第3部 第15話
 
 
 
今まで宿題なんてろくにやったことがなかったけど、
師匠からの宿題となると、そうも言っていられない。

私は家に帰るなり、机にかじりついた。


図書室で師匠と一緒に勉強していて分かったけど、師匠って頭が凄く良い。
そして、私って頭が凄く悪い。
・・・後者は元々分かってたことだけど。

とにかく、私のお馬鹿振りを目の当たりにした師匠は、
「明日までにこのページの問題、全部やって来い!」と半ば本気で怒りながら私に宿題を課した。

何よ、何よ。
私だって、本気で頑張れば、こんな問題くらい・・・

分かんない。

お姉ちゃんに聞こうかという考えが一瞬頭をよぎったけど、
時間の無駄になるのは明らかだ。

じゃあ、師匠に聞く?
でも師匠、携帯持ってないから、私からは連絡できないんだよね。
今日も、タイミングよくかけてきてくれないかな・・・

そう思って携帯を開くと、突然携帯が震えだした。

うわ!超以心伝心じゃん!

と、思ったら。

・・・なんだ、和歌さんからだ。
って、どうしたんだろ。

私は早速通話ボタンを押した。

「マユミちゃん?電話に出るの、早いね」
「はい。ちょっと携帯と睨めっこしてたんで」
「変わった趣味ね」

ええ、まあ。

「そうだ!和歌さん、数学の問題教えて欲しいんですけど!」
「いいわよ」

さすが和歌さん!頼りになる!!

「えーっと、因数分解の問題で―――」


その後、若干噛み合わないやり取りをすること10分。
(私が、あまりにも因数分解の公式を覚えていなかったため、
和歌さんが何を言っているのか理解できなかったのだ)

「わかったー!!!」
「そ、そう・・・ふう」

一仕事終えた感じで和歌さんがため息をつく。

「ありがとうございました!これで彼に馬鹿にされずに済みます!」
「お役に立てて良かったわ。じゃあね」
「はい!おやすみなさい!・・・あれ?和歌さん、私に何か用事だったんじゃないんですか?」
「あ!そうだった!」

案外おっちょこちょいなところがあるもんだ。

和歌さんは咳払いをすると、「田上沙良さんのことなんだけどね」と言い出した。

「彼に付きまとうのはもうすっかりやめたみたい。マユミちゃんと伴野さんのお陰よ」
「いえいえ、よかったです。和歌さんの彼氏、まだガッカリしてますか?」
「ちょっとね」

男って勝手だ。

「ただね・・・彼が見る限り、どうも田上さんは伴野さんに相当入れ込んでるらしいの」
「男の趣味、悪いですね」
「・・・」

あ。田上沙良は伴野聖の前は和歌さんの彼氏のことを好きだったんだっけ。
失言、失言。

和歌さんがもう一度咳払いする。

「田上さん、友達に伴野さんとのことを言い回ってて・・・彼、心配してるの。
今度は伴野さんが迷惑してるんじゃないかって」
「いや、伴野聖のことなんてどうでもいいですよ」

間髪入れずにそう言うと、和歌さんは戸惑ったように「そう?」と言った。

和歌さんの彼氏は、
伴野聖が私に頼まれて、
田上沙良から和歌さんの彼氏を解放するために田上沙良に近づいたのを知っている。

だから伴野聖のことを心配してるんだろうけど・・・

「適当に振られるようにもって行くって言ってたし」
「うん、そうなんだけど。大丈夫かな?」
「大丈夫です、大丈夫です」

伴野聖が撃たれようが刺されようが、私には関係ない。
まあ、もし死んだら香典くらいはくれてやろう。

・・・死んだら、か。

「・・・わかりました。伴野聖に電話してみますね」
「ありがとう。よろしく伝えといて」
「はい」

私は携帯を切ると、そのまますぐ伴野聖に電話をした。
まだ「月島さん」で登録したままだ、と気付いたけど、
それは今は後回しだ。

とにかく「月島さん」の番号にかける。


トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル・・・


「・・・」

呼び出し音が幾ら耳元で鳴っても、伴野聖は一向に電話にでない。

大学の講義中かな?
あいつが、真面目に授業を受けてるとは思えないけど。
それに、もう夜の8時だ。
もしかしたら、サークルか何か・・・あ、劇団の練習中とか?


別に伴野聖が死んでも構わない。
でも、田上沙良は和歌さんの彼氏に「付き合ってくれなきゃ自殺する!」とまで言った女だ。
同じことを伴野聖に言ってるかもしれない。

そして、和歌さんの彼氏は優しいからそんな田上沙良と付き合ってあげていたけど、
あの伴野聖のことだ。「死にたきゃ、死ねば?」とかサラッと言うに違いない。

待ってて、田上沙良!
早まっちゃダメよ!
私が伴野聖にガツンと言ってやるから!


だけど、いつまでたっても伴野聖は電話にでなかった。






「珍しく、いやに真面目に授業聞いてたね」
「いつも通りよ」

私が澄ましてそう言うと、有紗はお腹を抱えて笑った。

「よく言う!古文の授業なんかいっつも寝てるくせに!」
「・・・」

そりゃ昨日あれだけ師匠に呆れられたら、
ちょっとは真面目に授業を受けようかなって思うわよ。

「見てなさい。次のテストは学年トップ取ってやるから」
「無理無理。トップはいつも的場君じゃない」
「え?そうなの?」
「うん、うん。的場君、ああ見えて頭いいんだから」

ああ見えて、って。
有紗もちゃんと分かってるらしい。

私は胸を張った。

「私の彼氏だって、いつも学年トップだもん!」

お姉ちゃんと違って。

ところが。
私の言葉を聞いた瞬間、有紗の顔から笑みが消えた。

「有紗?」
「マユミの彼氏って・・・昨日、教室まで迎えに来た人よね?」
「うん」

有紗の顔が強張る。

「やめといた方がいいよ、あの人」
「え?」
「的場君に聞いたんだけど、あの人ヤクザなんだって」
「・・・は?」

ヤクザ?
ヤクザって、あのヤクザ?
顔に傷がついてて、拳銃で打ち合いとかやってる?

師匠が?


有紗は声を低めた。

「結構有名らしいよ。1年の時にクラスメイトをボコボコに殴って病院送りにしたとか、
学校の外でいかにもヤクザって感じの怖いおじさんと仲良さそうに話してたとか・・・
いろんな噂がある」
「・・・」
「的場君、心配してた。
『寺脇、なんであんなのと付き合ってるんだ。ヤクザって知ってるのか』って」
「・・・そう」

師匠は家出をして、今は「家出人収集家さん」のお家でお世話になってるらしい。

実家がヤクザで、それに嫌気がさして家出したんだろうか。
でもそれなら、「いかにもヤクザって感じの怖いおじさん」と仲良くしないだろう。
ってことは、今いる家がヤクザの家なのか。


教科書を鞄にさっさと入れ、立ち上がった私を見て、
有紗はちょっと焦ったように言った。

「マユミ、帰るの?」
「うん。バイバイ」


私は有紗を見もせず、一目散に教室を飛び出した。
 
 
 
  
 
 
 
 
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