第2部 第16話
 
 
 
しまった。
やっぱりお迎えの車を頼めばよかった。

私は、向かい合って立つパパと師匠を見て、激しく後悔したのだった・・・




1時間前のこと。
私と師匠は劇を見た後、近くの駅まで腕を組んだまま歩いた。

「タクシーで帰るか?・・・って、すげー並んでるな」

師匠がタクシー待ちの列を見てうんざりする。
時間は午後6時前。
大方、仕事が終わってこのままデート!って人たちが、
待ち合わせ場所まで急いで行くためにタクシーを使おうと思って並んでいるのだろう。
クリスマスだもんね。

「師匠はどうするの?」
「電車に決まってるだろ。タクシーなんて金のかかるもん、使えるか」
「じゃあ、私も電車で帰る」
「タクシー、待たないのか?それか、家の車に迎えに来てもらうとか」
「うーん・・・」

普通ならそうするところだろう。
でも、手作りだけどそれでいてレベルの高いあの舞台を見た後に、
タクシーや家の車を使うのは、物凄い贅沢をしているようでなんだか気が引けた。
それに、今感じている興奮をもうちょっと誰かと共有していたい。

「電車にする。お姉ちゃんを見習って節約するわ」
「それってつまり、俺を見習うってことだな?寺脇は俺を見習ってる訳だから」

そうなるのかなあ?

「関心、関心。よし、ご褒美に家まで送ってやるよ」
「え?いいよ」
「犬の散歩は最後までやり遂げないとな。途中で迷子になる可能性がある」


と、いう訳で師匠が私を家まで送ってくれた。
うん、これはいい。

そして2人で家に帰ったとたん、玄関でパパとバッタリ出くわした。
まあ、これも良しとしよう。

問題は。
なんとなく私と師匠が腕を組んだままだったということ。


しまった・・・


私と師匠は慌てて腕を離した。
パパはそんな私達を無言で見ている。

「おかえりー、マユミ。早く着替えなさい、レストランに行く・・・あれ?師匠?」

場にそぐわないマヌケな声を発しながらお姉ちゃんが現れた。

「お、おう。寺脇」
「どうして師匠とマユミが一緒にいるの?・・・え。もしかしてデート!?」
「・・・」

ほんと、お姉ちゃんて妙なところで敏感だ。
そのくせ空気を読む能力はゼロ。

隣にパパがいるでしょう!?

パパがお姉ちゃんに聞いた。

「ナツミも知ってる人なのか?」
「うん。クラスメイト。師匠っていうの」

いや、本名じゃないだろう・・・

「そうか。師匠君か」

パパ・・・。
あれ、もしかして「師匠」って本当に本名なの?

「凄くしっかりしてて、いい人なのよ!ね、師匠?」

本人に聞いても・・・

「でも、師匠も変わった趣味してるね。萌加もかを振ってマユミとデートだなんて」

そうそう、萌加さんを振って・・・
って、ええ!?

「おい、寺脇!」

師匠は焦ってお姉ちゃんの口を塞ごうとしたけど、後の祭りだ。
言った言葉は口には戻らない。

私は師匠に食いついた。

「師匠!萌加さんて、あの萌加さん!?お姉ちゃんの幼馴染の!?あの美人の!?」
「・・・」

さすがに「変わった趣味=私」も驚いた。
だって萌加さんて、物凄い美人だし、いい人だし・・・
師匠。ほんと、「変わった趣味」してるね。あんな人を振るなんて。

だけど驚いたのは私とお姉ちゃんだけじゃないようだ。
萌加さんを良く知るパパも、ビックリしている。

神楽坂かぐらざかさんのところの萌加ちゃんより、うちのマユミを取るとは・・・
君、なかなか女を見る目がないね」
「そりゃどうも」

師匠はもはやどうにでもなれ状態だ。
ついでにお世辞まで言い出した。

「でもマユミさんも素敵な女性だと思いますよ」

女性っていうか犬だけど、と目で付け加える。
ほっといてよ。

だけどパパは、そんな師匠の目をじーっと見た。

「ふむ・・・しかし良い目をしている」
「?はあ、ありがとうございます」
「マユミも良い人を見つけたな」

師匠が私をチラッと見た。

『そろそろ誤解だって言った方がよくないか?』
『うん・・・』

そうなんだけど・・・
良い人、か。

よし。

私は師匠ともう一度腕を組み、パパに向かってニッコリと笑った。

「でしょ?」
「おい、2ご、」
「もうすぐレストランに行く時間よね?部屋で着替えてくる。
師匠も、私達が出掛けるまで一緒に部屋にいよう?」

私は、「きゃあ」と目を輝かせてるお姉ちゃんと、
どことなくホッとした顔のパパを置いて、
有無を言わせず師匠を部屋に引っ張っていった・・・





「おい、こら2号。どういうつもりだよ?」
「ごめんね。もうちょっとだけ付き合って」

私は部屋に入ると扉に鍵を掛け、小声でそう言った。

「たくっ」

師匠はため息をつきながら、私の部屋を見回している。

「・・・それにしてもすげー部屋だな」
「そう?」

勉強机にベッドにソファ、それとクローゼットにドレッサー。
普通じゃない?

「豪華っつーか、女の子趣味っつーか。ラブホテルみたいだ」
「なんてこと言うの!」
「ま、家具は超高級品みたいだけど」

むむむ。師匠。
女とそーゆーコトばっかしてるのね?
隅に置けないな。

「ばっかってこともないけどな」
「・・・」
「で、どうして俺が2号の彼氏の振りしないといけないんだよ?」
「・・・ああ」

私はソファに座った。
師匠もその横に腰を下ろす。

よく考えたら、パパ以外の男の人がこの部屋に入るのは初めてだ。
そして、パパはこのソファに座ったりしないから、このソファに男の人が座るのは初めて。

ソファが小さいのかテーブルが近いのか、師匠は足を持て余している。

「私、この前ちょっととんでもない男に引っ掛かっちゃって。だから、パパが心配してるの」
「また変な男に引っ掛からないかって?」
「うん。師匠のことは『良い人』って言ってたから、パパの前でだけ私の彼氏の振りしてくれない?
そうしたらパパ、少しは安心すると思うの」
「それって、あの『さとる』っていうトラ男?」

鋭いなあ。

私が黙っていると、師匠はスクッと立ち上がった。

「ま、そういうことなら協力してやるよ。でも、お前の親父さん、今頃別の意味で心配してるぞ?」
「へ?」
「着替えるのに、俺を部屋に入れて・・・もうそーゆー関係なのかって思ってるんじゃない?」
「!!!」

私は慌てて師匠を部屋から追い出した・・・

が。

私はそれを、冒頭でした後悔より、遥かに後悔することになった。
って、私の誕生日、まだ続くの!?
 
 
 
 
 
 
 
 
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