第2部 第4話
 
 
 
「た、ただいまっ!」
「あ。おかえり、ナツミ。じゃあ、俺帰るから」
「へ?」
「寺脇さん、今日はありがとうございました。貴重なお話が聞けて大変勉強になりました」
「ちょっと、何今更良い子ぶってんのよ」
「うるさいぞ、2号。お義兄様をもうちょっと敬え」
「ふんっ。私、月島ノエルアレルギーなのよね」
「こら、やめなさい、マユミ。
それに、月島君のことをそんな呼び捨てで・・・そうだな、これからは『ノエル君』にしよう。
姉の恋人なんだから、マユミは『ノエルさん』と呼びなさい」
「えー」
「では、ノエル君。こっちも楽しませてもらったよ。じゃあ、次の日曜日に」
「はい」
「寺脇様。私までご一緒させて頂き、ありがとうございました」
「いや、君とノエル君はコンビみたいなものだからね。これからも」
「・・・はあ・・・」
「じゃあ、柵木君。仕事の件、頼んだよ」
「はい。お任せください」
「あと、ノエル君の件も」
「・・・はい」

左右の目を反対方向にキョロキョロさせているお姉ちゃんは放置して、
パパと私は、家を出て行く柵木さんと月島ノエル・・・「ノエルさん」に手を振った。

言いにくいなー、「ノエルさん」って!
「月島ノエル」でいいじゃん!

「あれ?お姉ちゃん、帰ってたの?」
「マユミ!何がどうなってるの!?どうしてノエル君、帰っちゃったの!?」
「どうして、って。もう2時よ?ノエルさんはこれから柵木さんとやることがあるんだって」
「マセギさん?」
「さっきのスーツの人。ジュークスの営業マン」
「?その人がどうしてノエル君と?」

お姉ちゃんの頭の上に「?」マークがたくさん浮かぶ。

「それより、お姉ちゃんこそ今まで何してたのよ?」
「な、何って・・・」

お姉ちゃんが口ごもる。

「・・・電車に乗ってただけよ」
「何時間も?まさか」

うちから海光までは電車でも車でも1時間くらい。
当然、海光からうちまでも同じだ。
ノエルさんがお姉ちゃんに電話したのが10時くらいだから、
どんなに遅くても11時半までには帰ってこれるはず。
普通なら。

「ていうか、電車で迎えに行ってたの?車で行けばよかったのに」
「もったいないじゃない。私だって電車くらい乗れるし!・・・って思ってたんだけど」
「けど?」
「急いで帰らなきゃって思ってたら、各停と間違って急行に乗っちゃって、」
「・・・」
「で、次に止まった駅で降りて、戻る方向の特急に乗ったの」
「特急・・・」
「うん。急行と特急って止まる駅、違うのね。なんかどんどん変なところに行っちゃった。
それで、特急を降りて、諦めてタクシーを拾ったんだけど、
思わず『海光まで!』って言っちゃったの。スタート地点に戻っちゃった」
「・・・」

私は電車なんて使ったことがないから偉そうなことは言えないけど、
そんな酷い間違い方はしない、と思う。

「ま、まあ、とにかく、パパとノエルさんの対面は無事終わったよ。
決めるべきことも決めたし。ね?パパ」
「そうだな。ナツミ、お前のパスポートの期限はいつまでだ?」
「決めるべきこと?パスポート?」

お姉ちゃんの頭の上の「?」がどんどん大きくなる。

仕方ない、説明してやるか。
でも、長くなりそうだから、取り合えずお茶とお菓子を用意しよう。






「交換留学制度?」
「はい。海光にはアメリカの高校との間に交換留学制度があって、
私はそれを使って高校2年の時、アメリカに行ったんです。
そして卒業後、そのままアメリカでジュークスに就職しました」

さすがにいつまでも漫才コンビはやってられない、ということで、
月島ノエルの本来の目的である「パパの仕事のお話」を聞くことになった。
私は、相変わらず興味のない分野ではあるけれど、一応勉強しておこうと思い、
そのままダイニングに残った。

で、その話の途中。
ふと、柵木さんがどうしてジュークスに就職したのかという話になった。

柵木さんの話となると、月島ノエルは無関心・・・と思いきや、
意外と興味深そうに耳を傾けている。

「柵木君はまだ21歳だろ?大学には行かずにジュークスに就職したということかね?」
「はい。でも社内の研修制度を使って、今は働きながら大学にも通っています。
MBAを取るつもりです」

パパが「MBAって知ってるか?」という視線を私によこす。
もちろん知ってるはずがない。
後で調べておこう。

「それは大変だね」
「はい、でもやり甲斐があります。
会社でも学校でも良い成績でなければクビだというプレッシャーもありますが」

パパは月島ノエルの方を見た。

「月島君は留学しようとは思わなかったのかい?」
「留学できるのは、中3・高1・高2の成績トップの生徒だけなんです。
僕は中3の時はトップじゃなかったし、高1の時はまだ日本の高校の勉強が始まったばかりで、
もう少し日本にいたかったんです」
「高2の時は?」

月島ノエルが、コーヒーを一口飲む。

「留学する権利はあったんですけど・・・まあ、もうこのまま日本で海光を卒業しようかなと思って。
留学したいなら、大学からでもできますし」
「なるほど。それで大学はどこを目指しているんだい?」
「それがまだ・・・決めてません」

まだ決めてない?
もう11月よ?
そんな悠長なこと言ってていいわけ?

「海光で成績いいからって舐めてたら、落ちるわよ」
「2号が言うな。今すぐにでもT大に受かってやるよ」
「・・・」

なんて嫌味な男だ。
私は鼻を鳴らしながら、ケーキを頬張った。

だけどパパは感心したようにため息をついた。

「それなら、T大を受けたらいいじゃないか。日本一難しい大学だぞ?」
「そうですけど・・・姉がT大なんですよね。姉弟揃って同じ大学って言うのも芸が無いかと思って」

そういう問題じゃないだろう。
てゆーか、なんて嫌味な姉弟だ。

でも、月島ノエルアレルギーの私にも分かる。
月島ノエルはT大に興味がないようだ。
というより、大学そのものに興味がないみたいだ。

パパもそう思ったらしい。

なら普通は、娘の彼氏へのコメントとしては、
「でも、せっかくだから取り合えずT大を受けたらどうだ?」が正解だろう。
もしくは、思い切って「寺脇コンツェルンの会社に就職するかね?」とか。

だけど。
さすがは寺脇コンツェルンの総統。
考えることが違う。

パパは何やらワクワクした表情でこう言った。

「ふむ。日本の大学に興味がないようだね。では、アメリカの大学はどうかな?」
 
 
 
  
 
 
 
 
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