第2部 第22話
 
 
 
「2号!」

公園で桜の木にもたれていた師匠が、
私を見つけて駆け寄ってきた。

冬休み中なのに、何故か制服だ。

・・・って、また「2号」って呼ぶし。

思わず涙腺が緩む。

「・・・何、泣きそうな顔してるんだよ・・・キスなんかして悪かったって」

師匠が罰の悪そうな顔をして、頭をかく。

「悪かったって言っても、覚えてないんでしょ?」
「・・・うん」
「・・・これは?」

私は左の掌を開き、その上の物を師匠に見せた。
あの日、師匠が私にキスした後渡してくれた、ビーズでできた犬のストラップだ。
家でこれを見た私は、

「ふん。何よ、こんな安物。
ビーズ細工にしちゃ凝ってるけど、
せいぜい5,6千円でしょ。
それに、どうして犬なのよ!センスないんだから!
てゆーか、私、犬じゃないし!」

と、心の中で毒づいたけど、正直に言うと・・・嬉しかった。

早速携帯につけたけど、落としたらどうしようと思い外した。
次に学校の鞄につけてみたけど、やっぱり落とすのが怖くて、結局まだどこにもつけれずにいる。

それなのに・・・

師匠は私の手の上のストラップを見てホッとしたように言った。

「ああ!俺、ちゃんと渡してたんだな。よかった。帰ったらなくなってたから、
渡したのか落としたのか分からなくてさ」
「・・・」

やっぱり、これを私に渡したことも覚えてないんだ。
私はあんなに嬉しかったのに。
馬鹿みたいじゃない。

・・・ダメだ。黙ってたら何故か本当に泣いてしまいそうだ。

私は、怒鳴りたかった訳じゃないけど無理矢理怒鳴った。

「酷い!キスしたことなかったのに!あんなのがファーストキスなんて最悪!」
「・・・ごめん」
「謝ってももう遅い!師匠なんか大嫌い!!」

大嫌い、と言った瞬間、涙が溢れた。
せっかく泣かないようにする為に大きな声出してたのに・・・
台無しじゃん。

師匠も完全に困ってしまったようだ。
右手で持った鞄を肩に担ぎ、左手は腰に当てて斜め上を見ている。

だけど、何を思ったのか突然鞄をドサッと地面に落とし・・・
私を抱き締めた。

そして、私が「やめて」と言う間もなくチュッとキスをした。
立て続けにチュッチュッチュッと音を立てて何度もキスをする。

驚きすぎた私は抵抗もできず、しばらく固まっていたけど、
キスが
んだところで、慌てて師匠から離れようとした。
でもその腕の力は意外と強く、離れられない。

仕方なく上半身をなんとか少し逸らし、顔だけ離す。

「何するのよ!」
「いや、何度もキスしたら、ファーストキスの重みが減るかなと思って」
「はあ!?」

何考えてるのよ!!!

「ふざけないで!どういう神経してん、んぐぐ」

また師匠がキスを始める。
なんなんだ、一体。

だけど、余りに何回もキスされて、
私もいい加減怒ることに飽きてきた。
そして段々と身体の力が抜け、最後には笑い出してしまった。

「ほら。ファーストキスなんて、もうどうでもよくなっただろ?」
「あはは・・・ほんと、信じられない・・・」

私が師匠の腕の中で笑い転げていると、師匠はさっきの私のように、
私を抱き締めたまま上半身を逸らし、私を眺めた。

「随分、めかしこんでるな。昨日言ってたパーティか?」
「うん。これでも今年は地味な方よ。師匠こそ、どうして制服なの?」
「部活。俺、空手部なんだ」

師匠の足元に転がっている鞄をチラッと見ると、
開いた鞄から空手着が覗いている。

部活なんて面倒だから、やってる人ほとんどいないのに。
意外と熱血屋なんだな。

そんなことを考えてたら、
隙をついて師匠がまたキスをしてきた。

もういいのに。
元々キスされたことを怒ってた訳じゃないし。

・・・まあ、いいか。
もうちょっと困らせてやれ。

「責任、取ってよね」
「責任?」

師匠がほんの数ミリだけ顔を離して訊ねる。

「ファーストキスの責任」
「今取ってるだろ」
「こんなの責任取ってるって言わない!むしろ、責任を重くしてる!」
「じゃあ、どうしたらいいんだよ?」
「結婚して」

さすがの師匠も私から離れる。
それでも両肩を掴んだままだ。

「寺脇家ではね、ファーストキスの相手と結婚しなきゃいけないって決まりがあるの」
「・・・」
「パパも師匠のこと気に入ってたし、いいわよね?
あ、ちょうど今日、パーティでお姉ちゃんが婚約を発表するの。
私達も便乗させてもらいましょうよ」
「・・・怖いな、寺脇家」

プププ。
師匠、ちょっと青くなってる。
もちろん、そんな馬鹿な決まりはない。
師匠も分かっててわざとビビッてる振りしてるんだ。

師匠はしたり顔で尚も演技を続ける。

「2号、悪い。俺、普通の女とは結婚できない身体なんだ」

どんな身体だ。

「だから2号と結婚はできない。ま、付き合ってやるくらいならいいけどな」
「どうしてそんな上から目線な訳?」
「でも、本気になるなよ?あくまで遊びだ、遊び」
「人の話、聞いてる?」
「よしよし、じゃあこれからよろしくな、マユミ」

師匠がまた私を抱き締めて笑顔でポンポンと私の頭を叩く。

あれ?今、マユミって・・・

私が驚いた顔をすると、師匠の口元がニヤッとなった。

「これからはそう呼ぶって言っただろ?」
「!!!覚えてるじゃない!!!」
「当たり前だろー?俺があれくらいの酒で記憶飛ばす訳ないじゃん」
「!!!!!!」

今度こそ私は師匠を突き飛ばし、
地面に落ちていた木の枝を素早く手に取り、中段に構えた。

「お?やる気か?俺、空手部でも結構強いんだぞ?」

師匠も空手の構えを取る。

「お生憎様。私もお姉ちゃんも剣道有段者よ」
「・・・マジで怖いな、寺脇家」

だけど、自分で言うだけあって師匠は確かに強かった。
名前も師匠だし。
木の枝と竹刀の長さの違いに私が戸惑っている隙に、
あっという間に間合いを詰め、私の手から枝を奪い取った。

「ああ!」
「口ほどにもないなー」

そしてまたキスしだした。
・・・どんだけキスが好きなんだ、このキス魔め。

が、今度はさっきまでとは違う。

何が違うかって・・・

「ちょっと、師匠。何、この手は?」

私は首を後ろにひねった。

「ん?手がどうした?」
「お尻、触んないでよ。変態」
「あれ?そんなとこ触ってた?」
「・・・」
「いけない手だなー」

そう言いながら、その「いけない手」は「いけないこと」をやめない。

「〜〜〜師匠」

〜〜〜に込められた怒りの程を分かって頂きたい。

「付き合ってるんだから、いいだろ?」

何が!?何がいいの!?

「もしかして、これが目的!?」
「半分は」
「もう半分は?」
「酒」

私は力いっぱい師匠のすねを蹴飛ばした。
 
 
 
  
 
 
 
 
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