
「あ、楽屋は2階だってさ」

初めての場所、というのが苦手な私はトイレ一つ見つけるのにも苦労するけど、
師匠は同じく初めての場所にも関わらず、ちゃんとどこに何があるか把握しているようだ。
「↑楽屋」と書かれた紙が階段の脇に貼られているのも、見落とさない。

私は少し気後れしたけど、師匠は構わず私の手を握って2階へと引っ張って行き、
スタッフらしい黒いTシャツを着た女の人に声をかけた。

「すみません。『さとる』さんて人に会いたいんですけど」

女の人は、肩に掛けたタオルで汗を拭った。

「申し訳ありません。ここは関係者以外立ち入り禁止なんです」
「招待券があるんですけど、ダメですか?」
「え?」

師匠が差し出した招待券の半券を、女の人はまじまじと見た。

「あ・・・これ、個人の後援者様にお配りしている半券ですね。失礼しました!
すぐにさとるを呼んできます!あの、お名前を伺ってよろしいですか?」

師匠が私に振り返った。
私が名乗れってことだろう。

「寺脇・・・です」
「寺脇様ですね。・・・え?寺脇?」

女の人のただでさえ大きな目が、更に大きくなる。

「もしかして!個人で5万円も寄付して下さった寺脇様ですか!?」
「は、はあ」

師匠が「そんなに寄付したのか!?」と目で私に言う。
ついでに「これだから、金持ちのお嬢様は」とちゃっかり付け加えるところが師匠らしい。

女の人は感謝というより感動に近い表情だ。

「うちみたいな小さな劇団に、個人で5万円も寄付して下さる人なんていないんです!
本当にありがとうございます!助かりました!」
「それはどうも・・・」
「お陰で色々新調することができました。さとるも感謝しておりました」

感謝?
まさか。

でもアイツ、ちゃんと5万円全部を劇団に入れたんだ・・・。

「少々お待ちください」

楽屋の方へ向かって走り出そうとする女の人を、
私は慌てて止めた。

「待ってください!やっぱりいいです!」
「え?でも・・・」
「もういいんです。師匠、行こう」
「いいのか?」
「うん」

今度は私が師匠の手を引いて、階段へ向かった。

階段を下りる前に、少し後ろを振り返ると、
ちょうど楽屋から伴野聖が出てくるのが見えた。
その表情は、とても晴れやかですがすがしくて・・・
私の知っているどの伴野聖とも違っていた。

人にはいろんな顔がある。
ノエルさんは外面は良いらしいけど、私の前ではあんな感じだし、
柵木さんだってとても紳士的だけど、なんかちょっと遊んでた感じだし。

師匠のことは、まだよく知らないけど・・・

伴野聖も、ただ人の心を持たない冷たい奴って訳じゃないのかもしれない。

「おい、2号。本当にいいのかよ?」
「うん。ほら見て」

私は階段の途中にある窓の前で立ち止まった。
そこからは、寒い中コートの前をかき合わせて出待ちしている女の子たちが見える。

「あんなに沢山、待ってる人たちがいるじゃない。
役者の人たちは、私なんかと話しする時間があったら、早く外に行ってあげた方がいいよ」
「そうだな」

師匠は笑顔でそう言うと、
「ほれ」と私の方へ腕を差し出した。

「また腕組むの?」
「クリスマスくらい恋人気分を味わおうぜ。
2号に恋人ができる予定はなさそうだし」
「余計なお世話よ」

そう言いつつ私は師匠の腕を取って歩き始めた。


こうして、私の16歳の誕生日は終わ・・・らなかった。
げぇ!終わってよ!
 
 
 
  
 
 
 
 
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