第3部 第5話
 
 
 
「え?もういいんですか?」
「うん。もう満足したわ。日曜なのにこんなことに付き合ってくれてありがとう」

和歌さんは、2人が園内のレストランに入るのを見届けるとそう言った。
時間はまだ12時過ぎ。
私としてはもうちょっと見ていたいけど、和歌さんが「もういい」と言うのだから、
無理も言えない。

それに和歌さんは、2人を見てるのが辛くて「もういい」と言っているわけではないようだ。

「彼、電話では『ま、なんとかなるさ』って明るく振舞ってるけど、
本当に迷惑して困ってるのがよく分かったわ。
助けてあげることはできないけど、電話とかメールで励ますぐらいは私でもできるわよね」
「『私でも』じゃないですよ。和歌さんにしかできないことです」

私がそう言うと、
和歌さんはここに来た時とは別人のような明るい顔になった。

でも、正直私は少し不満が残る。
和歌さんが「助けてあげることはできない」と言う通り、
このままじゃなんの解決にもならないからだ。
女子高生が諦めない限り、和歌さんと彼氏は会うこともままならない。

それに・・・

私は園内を見回した。
相変わらず、結構な人出で、どのアトラクションにも長い列ができている。

実は今日、「久々に部活もないし、俺も探偵ごっこに付き合おうかな」と師匠が言っていたのだ。
でも、友達に誘われたとかで今日はこの寒いのに海に行っている。
本人曰く「今日は師匠じゃなくて若大将になってくる」だそうだけど、
早い話がただ釣りをしに行くだけだ。

そうでなければ、今からの時間は師匠とこの遊園地で一緒に遊べたのに。

でも師匠は元々、恋人より友達が大事、という考え方の人だ。
私との約束が先ならば友達からの誘いは基本的に断ってくれるけど、
友達と約束がある時は私よりそっちを絶対に優先させる。

そんな性格のためか、
堀西には「金が全て」という考え方の人間が多いにも関わらず、
師匠は男子にも女子にも人気がある。
今日一緒に釣りに行ってるのも、お姉ちゃんの友達である萌加さんの彼氏で、
もちろん堀西のお金持ちのお坊ちゃまだ。
質素な生活をしている師匠とは共通の話題も少ないだろうに、何故かよくつるんでる。

だから、師匠が今日ここに来なかったは当然で・・・

あーあ。
でも、なんだか損した気分。

そこが師匠のいいところでもあるんだけど。


煮え切らない気持ちのまま遊園地の出口の方を向こうとしたその時、
私の視界の端に一組のカップルが、いや、バカップルが飛び込んで来た。
早目の昼食を取っていたのか、
和歌さんの彼氏達が入ったレストランからちょうど出てきたのだ。

なかなかの美男美女カップルだけど、
わざとらしくイチャイチャしてるので見苦しい。
しかも、お互い好きで好きでたまらないからそうしてるというより、
「イチャイチャ」を楽しんでるだけって感じだから尚更だ。

「・・・」
「マユミちゃん?どうしたの?」
「・・・あの男・・・」

和歌さんが、私が見つめているバカップルの男を見た。

「あの派手な感じの男の人?知り合いなの?」

知り合い?
とんでもない!

私は睨むようにしてその男を見た。
でも男は、私の視線にも私の存在にも気付くことなく私のすぐ横を通り過ぎた。

女の馬鹿みたいな笑い声が耳を突く。


伴野聖ばんのさとるだ。


なんでこんなところにいる訳?
どこでデートしようと勝手だけど、
なんでわざわざ私のいるところに現れるのよ?

無視しておけばいいんだけど、
わざとらしい笑顔でゲラゲラ笑っている伴野聖を見てると妙に腹が立ってきた。

クリスマスに舞台の上で見た時は、
演技をしていたせいか余り「伴野聖だ」と意識しなかった。
だから腹立たしさは感じなかった。

でも、こうやって改めて普通の「伴野聖」を見ると・・・
苛立ちと情けなさが蘇ってくる。

「・・・」
「マ、マユミちゃん・・・?」

よほど怖い顔をしていたのだろう、
和歌さんがうろたえる。

・・・そうだ!

「和歌さん。ちょっと待ってて」
「え?うん。どうしたの?大丈夫?」
「はい。仇討ちしてきます」

私は、「は?」という顔の和歌さんの腕に、
脱いだコートを押し付けた。
コートは黒い地味なものだけど、中は白のセーターだ。
ちょっとは女らしく見えるだろう。

そして、わざとブーツをツカツカと鳴らせて伴野聖の背後に近づき・・・
女がしがみついてるのとは反対側の伴野聖の腕に、自分の腕を絡ませた。

伴野聖が驚いたように足を止め、
私の顔を見て更に驚く。

「お、お前・・・!」

私は鼻を詰まらせて舌足らずな声を出した。

「さとるー。こんなところで何やってるのよぉ?
今夜は私の家に来てくれるんでしょ?」
「なっ」

伴野聖の顔が引きつる。
それから私は、今気付いたというように、女の方を見た。

「あれ?誰、それ?あ、もしかして、この前さとるが言ってた女?」
「・・・あんた、誰よ?」

女が般若のような顔で私を睨む。
さっきまでのお馬鹿な甘甘オーラは富士山の頂上辺りへ飛んでいったようだ。

「私はさとるの『本当の』彼女よ。あんたは、さとるの金づるでしょ?」
「な、何言ってるのよ!!」
「だってさとるから聞いたもん。『いくらでも金を出してくれる馬鹿女を捕まえた』って。
ここの入園料とかもあんたが払ったんでしょ?」
「!!!」

言ってみるもんだ。
女がワナワナと震える。

この女の人は悪くないんだけど・・・ごめんね、と心の中で軽く謝る。
男を見る目がない者同士、仲良くやろうよ。

「おい、いい加減にしろ!デタラメ言うなよ!」

さすがに伴野聖が焦って止めに入る。
でも、私が伴野聖の彼女だってことは確かにデタラメだけど、
伴野聖がこの女を金づるにしてるのは本当なようだ。

ならば言わせてもらおうじゃないの。

「いいじゃない。本当のこと教えてやれば。
さとる、もうこの女には飽きたって言ってたじゃない。
ベッドの中でもつまんない奴だって・・・」


バチン!!


女が伴野聖の頬を打ち、
小気味いい音が園内に響き渡った・・・
 
 
 
  
 
 
 
 
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