第2部 第6話
 
 
 
「ナツミは来年高3だから、1年は離れ離れだけど、それは我慢しなさいね」
「でもママ。別にもうお姉ちゃんは高校卒業しなくていいんじゃない?
高校辞めて、来年からノエルさんについて行ったらいいじゃん」
「それもそうね。どうする、ナツミ?」

私とママがクッキーをつまみながら、さっきまでの出来事をお姉ちゃんに説明すると、
お姉ちゃんはますます混乱したようだ。

ちなみにパパは早速ジュークスの社長と電話している。
柵木さんはノエルさんと一緒に海光へ行って事情を説明するそうだ。
あと、ノエルさんは近々一度は渡米しないといけないだろうから、その手続きも。

「ど、どうするって、どういうこと?」
「だから。高校を辞めて来年の4月からノエルさんと一緒にアメリカに行くか、
再来年、高校を卒業してからノエルさんを追いかけていくか、よ」
「まあ、まだ時間があるからそれはナツミとノエル君で一緒にゆっくり考えればいいわ。
それより、結婚の準備を急がないと。ノエル君のお家に挨拶に行かなきゃね」
「け、結婚!?」

お姉ちゃんの声が裏返る。

「ママ。普通は、向こうが来るんじゃないの?」
「でも、養子にもらうのよ?やっぱりこっちから行かなきゃ」
「あ、そっか」
「ちょっと待って!!」

お姉ちゃんが、珍しく大きな声を出しながらテーブルをバンッと叩いた。

「なんでそんな話になっちゃってるの!?」
「お姉ちゃん、ノエルさんと結婚したくないの?」
「し、したい、けど」
「ノエルさんも、別にいいみたい」
「別に、って・・・」
「なら、問題ないじゃない」
「・・・」

まあ、急展開という意味では驚きだろうけど、
話の内容自体は別に驚くことじゃない。

堀西に通っているご子息・ご令嬢は、
生まれた時から許婚いいなずけがいる、なんて事はざらにある。
しかも、たいていは純潔を保つためなのか、お互いが結婚できる年齢になったら、
早々と結婚する。
現に、先輩の中には既に結婚している人もいるし、
私のクラスメイトにも16歳の誕生日が来たら結婚するという女の子がいる。

寺脇家の長女が17、8歳で結婚すると言っても、誰も驚かないだろう。

「ま、相手が普通の家の男の人っていうのは、意外かもね」
「そうね。でも、よかったわ。パパも喜んでる」
「・・・何を?」

何故か涙目で真っ赤になっているお姉ちゃんが、
ママを見る。

「うちは女の子2人だからね。やっぱり、いつかはどちらかにお婿さんを貰って、
寺脇コンツェルンを継いでもらわなきゃいけない。でも、あなた達のどちらかが、
寺脇コンツェルンを継ぐのに相応しい男の人を選ぶとは限らない。
もし、パパが認められないような恋人だったら、あなた達にはパパが選んだ人と、
お見合い結婚してもらわなきゃいけないから・・・
パパは、あなた達が小さい頃から、それを心配してたの」

パパが心配してたと言いつつ、ママもホッとしている様子だ。
ママも、私達のどちらかがそんな望みもしない政略結婚をしないといけないかもしれないことを、
かわいそうに思っていたのだろう。

ママはティーカップを手に涙ぐみながら微笑んだ。

「ノエル君はナツミが自分で選んだ人だし、寺脇コンツェルンの跡取りとしても理想的な人だから、
パパはもう早くナツミとノエル君を結婚させたいんでしょ」
「ママ・・・」

涙もろいお姉ちゃんはすぐに貰い泣きを始める。

「うん・・・でも、ノエル君のお家の人、認めてくれるかな・・・」
「そうね。だからきちんとご挨拶に行かないとね」
「うん、うん・・・」

お姉ちゃんはようやく、少し微笑んだ。


ママの言う通り、お姉ちゃんは・・・寺脇家はラッキーだと思う。
生まれながらに許婚がいたり、政略結婚が当たり前の私達の世界では、
親に無理矢理恋人と別れさせられたりする。
それに反発して、駆け落ちした人もいる。

偶然知り合った普通の人を好きになり、
しかもパパも気に入り、跡取りとしても申し分がないなんて、
本当にラッキーとしか言いようがない。

パパは自分でも言っていたけど、人を見る目は確かだ。
偽・月島ノエルのことも、芝居がかった完璧さだと言い当てていたし、
きっとノエルさんも本当に跡取りに相応しい人物なのだろう。

そのノエルさんがお姉ちゃんと結婚する。

「あのノエルさんは気に食わないけど、お陰で私はどこへでも自由にお嫁に行けるわぁ〜」
「誰が貰ってくれるの?」
「お姉ちゃん・・・たまにドギツイこと平気で言うよね」

私は苦笑いしながらクッキーを一つ持って椅子を立ち、窓の近くへ行った。
家の門が見える。

私の理想は伴野聖が演じていた偽・月島ノエルだ。
でもあれは幻想だったんだ。
あんな人間は、この世にいない。

柵木さんは偽・月島ノエルと似たところがある。
だから、素敵だなって思うけど、
私が今日見た柵木さんも、本当の柵木さんのほんの一部なんだろう。

偽・月島ノエルも、
もしも本当にあんな人間がいるのなら、やっぱり違う一面を持っているはずだ。

ノエルさんも・・・

「お姉ちゃん。お姉ちゃんから見て、ノエルさんってどんな人?」
「ええ、何よ急に・・・うーん、そうねえ」

お姉ちゃんがおのろけモードに突入する。

「見た目も頭も良くって、優しくて、正直で、しっかり者で・・・
あ、でもすぐにカッとなっちゃう時があるの。すぐに冷静になって謝ってくれるんだけどね。
あと、口は悪くないけど、親しい人にはわざと酷いこと言ったりする」
「ああ、そんな感じだったね。柵木さんに対して」
「でしょ?でも、それはノエル君流の愛情表現だから。
ノエル君は、普段はとっても礼儀正しくて謙虚なのよ?」
「・・・謙虚?」

あの男を謙虚と表現するのなら、
国語辞典の「謙虚」の意味を訂正する必要がありそうだ。

だけど、お姉ちゃんはそんなノエルさんのことが、結婚したいくらい好きなんだ。
ノエルさんのこと、本当に何でも分かってるんだ。
そしてきっと、ノエルさんもお姉ちゃんの全てを知っているんだ。


私も、そんな風に誰かを好きになれるのかな。
好きになってもらえるのかな。
 
 
 
  
 
 
 
 
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