第3部 第17話
 
 
 
あの日以来、師匠は以前のようにちょくちょく私の家に来てくれるようになった。
でも、やっぱり私に手を出そうとはしない。

だけど、もうそんなことはどうでもいい。
だって、師匠が我慢しているのが分かるから。

我慢してるってことは、もう私のことを本当に好いてくれているってことだから。

充分だ。


そして学年末テストも無事終わり、
(私は過去最高得点だった!師匠は過去最低。私の勉強を見てくれてたせい・・・か?)
春休み初日の今日、
ついに我が家に新しい家族ができた。

「おめでとう」

今日くらいは素直に言ってあげよう。

「ありがとう」

お姉ちゃんと、昨日帰国したばかりのノエルさんの2人も、
素直にそう応える。

2人はさっきお互いの両親と一緒に、
入籍と養子縁組を済ませてきた。


2人は夫婦になったんだ。


「これで今日から、寺脇ノエル、ね」
「・・・養子になるのはいいけど、2号の親族になるのは嫌だな・・・」

何を今更。

「それにしても、まさか自分の苗字が変わる日が来るなんて、
夢にも思わなかった」
「そうよね。ノエル君は男の子だし、長男だし」

ノエルさんの隣でソファに座ってそう言うお姉ちゃんは、
冷静な振りをしているけど、
嬉しさと興奮で、内心ドキドキしているのがその目の輝きから分かる。

こういうのを「幸せオーラ」って言うんだろうな。

「・・・いいなあ。私も早く結婚したい」

思わずそんな言葉が口からこぼれた。

するとお姉ちゃんがすかさず突っ込んでくる。

「師匠と結婚したらいいじゃない!私、師匠が弟になったら嬉しいなあ」
「えー?師匠と?」
「ちょっと、マユミ。師匠じゃ何か不満なの?」

不満は何もない。
あるのは、師匠の方だろう。

不満っていうか、
師匠は、誰とも結婚する気がないんだと思う。
自分がヤクザの家の人間だから。

だから・・・萌加さんを振った?

私の勝手な想像だけど、
師匠も萌加さんのことを好きだったんじゃないだろうか。
だけど萌加さんが自分に本気なのを知り、自ら身を引いた。

師匠のやりそうなことだ。

私とは、最初はお互い本気じゃなかったから、
簡単に付き合い始めたんだ。

今は、どうなんだろう。
師匠は、今はもう萌加さんのことをどうも思ってないんだろうか?
かつて萌加さんを好きだったのと同じくらい、私のことを好きなんだろうか?

「マユミ?携帯が鳴ってるわよ?」

いつの間にか考え込んでいた私は、
お姉ちゃんの言葉で我に返り、携帯を開いた。

「・・・あ。『月島さん』からだ」
「は?」
「ううん。なんでもない」

ラブラブな2人をリビングに放置し、
急いで廊下に出る。
ついでに家も出て、庭のベンチに腰を下ろす。

「月島さん」との会話は、
必ずと言っていいほどバトルになるから人に聞かれたくない。

「はい」
「なんだよ?」
「へ?」
「何の用だ?前、ワン切りしたろ?」

・・・ああ。
テスト前に、和歌さんに頼まれて、
伴野聖と田上沙良の進捗状況(?)を確認しようと電話したことを言っているんだろう。

「ワン切りじゃないし。3回、コールしたよ」
「もうちょっと頑張れよ」
「私、あんたと違ってそんな暇じゃないのよね」
「・・・。で、何の用だよ」
「あー、私はどうでもいいんだけど、」
「・・・」

和歌さんの心配を伝えてやると、
伴野聖は電話の向こうで感涙にむせた・・・りはしない。やっぱり。

代わりに得意げな声がする。

「言った通りだろ?田上沙良はすっかり俺に夢中だぜ」
「あっそ。よかったね。ちゃんと付き合ってるの?」
「一応は。でも、そろそろ面倒になってきたなー。やることやったし」
「・・・」
「もう別れてもいいよな?1ヶ月以上も付き合ったんだぞ?」

短すぎないか。

「勝手にしてちょうだい。でも、田上沙良が和歌さんの彼氏の所へ戻らないようにだけは、
気をつけてよ」
「それは大丈夫。沙良のやつ、
『先生、やっと彼女できたらしいよ』って上から目線で言ってたから」
「ふーん」
「さあ、どうやって振ろうかなー」
「幻滅させるんじゃないの?素を出せばいいだけだから、簡単じゃない」
「それじゃあ、余計に惚れられるだろ」

田上沙良もそこまで悪趣味じゃあるまい。
てゆーか、伴野聖のこの意味不明な自信はどこからくるのか。

「けど、予想外なくらい俺に惚れてるからな・・・
ちょっとやそっとじゃ、幻滅してくれそうにないんだよ。困ったな」
「全然困ってそうな声じゃないけどね。適当に頑張ってよ」
「誰のせいでこうなったと思ってんだよ。
・・・そうだ。マユミ、もう春休みだろ?明日暇か?」
「ううん。明日からグアムに行くの」
「ほー。生意気なガキだな。土産、よろしく」

あんたにお土産買うくらいなら、
海にお金をばら撒いた方が有意義だ。
プランクトンの餌にはなるだろうから。

「いつ戻ってくるんだ?」
「来週の土曜」
「んじゃ、日曜に裏竹下通りのカフェJに来い。11時な」
「は?なんで?」
「いいから。可愛い格好してこいよ」

伴野聖はそれだけ言うと、
私に「嫌だ」と言う間を与えず電話を切った。

何、あいつ。
なんで私が伴野聖なんかに呼び出されなきゃいけない訳?
それに、グアムから帰ってきた翌日なんて師匠と会う約束してるに決まってるじゃん。

・・・でも、伴野聖、なんでもなさそうな感じだったけど、
実は、和歌さんの彼氏みたいに田上沙良に付きまとわれて困ってるのかな。
それで、私に助けて欲しい、とか?

でも!伴野聖を助けてやる義理なんて、私にはないわ!
あいつは、私にとんでもないことしたんだから!

・・・でも、田上沙良のことを伴野聖に頼んだのは私だしな・・・


でも・・・でも・・・


うーん、どうしよう。

  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system