第3部 第21話
 
 
 
伴野聖の家が遠かったら、ずっと腕を組んでなきゃいけないの!?
と内心うんざりしていたけど、
幸いなことに伴野聖の家は、待ち合わせたカフェから徒歩で5分ほどのところにあった。

表参道近くの高級マンション。
エントランスから設備から何から何まで、本当に「高級」だ。

床の大理石が鏡のようにピカピカに磨き上げられてるので、
私はスカートの中が映るんじゃないかと気が気じゃなかった。

「1人暮らしするって言ってなかったっけ?」
「よく覚えてるな。ああ、ここで1人暮らししてる。
伴野建設が所有してるマンションなんだ」
「ボン」
「てめーに言われたくねーよ」

寺脇建設も伴野建設も、建設会社としての規模に大差はない。
だけど、寺脇建設は寺脇コンツェルン内の会社で、
伴野建設は単独の会社だ。
そこが大きく違う。
例えば建設業界が不景気になったとき、
寺脇建設は寺脇コンツェルンからいくらでも援助を受けられるけど、
伴野建設は自力で頑張らないといけないのだ。

・・・パパに教えてもらったことだけど。

でも、このマンションを見る限りは、
伴野建設も私が思っている以上に大きな会社なのかもしれない。


伴野聖の部屋は最上階ではないものの、かなり上の方の階にあった。
内装も、マンションの概観に引けを取らない立派なものだ。
1人暮らしとは思えないほど広くて、部屋もいくつもある。

でも、置かれている家具は、
半透明の衣装ケースや簡単な組み立て式の棚とかで、
部屋の雰囲気に全く合っていない。

そして、それより何より・・・

「どうしてリビングにベッドが置いてあるの?」

そう。リビングの端にパイプ式のシングルベッドが鎮座している。
それも、置いてあるだけではなくちゃんとベッドとして使われているようだ。

伴野聖は、唯一ちゃんとした家具と言える大きなソファに私を座らせると、
キッチンスペースへ向かった。

「俺、このリビングの中だけで生活してるから」
「他の部屋は使ってないの?」
「ああ。ここで食って寝てる」
「・・・」

もったいない。
でも、男の人の1人暮らしってそんなものなのかな?
私は、ベッドルームがあるならベッドルームでちゃんと寝たいけどなあ。

私が部屋を見回していると、
伴野聖はコンロに鍋を置き、何かを温め始めた。
が、鍋はそのまま放置し、手ぶらで私の方へやってくる。
そして当たり前のようにソファの上に私を押し倒した。

「・・・何やってるの?」
「恋人を演じるなら、最後まで演じきらないと。
俺、役者だからさー」

私が伴野聖の股間を蹴り上げようとすると、
伴野聖は大した反射神経でパッと私の上から飛び退いた。

全く、男ってのは!!!

