第2部 第8話
 
 
 
「ノエル君、気をつけてね」

いよいよノエルさんがアメリカに旅立つ日がやってきた。

「うん」
「無理しないでね・・・ちゃんとご飯食べてね。睡眠も取ってね・・・」

お姉ちゃんはもう、今生の別れとばかりに今にも倒れそうだ。

ノエルさんはお姉ちゃんに頷いてみせてから、
パパの方を向いた。

「では、いってきます」
「ああ。頑張ってきなさい」
「はい」

お姉ちゃんが堪えきれずにハンカチで目を覆う。

「ノエル君、ノエル君・・・」
「ナツミ・・・あのなぁ」

ノエルさんは大きくため息をついた。
ついでも私も便乗させてもらう。

「お姉ちゃん。たった2日くらいアメリカに行くだけじゃない」
「そうだけど!」
「今だって、毎日会ってる訳じゃないじゃない。一週間に1度くらいでしょ?」
「会えなくても、東京にいるのとアメリカにいるのじゃ全然気分が違うの!」

そーゆーもん?

私とノエルさんは顔を見合わせて、もう一度ため息をついた。


ジュークスからは事実上内定を貰ったようなものだけど、
やっぱり一応面接は必要だ、ということで、
今日から2泊1日の超強行スケジュールでノエルさんはアメリカへ行く、で、帰ってくる。
学校があるからね。

そして律儀なことに、出発前に寺脇家に挨拶へ来てくれたんだけど、
お陰でお姉ちゃんがこの始末だ。

「来なくていいのに」
「うるさいぞ、弐号機。結婚はまだしてないけど、俺は一応寺脇家の人間として行くんだから、
その前に『お義父様』に挨拶するのは当然だろ」

いつから私は弐号機になったんだ。
エヴァンゲリオンか。

「じゃあ、飛行機の時間があるので、もう行きます」
「ノエル君!私、成田まで送るわ」
「え?いいよ、ナツミ」
「待った!」

私はノエルさんとお姉ちゃんの間に割って入った。

「私が送る!」
「なんだ。弐号機で成田まで運んでくれるのか?アスカ・ラングレー」
「任せて。初号機は家で待機せよ。じゃ、いってきまーす」

ポカンとしているパパとお姉ちゃんを残し、
私はノエルさんと家を出た。




「零号機は誰なの?」
「お前らのママだろ」
「あ、そっか。ちなみにアスカ・ラングレーのフルネームは惣流・アスカ・ラングレーよ」
「・・・」

私とノエルさんは弐号機・・・ではなく、電車で成田へ向かった。
家の車を頼もうとしたら、ノエルさんがお姉ちゃんのように「もったいない」と言い出したからだ。
いや、お姉ちゃんがノエルさんに影響されたのか。

それにしても電車なんて、いつ以来だろう。
切符の買い方もろくに分からない。

「さすがは姉妹だな。帰り、1人で大丈夫か?」
「帰りは家の車に迎えに来てもらうわ」
「・・・それなら、やっぱり車で送ってもらった方がよかったな」

それもそうだ。


土曜の午後だからか、電車の中は学生で溢れ返っている。
私達は乗っている車両の一番前の角で、壁にもたれるようにして立っていた。

「で、どういう風の吹き回しだよ。2号が俺を見送りにくるなんて」
「なんか弐号機から格下げされた感じね。まあいいわ。
・・・ねえ、やっぱり2人だけででも、結婚式しなさいよ」
「は?」

ノエルさんが、何を今更、という顔をする。
確かにもう12月だし、今から結婚式の準備をするのは大変だろう。

でも。

「お姉ちゃん、小さい頃からウエディングドレスを着た花嫁さんに憧れてたから、
その夢を叶えてあげてよ」
「なんだよ、急に。どうでもいいって顔してただろ、ずっと」
「そうだけど・・・
私も自分が結婚する時は、やっぱりちゃんとドレス着て、結婚式したいから」

ノエルさんはしばらく胡散臭そうな顔をしてたけど、
どうやら勘はいい方らしい。

「何かあったのか?」
「・・・あった、って程じゃないんだけど」


私は、数日前の出来事をノエルさんに話し始めた。






「お姉ちゃん。アクセ、貸し・・・あれ?」

ノックもせずにお姉ちゃんの部屋の扉を開いたけど、お姉ちゃんはまだ学校から帰っていないようで、
部屋の中は空っぽだった。

なんだ。明日の放課後、友達と遊びに行くからアクセを借りようと思ったのに。
ま、後でいいや。

そう思って扉を閉めようとした時、
お姉ちゃんの勉強机(本来の用途に使われているのをあまり見たことないけど)の隣に、
目がとまった。
正確には、勉強机の横に置いてあるゴミ箱・・・の、隣だ。

そこには、薄い、それでいてなかなかしっかりした作りの本が何冊も重ねて置かれていた。

なんだろう?

だけど、手に取ってみてすぐにわかった。
結婚式場のパンフレットだ。
高級ホテルのものからハウスウエディングのものまで、
様々なパンフレットが20冊近く、積み重ねてある。
中には、ウエディングドレス専門のパンフレットもあった。

お姉ちゃん・・・
お姉ちゃんはきっと、
ノエルさんとの結婚が決まってからこのパンフレットをワクワクしながら見てたんだろう。
何ページかは端が折られていて、お姉ちゃんが特に興味を示したのがわかる。
そういうページに載っているのは、
いかにもお姉ちゃんが好きそうな、かわいいパーティ会場やドレスばかりだ。

本当にちゃんと呼ぶべき人を呼んで結婚式と披露宴を挙げるなら、
会場は限られてくる。
それでもこうやってパンフレットを眺めるのは楽しいんだろうな。
その気持ちは、なんとなく分かる。

いつかは私も、こういう日が来るのかな。

だけど、ゴミ箱の横にパンフレットを積み重ねて置いてあるってことは、
お姉ちゃんはもうこれを捨てるつもりなんだろう。
結婚式もドレスも諦めたのかな・・・

もう、ノエルさん。
恥ずかしいなんて言わずに、タキシードくらい着てあげたらいいのに。

私はなんとなく、一番下に置いてあるパンフレットを開いた。

「あれ?」

他のパンフレットに比べると、随分とシンプルで薄い。
それもそのはず。これは結婚式関係のパンフレットじゃない。

これは・・・

私はペラペラとページをめくった。
その中の1ページで手が止まる。
いや、自然と止まった。

どうやらお姉ちゃんはそのページを随分と読み込んでいたらしく、
折り目にしっかり型がついていたのだ。
マーカー線もあちこちに引いてある。

「・・・」
「マユミ?」
「あ。お姉ちゃん」

振り向くと、学校から帰ってきたお姉ちゃんが扉の所に立っていた。
私は慌ててパンフレットを全て元の位置に戻す。

「どうしたの?」
「おかえり。ごめんね、勝手に入って。アクセ、借りようと思って」
「うん。いいよ」

お姉ちゃんはジュエリーボックスが置いてあるドレッサーの方へと歩いた。

「・・・お姉ちゃん、結婚式諦めるの?」
「うん。もういいの」
「どうして?ノエルさんがどうしてもタキシード嫌がるから?」
「ううん。違うの」

お姉ちゃんは少し微笑むと、
ジュエリーボックスを持ってベッドに座った。
 
 
 
  
 
 
 
 
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