第3部 第16話
 
 
 
有紗から、師匠はヤクザだと聞いた私は、
ショックの余り何も考えずに家まで走って帰った・・・りはしない。

家まで走ってたんじゃ、日が暮れるどころか日が昇る。

だから約束通り、今日も図書室へ向かった。


「遅い」

図書室の前の壁にもたれていた師匠が、
私を見つけて背中を浮かせた。

「ごめん!友達と話してたの」
「まあ、いいけど。・・・宿題できたか?」
「うん」

師匠の目が大きく開く。
大袈裟でもなんでもなく、純粋にめちゃくちゃ驚いてるらしい。

どうしてよ。
私だってこれくらい・・・和歌さんに教えてもらったもん。

「マユミが絶対解けないようなすげえ難しい問題だったんだぞ、あれ」
「そんな問題を宿題にしたの?意地悪ね。でも、あんなの楽勝よ」
「自力で解けたのか?」
「T大生に教えてもらった」
「・・・反則過ぎるだろ」

師匠は図書室の扉を開けつつ、
不機嫌そうな声を出した。

「俺が教えてやろうと思ったのに・・・」

私にいいとこ見せたくて、わざと難しい問題を出したのね?

「見栄っ張り」
「・・・」
「てゆーか、子供、ね」
「・・・」

ますます不機嫌になる師匠。
でもそんな師匠がなんだかかわいらしくて、
私は声を押し殺して笑った。
図書室の中だもんね。

「って、少な!テスト前なのに、ほとんど誰もいないじゃん」
「マユミだって、今まで図書室なんて来たことないんだろ?」

そうですけど。

私は、師匠と一緒に一番隅の机に鞄を置いて、
図書室中を眺めた。

いち、にい、さん、しい・・・

10人もいない。
しかも図書室が馬鹿デカイから、密度も薄い。

堀西の生徒って、本当に勉強に興味ないんだな。
私もだけど。


それにしても・・・

私の目は、今度は人から本へと移った。

堀西の図書室って、こんなにたくさん本があるんだ。
大学の図書室はもっと大きいって噂だから、
(図書室だけで一つの建物になってるから、図書室というより図書館だ)
ここより本があるのかな。

古文書でもありそうな勢いだ。

普通の声で話しても、誰の耳にも届かないほど他の人とは離れているけど、
それでも一応、音のない息だけのような声で師匠に話しかける。

「凄い数の本だね」
「ああ。そんじょそこらの市立図書館より、よっぽど揃ってる」
「へえ・・・師匠って、よく図書室来るの?」
「うん。勉強する時はいつもここ。家だと集中できないから」
「・・・」

家。
それって・・・

「えへへへ」
「何、急に笑ってるんだよ」
「ううん。なんでもない」
「変な奴。さっさと勉強始めようぜ」
「うん!」

私は、ニヤける顔を左手で隠しながら教科書を開いた。



ここのところずっと、私は師匠の態度にヤキモキしていた。
でも有紗の話を聞いて、それが一気に晴れた。

師匠は付き合う前に私に「本気になるな」と言った。
あれは、本気になられると面倒臭いからそう言っただけなのだと私は思ってたけど、
どうやらそうではないらしい。

師匠はきっと、自分の彼女を危険にさらしたくないんだ。
だから、自分も本気にならないし、相手にも本気になられたくない。

でも、私は本気になりつつある。
それに師匠も・・・。
私の自惚れなのかもしれないけど。


私は既に勉強モードに入っている師匠の横顔を見た。

「・・・ねえ。話しかけてもいい?」
「もう話しかけてるだろ。何?質問?」
「うん」
「どの問題?」
「師匠はどうして私を抱かないの?」

師匠がギョッとする。

「こんなとこでそんな話・・・」
「どこでも押し倒そうとする師匠に言われたくない」
「・・・」
「ねえ、どうして?」
「どうしてって・・・」

ふふふ。
焦ってる、焦ってる。

でも、いつまでたっても答えてくれそうにないから、
私から答えを提示してみよう。

「これ以上私を好きになりたくないから、でしょう?」
「大した自信だな」
「はずれ?」
「・・・さーな」

師匠はぷいっと顔を逸らすと、教科書に目を戻した。


師匠のこの膨れっ面が好きだ。
怒った時のちょっと怖い顔も、
お姉ちゃんの失敗談を聞いて笑う横顔も。


堀西学園、実家、家出、家出人収集家さん、空手、友達、勉強・・・
そんな全てが今の師匠を作っている。
どれか一つ欠けていても、師匠は師匠じゃなかっただろう。

だから、その一つ一つに感謝したい。


私は、誰も私達を見ていないのを確認してから師匠にキスをした。

「・・・なんつー大胆なことを・・・」
「お互い様でしょ」
「・・・」
「明日は、うちで勉強しようね」
「なんの?」
「内緒」


師匠は「俺って結構博愛主義者なんだなー。知らなかった」と言って笑った。
 
 
 
  
 
 
 
 
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