第3部 第7話
 
 
 
「ちょっと。どうする気よ?」

伴野聖と和歌さんと私は、
団子三兄弟のように(古い・・・)電信柱から頭を三つ縦に並べて出していた。

協力すると言いつつ、結局伴野聖は遊園地では何もせず、
ずっと和歌さんの彼氏と女子高生の後をつけていた。
で、そのままずーっと2人を追って・・・ついに女子高生の家までついてきてしまったのだ。

和歌さんの彼氏と女子高生は、家の前の道で何やら話しこんでいる。
和歌さんの彼氏はこっちに背中を向けてるので表情はわからないけど、
女子高生が嬉しそうにしているのは、暗くなり始めた真冬の夕焼けの中でも手に取るようにわかる。
大方、次のデートの約束でも取り付けているのだろう。

まあ・・・気持ちはわかる。
学校に凄くかっこいい先生がいて、その先生とこっそり日曜日に2人で出掛ける。
そりゃ、楽しいだろう。
嬉しいだろう。

でも、自分だけでなく相手も本当に楽しんでいるかどうか。
それをちゃんと分かっていないといけないと思う。


伴野聖は目を細めて女子高生の家の表札を見た。

「くそ、見えねーなあ。なんて書いてあるんだ・・・」
「『
田上たがみ』です。田上沙良たがみさらって言う名前らしいです」

彼から女子高生の名前を聞いていたのであろう和歌さんが伴野聖に教える。

「田上沙良ね、よし」

すると、伴野聖は唐突に和歌さんの彼氏と田上沙良という女子高生に向かって大股で歩き始めた。

え?えええ?
何するつもりなの?

私と和歌さんは、慌てて電柱の影に頭を引っ込め、
でもやっぱり気になるので、片目だけ電柱から再び出す。
かなり怪しい。

和歌さんの彼氏と田上沙良も、自分達に真っ直ぐ向かってくる伴野聖に気付き、
会話をやめた。

伴野聖は和歌さんの彼氏を無視し、田上沙良のまん前で立ち止まった。

「田上さん」
「はい・・・?」
「はじめまして。僕、伴野と言います」

田上沙良が訝しげに伴野聖を見る。

が、私は、そして恐らく和歌さんも、
田上沙良の反応や伴野聖が何をやろうとしてるかなんてことは二の次だった。

伴野聖の変化振りに驚き過ぎて。

私は今まで2回、伴野聖の「変身」を見ている。
1回目は忘れもしない偽・月島ノエル。
2回目は舞台の上でのトラ。

そして今回が3回目。
それでもこれだけ驚かされるのだから、和歌さんはもっとだろう。

服装も一緒。
顔も髪型も一緒。
声も一緒。

でも表情としゃべり方だけで、こうも別人になれるものなのか。

今私達の前にいる男はもはや「伴野聖」ではなく、
田上沙良に恋するちょっとオドオドした、だけど情熱的な男だった。

どうして田上沙良に恋してるって分かるかって?
だって、分かるんだもん。

「いきなりすみません。田上さんがこの男の人と親しげに話していたのでつい・・・」

そう言って、和歌さんの彼氏を失礼でない程度に軽く睨む。
一方和歌さんの彼氏は・・・警戒心をむき出しだ。
敢えてそうしているのだろう。
でもそれは「自分の彼女に近づく男」に対する警戒ではなく、
「自分の教え子に近づく男」に対する警戒のように思える。

これだけ迷惑かけられてるのに、尚も教え子としては田上沙良のことを大切に思ってるらしい。

「田上さん」

伴野聖が和歌さんの彼氏から田上沙良へと視線を戻す。

「1ヶ月ほど前、偶然この近くであなたを見かけて・・・好きになってしまいました。
もしこの男の人が田上さんの彼氏じゃないのなら、僕と付き合ってもらえませんか?」
「え」

田上沙良が動揺する。

って、おい!
なんだそれ!

