第2部 第9話
 
 
 
ベッドに座ったお姉ちゃんは、
ジュエリーボックスを開いて中から幾つかアクセサリーを取り出した。
私も、お姉ちゃんと並んでベッドに座る。

「・・・この前の顔合わせの後、私、ノエル君たちを家まで送っていったでしょ?」
「うん」
「その時、ノエル君のお姉さんの和歌さんが、
『家族になるなら話しておいたほうがいいから』って教えてくれたことがあるんだ」
「なに?」
「うん・・・和歌さんね、赤ちゃん産めないんだって」
「へ?」

あまりに思いがけない話に、私は一瞬唖然とした。

「和歌さんが?」
「去年病気したらしくて。病気自体はもう治ってるんだけどね」

信じられない・・・凄く元気そうなのに。

「和歌さん、彼氏がいるらしいんだけど、赤ちゃんを産めないって分かったとき、
和歌さんは彼氏と別れようと思ったんだって。でも、彼氏が、それでもいいって言ってくれて、
今も付き合ってるらしいの」
「・・・そうなんだ」
「私は、100%赤ちゃんを産めるかどうかなんて分からないけど、
普通に好きな人と結婚できて、多分普通に赤ちゃんも産めて・・・
しかもノエル君はパパに跡取りとしても見込まれてるし、ノエル君のご家族も、
ノエル君を養子に出すことに何の反対もしてない。私、凄く恵まれてると思うのよね。
だから、結婚式くらいできなくても、文句言っちゃいけないと思うの」
「・・・」

それで・・・いいんだろうか。

確かに、「自分は恵まれてる方だから、文句を言っちゃいけない」と思って、
我慢しないといけないことってあると思う。

でも、今回のことはちょっと違う気がする。
他の人と比べて自分はどうだ、ってことじゃないでしょう?
ノエルさんとお姉ちゃんは、お互い好きで、周りからも祝福されて結婚する。
2人ともまだ学生だから本人はお金を持ってないけど、
うちも月島家も、結婚式の費用くらいは出せる。
小さな結婚式にするなら尚更だ。

それなのに、無理に結婚式を諦めなくてもいいんじゃない?
ノエルさんがタキシードを着るのなんて、ほんのちょっとの時間じゃない。
それくらい、お姉ちゃんが「お願い!」って強く頼んでもいいと思うし、
ノエルさんも、妥協してあげたらいいのに。

それに・・・

「お姉ちゃ、」
「はい、マユミ。このネックレスでいい?あ、マユミなら、こっちの方がいいかな?」
「・・・」

私を遮り、お姉ちゃんがネックレスを二つ、掌に乗せた。
お姉ちゃんはもう、この話をしたくないみたいだ。
自分の中で決めたことだから、周りに口出しして欲しくないんだろう。

「・・・うん。あっ、こっちのネックレスは?かわいい!」

私もわざと明るい声を出して、ジュエリーボックスの中のネックレスを勝手に取り出した。
天使の羽の形をしたネックレスだ。

「あ・・・それは・・・」

お姉ちゃんが赤くなる。

「はは〜ん、ノエルさんからのプレゼントね?よし、これ借りるわ」
「・・・」
「ふふ、冗談よ冗談」

私が天使の羽のネックレスをお姉ちゃんの手に乗せると、
お姉ちゃんはホッとしたように微笑んだ。







「・・・」

ノエルさんは、驚くでも怒るでもなく、無表情に電車の外を眺めている。

何から何まで話した訳じゃないけど、
お姉ちゃんが結婚式とドレスを凄く楽しみにしていたこと、
和歌さんの話を聞いてそれを諦めようとしていること、は、話した。

「2人だけなら、そんなに恥ずかしくないでしょ?だから・・・」
「もういいよ、わかったから」
「・・・」

ノエルさんの声は穏やかだ。
これがもし、怒っているような声で言われたら、私もムッとして言い返してただろう。
でも、ノエルさんは多分本当に「わかった」んだ。

だったら、もうこれ以上言わないほうがいい。

「あ。もう1つお願いがあるんだけど」
「何?」
「お土産買ってきてね!私に!お姉ちゃんへのお土産はないだろうけど。プププ」
「・・・何か聞いたのか?」
「いいえ〜別に〜。頑張って貯金してね」
「・・・」
「それと!柵木さんによろしくね。向こうで会うんでしょ?」
「ああ。会いたいわけじゃないけど」
「そんなこと言ってていいの?ふふ」
「・・・なんだよ」

嫌な予感がしたのか、ノエルさんは私に詰め寄った。

「何、隠してるんだよ?」
「ふふん。お土産、買ってきてくれる?」
「・・・わかった」

よっしゃ!

「前、柵木さんがどうしてうちにいたか分かる?」
「?商談だろ?寺脇さんと」
「いくらジュークスのエリートとは言え、
どうして一介の社員が寺脇コンツェルンのトップと直接商談なんかするのよ」
「・・・」

ノエルさんの顔が一気に曇る。

あはは、いい気味〜。
ノエルさんにこんな顔させられるなんて、私もなかなかやるじゃない!

「寺脇コンツェルンはたくさんの会社を持ってるけど、まだソフトフェア関係の会社はないの。
ジュークスから勉強のために社員を受け入れたり、こっちからも行かせたりしてるけど、
それは仕事そのものを勉強するというより、お互いの風土や戦略を学ぶためなんだって。
だから敢えて異業種の会社で勉強させているらしいの」

偉そうに言ってるけど、もちろん最近パパに教えてもらったのだ。

「・・・それで?」
「だけどパパも、コンツェルン内にソフトウェアの会社を作りたいってずっと思ってたらしくて。
で、ジュークスの社長に話を聞きたいって頼んだら、
『ソフトフェアの会社がどういうものかを知りたいなら、
社長である自分の話だけでなく、第一線で働いてる営業マンからも話を聞いた方がいいだろう』
って、柵木さんを寄こしてくれたんだって」

ノエルさんは一度私から視線を外し、
電車の天井を見てしばらく何かを考えていた。

が。

「まさか・・・」
「うちでソフトウェアの会社を正式に立ち上げるは数年後になるだろうから、
ノエルさんは日本に帰ってきたらまずその会社に入ることになるんじゃない?
何せ、ソフトウェア業界シェアNO.1のジュークスで仕込まれてる訳だし。柵木さんも」
「!!!!!」
「ま、パパがはっきりそう言った訳じゃないけど、随分柵木さんのこと気に入ってるみたいだし。
それに柵木さんの奥さんって日本人なんでしょ?
子供のことも考えると、アメリカに永住するのもなんだろうしねー」
「・・・」

ノエルさんは、今度は明らかに不機嫌になって、
視線を窓の外に戻したのだった。
 
 
 
  
 
 
 
 
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