第3部 第8話
 
 
 
師匠なら、真っ先にセットメニューのページを開いて、
一番安くてボリュームのある物を選ぶだろう。

だけど伴野聖は違った。

「海鮮サラダにミネストローネ、パン。うーん、鶏肉の料理ってある?」
「から揚げがありますが」
「揚げ物じゃなくて」
「野菜と鶏肉の蒸し料理があります」
「じゃあそれで。後、食後にコーヒー」
「かしこまりました」

ウェイトレスがテキパキとオーダーを取る。

「マユミは?」
「ミートドリアとアイス。ドリンクバー」
「栄養バランス悪いぞ。まあいいや」
「以上でよろしいでしょうか?」
「ああ」

ウェイトレスが私達のテーブルを離れるのを確認してから、
早速ドリンクバーコーナーに行き、メロンソーダをなみなみ注いで席に戻ると、
伴野聖がげんなりした顔でため息をついた。

「せめてもうちょっと身体によさそうな飲み物にしろよ。ウーロン茶とか」
「ビタミンCたっぷり!って書いてあったもん」
「・・・」
「そっちこそ、ファミレスで栄養も何もないでしょ。
から揚げだろうと蒸し料理だろうと、大差ないわよ」
「そんなことないさ。それに、ファミレスでも意識してオーダーすれば、
ちゃんと野菜も魚も肉もバランス良く食べれる。ま、とりのから揚げは元々好きじゃないし」
「ふーん。私は大好き」
「太るぞ」
「余計なお世話よ!あんたこそ、何ちまちま身体に気なんか使ってるのよ」
「役者は身体が全てだ。健康じゃなきゃいい演技もできない」
「あそー」

師匠は好きなものを好きなだけ食べても健康だし、
身体も引き締まってるもん。
オジサンとは違うんだから!

私は師匠の真似をして、わざと音を立ててメロンソーダをストローで一気に飲んで・・・
むせた。

「だっせ」
「うるさいってば!」


どうして伴野聖なんかとファミレスに来てるかというと・・・
お腹がすいたからだ。
それ以外、なんの意味もない。

まあ、和歌さんの彼氏を田上沙良から解放してくれた(予定)お礼を兼ねてないこともない。


どうやら和歌さんの彼氏は、私達の尾行に最初から気付いていたらしい。
(「あれが尾行?」と言われた・・・)
でも、私達がただ見てるだけだったので、放っておいたそうなのだ。

もちろん、伴野聖の茶番劇もお見通しだ。

「ったく、食えねー男だよな。俺の演技を見抜くなんて」

見抜いたというより、途中から伴野聖も尾行に加わっていたのを知っていただけだろうけど、
伴野聖が「だよな」と言って喜びそうなので黙っておくことにした。

伴野聖が意味ありげに腕を組む。

「それにしても、今頃あの2人、」
「え・・・もしかして、喧嘩してるのかな・・・」

伴野聖の言葉に、私は不安になった。
が。

「ホテルにでも行ってるんじゃねーの」
「な、なんてこと言うのよ!」
「お?何赤くなってるんだよ。さてはお前、まだだな?」
「うるさい!うるさーい!!」
「はは。あの先生、本気で怒ってるって感じじゃなかっただろ。
尾行なんかされて、いい気はしないだろうけどな。
ちょっとホテルで好き勝手やりゃ、気が済むさ」

好き勝手って・・・

私は更に赤くなりそうだったので、
ほてりを冷まそうと急いでメロンソーダを飲んでまたむせた。

伴野聖がゲラゲラと笑う。

「心配しなくても、男の方があの月島和歌に惚れてるみたいだから、大丈夫だ」
「え?そう?和歌さんの方が彼に惚れてる感じじゃない?」
「それだからマユミは男を見る目がないんだ」

あんたが言う?

「男が不機嫌だったのは、尾行されてたからというより、
月島和歌があんな格好してたからだ」
「あんな格好?」

フワフワワンピのことだろうか。

「ああ。あの男、俺達と別れ際に月島和歌に向かって、
『なんで今日に限ってそんな格好してるんだよ』ってムスッとしながら言ってただろ?」

そうだっけ?

「あれは『俺と2人の時はそんな格好しないくせに』って意味だ。
彼女が自分の前以外でかわいい格好するのは面白くないんだろ」
「・・・ふーん」

そういうものなんだろうか。
私は、自分の彼氏が自分の前以外でもかっこいい方がいいけどなあ。

師匠はどうなんだろう。
私が他の男の前で可愛い格好してたら、少しは嫌なのかな?

「今、自分の彼氏のこと考えてたろ?」
「・・・」
「お前も懲りねえなあ。男はもう懲り懲り!とか思わない訳?」
「思ったわよ!誰のせいだと思ってるの!?」
「あはは、悪い、悪い」
「・・・」

悪い?何が悪いか分かってるの?
どうしてそんな軽く謝るのよ?
私がどれだけ傷ついたか分かってるの?

思いっきり文句を言ってやりたかったけど、
馬鹿みたいに笑いながら「悪い、悪い」と言っている伴野聖を見てると、
なんだかどうでもよくなってきた。

だって1人で怒ってる私の方が馬鹿みたいじゃない。

私は、今度はむせないようにゆっくりとメロンソーダを飲んだ。

「どうして私に彼氏がいるって知ってるの?」
「クリスマスに一緒に舞台見に来たの、彼氏じゃねーの?」
「・・・気付いてたんだ」

明るい舞台からは、客席の顔なんて見えないと思ってた。
第一、伴野聖は一度も私の方見なかったし。

「マユミに送った招待券の客席番号、覚えてたから、
来てるのはすぐに分かった。まさか男と来るとは思わなかったけどなー」

また伴野聖が小馬鹿にしたような声を出す。
私はなんとなくコップを覗き込んで伴野聖を見ないようにして言った。

「だから、うるさいって」
「なかなかいい男だったじゃん。ちょっと今日の男と似た感じだな」
「似てないし」

確かに和歌さんの彼氏はかっこよかった。
でもちょっと素人離れしていて私は近寄り難い。

和歌さんと話してるところを見ると、思いのほか気さくな感じではあったけど、
それでも私は師匠の「かっこよさ」の方がいいな。
気楽というか、身近というか、飽きが来ないというか。

あ。もしかして師匠も同じなのかな。
あんなに美人の萌加さんを振ったくせに、
成り行きとは言え私と付き合うなんて。



料理を食べ終え、支払いをして暖かいファミレスを出ると、
一瞬にして北極へ来たような寒さに身が縮む。

「ごちそーさん」
「どういたしまして。って年下の女に本当に奢らせる?普通」
「礼をしてもらうのに、年下だとか女だとかは関係ない」
「そう。じゃあ、私も『お詫び』にあんたから随分奢ってもらわないとね」
「はあ?なんのことだっけー?」

伴野聖はとぼけながら駅に向かって歩き出した。
私もそれに続いたけど、
横には並ばず敢えて伴野聖の後ろを歩く。

横に並びたくなかったんじゃない。
思わず伴野聖の後ろ姿に見とれたのだ。

身体に気を使ってるだけあって、均整のとれた綺麗な後姿をしてる。
多分、鍛えてもいるんだろう。
師匠も程よく筋肉のついたいい身体をしてるけど、
伴野聖は大人な分、師匠にはない色気のような物がある。

そして何より。
伴野聖の後姿には「自由」があった。
何事にも囚われず、我が道を進む「自由」が。


まだ子供の私から見ても、それは眩しいくらいだった。

 
 
 
  
 
 
 
 
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