でも、面白すぎる展開に私と和歌さんは「成り行きを見守ろう」と無言で頷き合う。

「そ、そんなこと、急に言われても・・・あの、先生・・・どうしよう」

すると和歌さんの彼氏は相変わらず警戒はしたまま伴野聖に言った。

「田上がしたいようにすればいいけど・・・すみませんが、伴野さん?あなたは・・・」
「あ、すみません」

伴野聖があたふたと(私の目にはわざとらしく見えたけど)、
財布を取り出し、そこからカードを一枚抜いて、
和歌さんの彼氏に渡す。

「僕はN大の大学生です。これ、学生証です」
「・・・そうですか」

和歌さんの彼氏は学生証を確認して伴野聖に返した。
完全に信用した訳ではなさそうだけど、
取り合えず伴野聖を「田上沙良に一目惚れしたN大の学生」ということで納得したようだ。

N大か。
堀西大学ほどではないにしろ、金持ちのボンばかりが通う私立大学だ。
どーせ、ろくに受験もせずお金で入学したんだろう。


戸惑う田上沙良と胡散臭そうにしている和歌さんの彼氏の空気を読みました、
とばかりに伴野聖は「じゃあ、僕は失礼します」と一礼した。

「田上さん、もしよければ僕の携帯に連絡下さい。これ、僕のアドレスと番号です」

伴野聖は卒なくポケットから手書きの紙を取り出し、田上沙良の手の中に押し込んだ。
いつの間にそんなもん、準備したんだ。

全く驚かされるやら、呆れさせられるやら・・・

伴野聖はポカンとする和歌さんの彼氏と田上沙良、
それに私と和歌さんを残し、
私達とは反対方向へ向かって小走りに立ち去った。


「・・・凄い。伴野さんって、役者さんって言ってたっけ?」

関心しきった和歌さんが首を振りながら訊ねる。

「はい」
「どうりで・・・別人みたいだった」
「そうですね」

私と和歌さんが唖然としているうちに、
和歌さんの彼氏と田上沙良は何か少し話し、
田上沙良は足早に家の中へと入っていった。
心なしか、その横顔が上気して見える。

もしかして、あの子・・・

「おう。どうだった?俺の迫真の演技は?」
「わあ!」
「きゃっ!」

突然頭の上から伴野聖の声が降ってきて、
私と和歌さんは飛び上がるほど驚いた。

「ちょっと!驚かせないでよ!!」
「はは。この一角をくるっと回って戻って来たんだ。なかなか見モノだっただろ?」
「・・・そうね」

すっかり素に戻った伴野聖が満足気に笑い、
ヤンキー座りでしゃがみ込む。
よほど演じることが好きなのか、随分と楽しそうだ。

私と和歌さんもなんとなくつられて、膝を曲げる。

「これであの田上沙良が俺に連絡してきたら、もう落ちたも同然だな。
そしたらあの先生も田上沙良から解放されるだろ。多分そうなる。
ああいう押しまくる女は、案外自分が押されると弱いからな」
「大した自信ね」
「俺に告白されて落ちない女なんかいないからな。なあ、マユミチャン」

私が何か言う前に、和歌さんが急いで口を開く。

「伴野さん、ありがとうございました。でも、もしそうなったら・・・
今度は伴野さんが困るんじゃありませんか?」
「面倒臭くなったら、適当に振られるように仕向けるよ」
「振られるように?」
「ああ。こっちから振ったらそれこそ後々面倒臭そうだからな。
一度俺に惚れさせてから失望させる。あんたの彼氏もそうすりゃいいのに、
遊んでる風なくせして意外と不器用なんだな」

色々言ってやりたいことはあるが、
私は頑張って本筋から逸れないことにした。

「そしたら、また田上沙良は和歌さんの彼氏に付きまとうかもしれないじゃない」
「その前に、あの先生が『彼女ができた』って公言すりゃいいだろ。
田上沙良は可愛いだけあってプライド高そうだから、
負ける可能性が高い争いにゃ手を出さないだろうし」
「・・・」

伴野聖のことは全くもって信用できないけど、
何故か女に関しては妙に説得力がある。

和歌さんもそう思ったのか、
「そうですね。ありがとうございました」と心からお礼を言った。


が。


「おい。お前ら、何してる」

突然また上から声が降ってきた。
和歌さんの身体がビクッとなる。

恐る恐る見上げると・・・


そこには怖い顔をした和歌さんの彼氏が立っていた・・・
 
 
 
 
  
 
 
 
 
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