「お。沸いた沸いた」

伴野聖は、どれだけ切り替えが早いのか、
何事も無かったかのようにキッチンへ戻る。

本当に・・・どうしてくれよう、この男。

「ギリギリセーフだ。完全に沸騰すると台無しだからなー」
「何が?」

私が胡散臭そうに横目で伴野聖を見ていると、
伴野聖は大きめのマグカップを二つ持ってきた。
コーヒーでも入ってるんだろうけど、マグカップの柄が全然一致してない。

大方、別々の女からのプレゼントなんだろう。

そう言えば・・・

私は自分が座っているソファを指で触れた。
ソファと言っても本当に大きい。
部屋の隅のシングルベッドよりずっと。

もしかしたら、このソファは「女用」なのかもしれない。
さっきの私のように、きっと何人もの女がここに押し倒されたんだ。

まあ、伴野聖の股間を蹴ろうとしたのは私くらいだろうけど。

思わずソファから身を浮かし、
ソファの淵にちょこんと座り直した。

だけど伴野聖はお構い無しに私の横にドサッと腰を下ろし、
ソファの前のテーブルにマグカップを並べて置いた。
予想に反してその中からは紅茶の香りがする。

「っと。ロールケーキだったな」

伴野聖がもう一度立ち上がり、
今度は冷蔵庫からキハチの箱を取り出してテーブルに置く。
箱を開くと、デーンとボリュームのあるロールケーキが登場した。

「そっか、切らないとな」

伴野聖は包丁を持ってくると、
ロールケーキが乗っている台紙の上で、
10センチはあろうかという太さにロールケーキを切った。

「あ。皿、皿」

と、また立ち上がり、今度は食器棚へ。
食器棚と言っても、メタルラックに食器が置いてあるだけだけど。

そして、もはや太巻きの勢いのロールケーキを、
包丁と手をちょっと使って、小皿に置く。

「あー。フォーク、フォーク」

また立ち上がろうとした伴野聖を見て、
私は吹き出した。

「あはははは、もういいよ。手で食べるから」
「そうか?んじゃ、手で食おうぜ。俺はこういうのはいっつも手で食うし」
「ええ!?そうなの?信じられない!」
「やっぱフォーク持ってこようか?パスタ用のでかいフォークしかないけど」
「ううん。いい。ロールケーキの手づかみ初体験、やってみる」

私は右手で小皿を持ち、
左手でロールケーキをつまむ・・・いや、こんな太いロールケーキ、つまめない。
握るって感じだ。

という訳で、ガシッとロールケーキを握って大きな口で頬張ってみる。
ママが見てたら、絶対怒る光景だ。

「美味しい!」
「そーだな。久々にこんなの食った。たまに食うと美味いな」
「たまにじゃなくても美味しいよ!」

一旦太巻き、じゃなかった、ロールケーキを小皿に戻し、
今度は紅茶を一口飲んだ。

・・・え?

「おいしい!すごく、おいしい!!」
「やっぱり?」

私は素直に感動し、頷いた。

「すごい!これ、あんたが入れたの!?」
「ああ」
「どこの紅茶?なんて葉っぱ?」

すると伴野聖は、またまたソファを立ち、
キッチンの裏から見覚えのある箱を取り出した。

「これ」
「これ?これって・・・」

よくテレビCMで見る、ごく一般的なティーバックだ。

「葉っぱからいれたんじゃないの?」
「俺がそんな面倒なことわざわざする訳ねーだろ」

それもそうだ。

「英国式に入れてみただけ」
「英国式?」
「お湯を使わずに、温めた牛乳で紅茶を出すんだ。英国式ミルクティ。
ティーバックだけど」
「へえ・・・」

すごい・・・ティーバックでもこんなに美味しいんだったら、
ちゃんと葉っぱで淹れたらもっともっと美味しいかもしれない。
でも、これでもほんとに充分!

「マユミ、いっつもミルクティ飲んでるからさ。好きかなと思って」
「・・・」

私は、あんまり褒めるのがなんだか癪で、
黙ってもう1口紅茶を飲んだ。

美味しい・・・

「鼻の頭に生クリームついてるぞ」
「え?嘘」

私は慌てて人差し指で鼻を触った。
手づかみでロールケーキにかぶりついたせいだ。

指に生クリームの感触がしたので、そっと拭って、
思わずペロッと指を舐めた。

「あはは、ガキみてー」


伴野聖が笑ってそう言った瞬間。
私の中で何かが音を立ててストンと落ちた。

それは本当に「ストン」という感じ。

バスケットボールがゴールに入ったような・・・
ううん、もっとピッタリと収まる感じ。

パズルの最後のワンピースがはまるような・・・

そうだ。
子供の頃よく遊んだ積み木。
遊び終わった後はちゃんとお片づけしなさいってママに言われて、
お姉ちゃんと一緒に積み木を、積み木入れに片付けたっけ。

積み木入れは蓋のない長方形の入れ物で、
赤いタイヤが4つ付いていて、小さな台車にもなる。

でも、その積み木入れに綺麗に全部の積み木を入れるのは子供には至難の業だった。
積み木は色んな形をしてる。
長細い物、正方形の物、丸いの物・・・
それを全部積み木入れにパズルのようにはめ込んでいかなくてはならない。
体積的には絶対全部入るんだけど、
最後に正方形の積み木が残ってるのに、
積み木入れには長細い形の空間しか残ってなかったりして、
どうにもうまく収まらない。

苦心の末、最後の積み木と、
積み木入れに残った空間の形が一致した時の喜びと言ったら・・・


今の私の気持ちはそんな感じ。


私の心の残った空間に、
最後の積み木が落ちてきた。


恋という名の積み木が。
 
 
 
  
 
 
 
 
 ↓ネット小説ランキングです。投票していただけると励みになります。 
 
banner 
 
 

inserted by FC2 system