第3部 第24話
 
 
 
「できなかった」

お土産を催促しようと、お姉ちゃんの部屋に行くと、
お姉ちゃんが涙目で私にそう言った。

できなかったって何が?

・・・まさか。

「え。なんで?10日間も一緒にいたんでしょ?」
「うん。結局ね、ノエル君は柵木さんの奥さんがアメリカに戻ってくるまで、
柵木さんの家でお世話になることになったの。
でも、私が来る時だけは、どこかホテルを取ろうってことになったんだけど・・・」
「今回はそうしなかったの?」
「したわよ。柵木さんが嫌がるかなと思って」

確かに。
柵木さんは奥さんと息子の奏君に会えずに寂しい思いをしてるのに、
目の前で新婚夫婦にいちゃつかれたら迷惑よねえ。

ましてや夜なんて。

あれ。でも「できなかった」って・・・。

「生理、来ちゃったの」
「・・・」
「私って1週間くらい続くでしょ?」
「・・・その後は?」
「その直後って・・・なんか嫌で・・・」

お姉ちゃんがモゴモゴと口ごもる。

その気持ちは分かる。
確かに生理直後ってそーゆーことしたくないわよね。
初めてだと特に。

しかーし!

「ノエルさんがかわいそう!」
「そんなこと言ったって!・・・ノエル君も、気にしてなかったみたいだし」
「そりゃ、気にしたところでどうしようもないからでしょ!?
もー。ノエルさんがアメリカで浮気しても知らないからね!」

お姉ちゃんが「うっ」と詰まる。

「まさか」
「お姉ちゃんの方が『まさか』よ。
今時『結婚までしない』っていうだけでもゴリッパなのに、
結婚してからもしないなんて、信じられない」

すると、突然お姉ちゃんの目が冷ややかになった。

「マユミ。あなたまさか、師匠と・・・」
「な、何よ。・・・悪い?」
「マユミ!!!あんたって、なんてフシダラな子なの!?」
「文句なら師匠に言ってよね」
「・・・」

さすがにお姉ちゃんも師匠とそういう会話をするのは嫌なのか、
黙り込む。

そうよ。
文句があるなら師匠に・・・


師匠をうちに呼び出したあの日。
前日と同じように師匠は私を抱いた。

何も聞かずに、同じように。

あれからも外で何度かデートをしたけど、
師匠は何も気付いていない・・・振りをしてくれている。

私が何事も無かったかのように振舞っているから、
師匠もそれに合わせてくれてるんだ。

勘のいい師匠が気付いてないなんてこと、絶対にあるはずがない。

でも私は私で、師匠に申し訳なく思いつつも、
どうしても伴野聖のことを忘れられない。

こんなのは初めてだ。

伴野聖が演じてた偽・月島ノエルを好きになった時もこんなんじゃなかった。
師匠を好きになった時も・・・

師匠のことは、いつの間にか好きになっていた。
最初はなんとも思ってなかったのに、一緒にいればいるほど、好きになっていく。

だから、このままずっと師匠と一緒にいれば、
師匠に対する気持ちが1000を超える日が来るかもしれない。
伴野聖に対する気持ち以上になる日が来るかもしれない。

私はそんなかすかな期待を胸に、
今も師匠と一緒にいる。

もちろん、伴野聖とは一切連絡を取っていない。

それはほんと、「もちろん」なことなんだけど、
それを寂しく思う自分もいて・・・

まただ。
前、偽・月島ノエルを好きになった時も、私は自分自身がよくわからなくなった。
そして今もまた、自分がよくわからない。

私は伴野聖に振り回されてばっかりだ。


「マユミに先を越されるなんてショック・・・」

お姉ちゃんが心底ガッカリしたような声でそう言う。
私としては、お姉ちゃんに先を越されるほうがショックだけど。

「またゴールデンウィークに会いに行くんでしょ?その時頑張ればいいじゃない」
「うん・・・そうよね・・・うん!頑張る!」
「あ、でもゴールデンウィークかあ。周期的にまた生理が来るかもね」
「・・・」

一瞬輝いたお姉ちゃんの顔がまた暗くなる。

「ま。頑張って。私は今から師匠とデートだから」
「マユミ!まさか、また・・・」
「何考えてるのー?買い物に行くだけよ、買い物に」

私はお姉ちゃんに見せつけるかのように鞄を振り回しながら家を出た。





「せっかくのデートなのにー」
「俺の用事はすぐに終わっただろ。悪いのはマユミだ」
「うんー」

師匠にそう言われても私は不機嫌なままだった。
だって、会うなり「ちょっと本屋で参考書を買いたい」と言われ、
デートだというのに本屋の参考書売り場へ引っ張っていかれたのだから。

参考書の「さ」の字にも興味のない私は、一瞬で上瞼と下瞼が熱烈なキスを始めたので、
目を覚ますべく漫画売り場へ行った。
そして、前からちょっと気になっていた漫画を立ち読みし始めたのが運の尽きだった。

「別に運が尽きた訳じゃないだろ。3冊も立ち読みする奴があるか」
「だって。面白かったんだもん!」
「買うんだったら立ち読みしなくていいだろ?」

師匠が、私の手の中の紙袋を指差した。
さっき立ち読みした漫画3冊と、続編2冊がしっかりとその中に入っている。

「止まらなかったの!」
「はいはい。で、今からどうする?」
「映画みたいな。あ、でもその前にお昼ご飯食べたい!
お姉ちゃんからお土産預かってるから渡すね」
「おっ。新婚旅行から帰ってきたのか。で、首尾の程は?」
「残念でした」
「残念でしたか。やっぱりな」

師匠が苦笑いする。


・・・やっぱり師匠と一緒にいるのは楽しい。

水面下にくすぶるものは色々とある。
でも、お互い何も言わずに会っている分には何の問題もない。

後は私が「水面下にくすぶるもの」をなんとか処理してしまえば、
完璧に元通りだ。

それに、師匠はこれから受験勉強が本格化するし
部活も引退を控えていて忙しい。
今までみたいに頻繁にデートはできなくなる。

とにかく今日を楽しもう。

私は師匠の手を握り、
私達の間ではすっかりお馴染みになったチェーン店のファミレスに入っていった。
 
 
 
  
 
 
 
 
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