第3部 第10話
 
 
 
着信を知らせるランプが点滅する。
「その他」グループの人を意味する、青色のランプだ。

私はレンゲに入った汁を飲み干して、
携帯のディスプレイを見た。


月島さん


月島さん?
和歌さん・・・じゃないよね、和歌さんは「和歌さん」って登録してあるし、
グループもその他じゃなくて「家族」だ。
それはノエルさんも同じ。

第一、ノエルさんは今アメリカだ。
もちろんアメリカからも電話できるけど、
わざわざ私にアメリカからかけてこないでしょ。

ってことは・・・

「マユミ。携帯鳴ってる」

師匠はラーメンをすすりながら、
テーブルに置かれた私の携帯に向かって軽く顎をしゃくった。

「うん。いいの」

私は携帯を無視し、餃子を箸でつまんだ。
師匠お勧めのラーメン屋さんだけあって、ラーメンはもちろん、餃子も美味しい。
うん、美味しい。美味しいぞ。
携帯なんて、どうでもいいんだから。

「でも、電話みたいだし」
「いいの」
「ああ。トラ男か」
「・・・」

なんで分かるんだろう。

しまったなあ。
伴野聖の携帯番号、消去するの忘れてた。
しかも「月島さん」で登録したままだ。

「出たら?」
「でも・・・」

師匠は嫌味を言ってる訳でも、
妬いてる訳でもなさそうだ。
でも、さっき伴野聖のことで喧嘩したばかりだし、さすがに気が咎める。

だけど師匠は私のことをよく分かってくれている。
私が電話に出やすいように、
「その代わりここで話せよ」と条件を出してくれた。

私は周りのお客さんを気にしながら、
携帯の話す部分を軽く手で覆って電話に出た。

「・・・もしもし」
「マユミ?今、いいか?」
「全然ダメ」
「大丈夫みたいだな」

ダメだって!

師匠は気にすることなくラーメンを食べてるけど、
私の声は絶対に聞こえてる。

私はわざと素っ気無く言った。

「なんか用?」
「相変わらず冷たいな。せっかく雇い主にちゃんと報告入れてやろうと思ったのに」
「雇い主?私が?雇った覚えないけど」
「まあ、聞けよ。田上沙良が早速電話してきたぜ」
「え?嘘!?」

思わず大きな声を出してしまい、
私は慌てて声のトーンを落とした。

「あの女子高生が、あんたに電話してきたの!?」
「ああ。メールじゃなくて電話だ。こりゃ大いに脈アリだぜ」
「それでなんて?」
「『伴野さんのこと知りたいので一度会いませんか』ってさ」

うわ!何それ!?
脈アリ過ぎ!!

電話の向こうで伴野聖の得意げな声がする。

「どーだ?大したもんだろ。これであの先生も解放されるぞ」
「・・・そうね、ありがとう。助かったわ。じゃあね」

私はそう言うと、携帯を耳から離し通話を終わろうとした。
が、伴野聖も鋭い。

「お?なんだよ、やけに素直だな。つーか、早く携帯切りたそうだな。
さては、彼氏と一緒だな?」
「・・・」
「ふふん。図星か。よし、じゃあもうちょっと話してようぜ」
「さよなら」
「報酬、何にしようかなー?」

はあ?

「ふざけないでよ。別にあんたを雇った訳じゃないし。
それにお礼なら昨日ご馳走したでしょ?」
「先生と田上沙良を完全に引き離す為には、ちょっとくらい田上沙良と付き合わなきゃいけないだろ?
そしたら金も時間もかかる。夕飯一回奢ってもらったくらいじゃ割りにあわねーよ」
「・・・何が欲しいのよ?」
「んー。そうだ、マユミ持ちでデートしようぜ」
「なんであんたとデートなんか、」

ハッとして顔を上げると、
どーゆー話、してるのかなー?という師匠の目と出会った。

軽く咳払いをして、冷静さを取り戻す。

「お断りします」
「はは。引っかかったな。今のお前の彼氏の顔、見てみたかったぜ」
「・・・」
「デートは冗談だ。身体で支払え」
「は?」
「ちょっと支払い不足だけど」

私は勢い良く椅子から立ち上がった。

「ふざけんじゃないわよ!!おつり、
まくりでしょ!!!」
「あ、そっか、処女だっけ?じゃあ、まあとんとんだな」
「とんとん!?」
「いや、俺がイロイロ教えてやるから、むしろ授業料を貰わないと・・・」

私は携帯に穴が開きそうな勢いで、
携帯の電源を切った。







「伴野さんて凄いわね。かっこいいもんね」
「あんな彼氏がいる和歌さんが言うと、嫌味以外の何物でもないですよ」

怒り心頭のまま家に帰った勢いで、和歌さんに早速電話してみた。

師匠は、というと、怒るかと思いきや全くそんなことはなく、
いつも通り私を家まで送ってくれた。
ただ別れ際、「キスマークって嫌いだなー。なんか動物のマーキングみたいじゃん?」と言いつつ、
何故か私の首筋にキスマークをつけた。

訳がわからない。

「実はさっき、彼からも連絡があったの」
「そうなんですか?なんて?」
「『今日の田上はやたらさっぱりしてる』って」
「よかった!効果、ありましたね」
「うん、本当にありがとう。でも、彼、ちょっと残念そうだった」
「え?なんで?」
「さあ。迷惑してたとは言え、
自分のことを慕ってくれてた女の子が別の男の人に乗り換えちゃうのは面白くないんじゃない?」
「・・・勝手ですね」
「ほんと、そうよね」

和歌さんの楽しげな笑い声がする。

勝手と言えば、
師匠も勝手にキスしまくってくるし、
ノエルさんもお姉ちゃんを置いて勝手にアメリカ行っちゃうし、
伴野聖に至っては、勝手なんてレベルじゃない。

男って勝手な生き物なんだなぁ。
でも、女はどうなんだろう。

私は首筋につけられた紅いアザをそっと触った。

「和歌さん」
「なに?」
「私の彼氏、やたらと身体を求めてくるんです。どう思います?」
「ど、どうって・・・」

和歌さんの焦ってる顔が目に浮かぶ。
ウブな人だ。

「応えるべきだと思います?嫌なら拒み続けるべきだと思いますか?
それって勝手ですかね?」
「私は後者、だと思う。・・・私もそうだったし」
「あー。そんな感じですね」
「・・・。でも、嫌だからって訳じゃなかったの。怖かったり恥ずかしかったり、だったの」
「嫌じゃなかったんですか」
「うん。だって相手は好きな人だもの」
「・・・」

和歌さんが言っているのは、至極当たり前なことだ。
好きな人となら、怖かったり恥ずかしかったりしたとしても、嫌じゃないよね、普通。

私も、今更ながらだけど、師匠のことを好きだと思う。
師匠も「本気になるなよ」と言いつつ、私のことを結構本気で好いてくれてると思う。

なら、どうして私は師匠を拒んでいるんだろう。
別に拒む理由なんて、なくない?

「・・・よし。和歌さん、私頑張ってみます」
「そ、そう。頑張ってね」
「はい!また結果報告しますね!」
「・・・別にしなくていいけど・・・」

私は和歌さんの言葉はもはや耳に入ってこず、
1人で拳を作って「頑張るぞ!」と気合を入れた。
 
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system