第2部 第2話
 
 
 
いつもの日曜日どおり、私は午前10時に目を覚まし、着替えて顔を洗って・・・
そろそろキッチンへ行ってお手伝いさんにご飯を作ってもらおうかな?

そう思って、何気なく窓の外へ目をやると、
寺脇家の高い塀の向こうを、
見覚えのある紺色のブレザーのような服を着た男の人が歩いているのが見えた。

・・・まさか・・・

私は嫌な予感がして、部屋を飛び出し、勢い良く階段を駆け下りた。
途中、廊下でお手伝いさんに「マユミ様。お食事はどうなさいますか?」と聞かれたけど、
「後で!」とだけ叫んで、玄関を突っ切る。

あれ?
前にもこんなことがあったような。

一度玄関の中に戻り、お手伝いさんに訊ねる。

「お姉ちゃんは?」
「お出掛けになられました」
「・・・そう」

私は玄関の横の作り付けの戸棚を開いた。
そこには、金属バッドが一本。
パパにもママにもお姉ちゃんにも私にも、バッドを素振りする趣味はない。

これは防犯用のバッドだ。

私はそれを手に取ると、再び玄関を出て走った。

そして以前のように、
なんとかギリギリ、さっきの男の人がうちのインターホンを押す直前に、門に辿り着いた。

ぜえぜえ言っている私を見て、男の人は面食らったような表情になる。
そして、自分の鼻の前に突きつけられた金属バットを寄り目で見る。

「な、なんだよ・・・」
「それはこっちの台詞よ。あんたも月島ノエル?」
「『あんたも』?なんだ、それ」

海光の制服を着たその男は、
鬱陶しそうな顔をして、手でバッドを顔の前から除けた。

「お前こそ誰だよ・・・って、ナツミの妹のマユミって奴だな?」
「・・・そうよ。なんで分かるのよ」
「変わり者度合いは、さすが姉妹だよな」
「・・・」

男は、私をジロジロと見た。

「でも、顔はあんまり似てないな」
「ちょっと。あんたは誰なのよ?」
「月島ノエルだけど?」
「嘘つかないで。偽者でしょう?」
「は?」

自称・月島ノエルがキョトンとする。
白々しいったらない。

「お姉ちゃんは、本物の月島ノエルさんを海光まで迎えに行くって言って、出て行ったのよ。
それなのに、どうしてその『月島ノエル』がノコノコと1人でうちにやってくるわけ?」

すると、自称・月島ノエルは小さく舌打ちし、
「あいつ!迎えにこなくても、場所は分かるから1人で行くって言ったのに!」と、
呟くと、携帯で電話をかけだした。

「ナツミ?・・・え?今、海光?俺、自分で行くって言っただろ?もうナツミの家についたよ。
なんか変なのに足止めされてるけど」

それは私のことか?

「うん・・・うん・・・わかった、待ってるよ」

自称・月島ノエルはため息をついて携帯を切った。

「携帯、貸して」
「え?」

有無を言わせず自称・月島ノエルから携帯を取り上げる。

「なんだよ、その、自称って」
「うるさいわね。・・・ふん、携帯は確かに1年くらい前の物みたいね」
「だから?」
「発信履歴も・・・よし、確かに今、お姉ちゃんにかけてる」
「・・・」
「でも、ワン切りして、1人で勝手にしゃべってただけかもしれないから、
これは証拠にならないわね」
「・・・なんで俺がそんなことしないといけないんだよ」
「じゃあ次は、身分証明書見せて」
「・・・」

自称・月島ノエルは「頭痛がしてきた」と言って、
手でこめかみを押さえた。






「海光学園高等部3年、月島ノエル、ね」

第2応接室で私は自称・月島ノエルの前に立ち、
手渡された学生証をマジマジと見つめた。
確かにそこに貼られている顔写真は、目の前の男と同じだ。

ちなみに前の偽・月島ノエルの時のように第1応接室に案内しなかったのは、
?こいつが本物の月島ノエルさんだとは限らない
?例の外国からのお客様が来ていて、パパと第1応接室を使っている
からだ。

まあ、
?この月島ノエルは、かっこいいにはかっこいいけど、私好みじゃない
ってのも、なくはない。

目にかかるくらいの長さの真っ黒な髪に、切れ長の瞳。
いかにも「頭いいです」って感じのインテリ風イケメンだ。
そういう意味で、海光の制服が良く似合う。

でも、私はもうちょっと
今風いまふうの人がタイプだ。

「ナツミ2号のタイプなんてどうでもいい」
「何よ、ナツミ2号って。・・・ねえ、この学生証、偽造品じゃないでしょうね?
海光に問い合わせるわよ?」
「・・・なんで、そんなに疑い深いんだ」

そりゃ疑い深くもなるさ。

でも、自称・月島ノエルもさすがに機嫌を損ねたのか(当たり前?)、
ソファに座ると、ムスッとした表情で口を噤んだ。

仕方なく、私も学生証を返して第2応接室を出る。

まあ、お茶の一杯くらい出してやってもいいかな。
万が一、本物だったら後々面倒だし。

そう思ってキッチンに入り、コップにドバドバと麦茶を注いだ。

「お嬢様。先ほどいらしたお客様に持っていかれるんですか?」
「うん。一応」
「でしたら、コーヒーかお紅茶でも・・・」
「麦茶で充分!」
「お菓子は・・・」
「いらない、いらない」

私は、「でも」とオロオロしているお手伝いさんを残し、
お盆片手に第2応接室に戻った。

ところが。

「ちょっと。自称・月島ノエル。何やってるのよ?」
「しー!黙れ、2号!」
「・・・」

何故か自称・月島ノエルが、
(面倒臭くなってきたから、以下、月島ノエルにしよう。認めた訳じゃないけど)
部屋の壁にへばりついて耳をあてている。

「忍者ごっこ?」
「うるさい!」

月島ノエルは小声で怒鳴ってから私に手招きし、壁を指差した。
どうやら私にも、壁に耳を当てろと言っているようだ。

って、なんで私がそんなことを。
でも面白そうだからやってみよう。

という訳で、私と月島ノエルは何故か二人揃って、
部屋の壁にへばりついた。

この壁は、隣の第1応接室との間にある壁で、
壁と言っても、スライド式に開く扉のようなものだ。
パパが移動しやすいようにそうしてある。

「この声・・・」
「パパの声よ?」
「違う。相手の男の声」

月島ノエルが表情を険しくした。

耳を澄ませると、随分とご機嫌なパパの声の合間合間に、
確かに若い男の人の声がする。

「ああ。お仕事関係のお客様だって。なんか、海外から来た人。日本人だけど」
「・・・やっぱり」

月島ノエルは壁から離れると、部屋の中を見回した。

「何か、武器になるような物ないか?」
「武器?そんなもん、あるわけないでしょ」
「金持ちは普通、趣味で猟銃とかやってるだろ」

やってません。

「じゃあ、アイスピックとかでもいいや。とにかく、人を殺せる物を貸してくれ」
「・・・どうして?」

すると、月島ノエルは壁を刺すような視線で睨んで言った。

「あの男は、俺の親の仇だ」
 
 
 
  
 
 
 
 
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