第2部 第17話
 
 
 
「ちょっと2人とも、何やってるの?」

服を着替え、ついでに髪型と化粧なんかも変えてたら、
いつの間にか30分も経っていた。
で、すっかり忘れていた師匠のことを思い出して、
慌ててリビングへ行ったのだけど・・・

私は腰に手をあて、リビングのソファに座っている二人を睨んだ。
パパがニコニコと答える。

「実はノエル君が風邪を引いて、今日は来れなくなったんだ」
「それで?」
「レストランを1人分キャンセルしようかと思ってたんだが、ちょうどいいじゃないか。
師匠君に来てもらおう。マユミも彼氏が一緒の方が楽しいだろ?」
「ふーん、そうね。でも私が聞いたのは、今何をしてるのかってこと」
「うん・・・まあ、いいじゃないか」

パパは私にクルッと背を向けると、
師匠が持っているグラスに茶色い透明の液体を入れた。

それはウイスキーという代物じゃあないでしょうか?

「ちょっとパパ!師匠は高校生よ!師匠も!何、美味しそうに飲んでるのよ!」
「いやー、ちょっと喉が渇いて」
「師匠!」
「俺もレストランに行く前に少し飲みたいなとちょうど思ってたところなんだ」
「パパ!!」

2人は「まあまあ」と言いながら、私を無視して飲み続けた。
って、師匠。お酒強すぎ。


うちは、私とお姉ちゃんはもちろん、ママもお酒を飲まない。
だからパパはいつも1人でお酒を飲む。

ノエルさんというお婿さんはできたけど、ノエルさんもまだ高校生だし、
なんと言っても跡取りだ。
いくらお気に入りと言えども、パパもむやみやたらに甘やかせないのだろう。

でも、師匠は違う。
次女である私の彼氏(?)だ。
しかもパパと同じでお酒が好きらしい。
パパが放っておく訳がない。

あっと言う間に、ウイスキーのボトルが2本空になる。

「よし、そろそろ行くか。師匠君も来なさい」
「ありがとうございます。でも俺、こんな格好ですし」
「家族だけの食事会だし、個室だから気にしなくていいさ。
マユミもいつまで怖い顔してるんだ。そんなんじゃ師匠君に愛想をつかされるぞ」

私は頬をピクピクと引きつらせた。






「あんなに美味い酒が飲めるなら、2号の彼氏になるのも悪くないなー」

レストランでもパパとワインをたらふく飲んですっかりご機嫌になった師匠は、
車の中で「うーん」と背伸びをした。
滅茶苦茶お酒臭いけど、顔は全然普通だ。

「ちょっと師匠。いい加減にしてよね」
「彼氏の振りしろって言ったのは、2号だろ」

・・・そうでした。

ちなみに私と師匠の会話は全て小声だ。
なぜなら、今乗っているのは家の車で、運転しているのは寺脇家お抱えの運転手だから。
パパとママとお姉ちゃんは真っ直ぐ家に帰ったけど、
私は一応「彼女」として、「彼氏」である師匠を家まで送ることになったのだ。

だいたい「2号」「師匠」って呼び合ってる彼氏・彼女ってどんなのよ。

「よし、じゃあこれからはマユミにしよう。おい、マユミ、お茶」
「ありません」

師匠が「あはは」と笑う。
全く。これだから酔っ払いは嫌いよ。

私がふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、
師匠は笑うのをやめた。
でも怒ってる訳じゃない。
なんとなく優しい目で私を見ているのが、気配で分かる。

「マユミの家族は面白いな」
「気安くマユミって呼ばないで」

だけど師匠は聞かずに続ける。

「親父さんは優しくて頼り甲斐があるし、お母さんと姉貴はすっ呆けてて面白いし・・・
いい家族だな」

師匠の言い方が気になって、私は師匠の方へ向き直った。

「師匠の家は違うの?」
「俺、中学の時に家出したんだ」
「え?家出?」

私は目を丸くした。
でも師匠は大したことじゃない、という感じだ。

「今は、どこに住んでるの?」
「んー。家出人収集家の家で世話になってる」

世の中にはそんな家があるのね。
知らなかった。

「学費とか生活費も、その家の人に出してもらってるんだ」
「それで節約してるの?」
「ああ」
「・・・家が恋しいの?」

師匠がさっき言った「いい家族だな」という言葉には、
そういう想いが含まれているような気がした。

だけど師匠は笑顔で首を振った。

「いや、今更家に帰ろうとは思わない。多分、一生帰らないだろうな。
俺、今の家が好きだし」
「どうして家出したの?」
「親父と喧嘩したんだ。
でも、色んな事情を抱えている奴らと一緒に今の家に住み始めて、
少しだけど、親父が俺にガミガミ言っていたことの意味が分かってきたかな・・・」

師匠は、「しゃべりすぎた」とばかりに窓の外に目をやると、
それっきり口を閉ざした。

・・・明るくてしっかり者の師匠だけど、
人知れず悩みを抱えているんだ。

師匠は、今住んでいるその家の人たちに、悩みを打ち明けたりするんだろうか。

なんとなくだけど、そうしていない気がする。
だから、赤の他人の私なんかに、思わず話してしまうんじゃないかな。



車が、私の知らない駅のロータリーに静かに止まり、
運転手が「到着いたしました」と言った。

「ありがとうございます」
「え、ここでいいの?家の前まで送るよ」
「いや、ここでいい」
「そう?あ、もしかして、その家出人収集家さんのお家の場所を知られたくないのね?
そんな怪しげな所なわけ?」

師匠が苦笑いする。

「マユミは何でもズケズケと言うなあ」
「そういう性格だから。てゆーか、マユミって呼ばな、」

突然口を塞がれ、私は言葉を飲み込んだ。
何が起こったのか分からないけど、とにかく口が開かない。


「じゃ、おやすみ」


師匠は私から顔を離すと私の手の上に小さな紙袋を置き、
何事もなかったかのように車を降りた。


こうして今度こそ、私の16歳の誕生日は終わったのだった・・・
 
 
 
 
  
 
 
 
 
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