第3部 第20話
 
 
 
私は、足が地面についているかいないかの、
フワフワした足取りで街を歩いた。

昨日は寒かったけど今日は幸い暖かいので、
春用のブーツとワンピースだ。
鞄も春物。

本当はどれも師匠とデートする時におろそうと思っていた新品だ。
でも、伴野聖に「かわいい格好で」と言われたので仕方なく使うことにした。

いや、伴野聖なんかの言うことを聞く必要なんて1ナノもないけど、
(もはやミリの世界ではない)
今日の私は機嫌がいい。
だからまあ、ちょっとくらい言う通りにしてやってもいいかな、と思ったのだ。

私のフワフワ気分の理由はもちろん昨日の師匠とのことだ。
別にしたかった訳じゃない・・・とは言え、やっぱり嬉しかった。

前は「欲望をぶつけるだけの乱暴なセックス」という感じだったけど、
昨日は「恋人同士のエッチ」という感じで、
私はさすがに緊張が解けなかったし痛かったけど、それなりに楽しめた。
師匠がどうだったかは言わずもがな、だ。

師匠、私を本気で好きにならない為に、我慢してたんじゃないの?
単に身体的に我慢の限界が来たの?

それとも・・・

へへへ、まあなんでもいいや。


だけど、
私のフワフワ気分も伴野聖と待ち合わせたカフェに着くまでのことだった・・・。






「そういう訳なんだ、ごめんね。沙良」

どーゆー訳だ、どーゆー。

私は突っ込みを入れたいという衝動をなんとか堪えた。
だって私の前には顔を引きつらせた田上沙良が座っているから。

前、遊園地で見たときも中々かわいい子だとは思ったけど、
それに拍車がかかった気がする。
でも、この表情じゃあその美貌も台無しだ。

ちなみに隣にはエセ・伴野聖。
田上沙良の隣じゃなくて、私の隣、ね。


伴野聖は「全く、困った奴なんだから」という半困惑・半オノロケの視線を私に向けた。
はっきり言って、鳥肌モンなんですが。

「このマユミちゃんが、どうしても僕と付き合いたいって言って聞かないんだ」

ほー。誰がいつどこでンなこと言った?

「僕は沙良も大切だけど・・・どうしてもマユミちゃんのことを放っておけないんだ。
僕がいなきゃ死ぬ、とまで言ってくれてるし」

和歌さんの彼氏に、
「付き合ってくれなきゃ死ぬ!」と言った田上沙良といい勝負だな、そのマユミって女。
って、私のことか。
って、おい。

私は、田上沙良が動揺を隠すようにレモンティーを飲んでる数秒間、
伴野聖に目で
やりを飛ばした。

――― ふざけないでよ!!
――― 黙って話合わせろ。
――― 何で私が!
――― 誰のせいだと思ってんだ。

そして田上沙良がティーカップから目を上げた瞬間、
伴野聖はエセ伴野聖に変身し、
ついでに私もエセ伴野聖に恋する「マユミちゃん」に変身した。

ほんと、なんで私が。
でも、今更「これは嘘です」って田上沙良に説明するのも面倒臭い。

私は申し訳なさそうな声で言った。

「田上さん。ごめんなさい。
私、どうしても伴野さんと一緒にいたいの」
「・・・」

おお。言ってて気持ち悪っ!!

田上沙良は怒りに燃える目で私と伴野聖を睨む。
伴野聖は田上沙良から見えないところで私に向かって指でOKサインを作って見せる。
私はテーブルの下で思いっきり伴野聖の足を踏む。

なんなんだ、この3人は。

だけど、伴野聖が言っていた通り、
田上沙良はプライドが高い女らしい。
本当ならそれこそ「ふざけないでよ!」と喚き散らしたいところだろうが、
(その権利はあると思うし)
田上沙良は見上げた根性でそれをグッと堪え、
微笑みさえ作って言った。

「そう。まあ、私も聖さんに強引に言い寄られて付き合ってただけだしね。
マユミさん?だっけ?どうぞ、聖さんのこと、さしあげます」

いりません、こんなモノ
と、心の中で呟きながら、
私も感激したような笑顔で「ありがとうございます!」と言った。

「ありがとう、沙良。君の事は忘れないよ」
「それはどうも。じゃあね」

田上沙良は何の未練もないような素振りでカフェから出て行った。
そして、カフェの窓づたいに外を歩き出し・・・
一瞬、私達の方を見た。

それは、窓ガラスを打ち砕きそうな勢いの視線だった・・・


「かわいそう、田上沙良。田上沙良は何にも悪くないのに」
「先生のこと追っかけ回してたんだろ?」

すっかり素に戻った伴野聖が、
カップの中のコーヒーをのんびり飲み干す。

「それでも・・・こんな振られ方、やっぱりかわいそうだよ」
「これくらいやったほうが、俺に対する恨みの反動ですぐに立ち直れるさ。
中途半端に引き摺らせる方が、かわいそうだ」
「・・・」

そういうものなのかしらね。
恋愛初心者の私にはよく分からないけど、
伴野聖は伴野聖なりに考えているらしい。

私は気を取り直してメニューを開いた。

「お腹すいた!パスタセットがいいなー」
「馬鹿。まだ仕事は残ってるぞ」
「へ?」

伴野聖は伝票を持つとさっさと支払いをしてコートを羽織った。
そして「ほら、お前も行くぞ」というように軽く顎をしゃくる。

なんなのよ。
もう、私はお役御免でしょう?

だけど伴野聖はカフェを出ると、
私に腕を差し出した。

「ほら、組め」
「なんで?」
「沙良のことだから、どっかで見てるかも」
「・・・」

ありうる。
私は言われた通りに腕を組み、
恋人同士っぽく伴野聖に寄り添った。
でも、目だけはあちこち動かして田上沙良を探す。

「・・・ちょっと、どこまでこうやって歩かなきゃいけないの?」
「俺の家まで」
「はあ?」
「沙良も、2人で俺の家に入っていったら諦めるだろ」
「そうかもしれないけど、どうして私がそんなことまで!」
「乗りかかった船だろ。それに、ここであっさり別れたら、
沙良に演技だってバレるかもしれない」

むぅ。

「家で何か食べ物出してよね!お腹すいてるんだから!」
「そういや、ファンの子から昨日貰ったキハチのロールケーキが冷蔵庫に・・・」
「よし。それで手を打とう」

私は、キハチのロールケーキのため!と割り切り、
かろうじて伴野聖の「彼女」を演じ続けた。

 
 
 
  
 
 
 
 
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