第4部 第10話
 
 
 
ロミオとジュリエット

言わずと知れた、シェイクスピアの代表作だ。
「おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの」というジュリエットの台詞は、
有名すぎて喜劇で使われることも多い。

家が対立していることで引き裂かれてしまった2人は、
(正確に言うとちょっと違うらしいんだけど)
駆け落ちをすべく、ある作戦を考える。
ジュリエットが仮死状態になる薬を飲んで死んだ振りをし、
生き返った後にロミオと逃げる、というものだ。

でも、ロミオはこの作戦の詳細を知らず、
ジュリエットが本当に死んでしまったと思いジュリエットの墓の前で毒を飲んで命を絶つ。
予定通り生き返ったジュリエットも、ロミオの死体を見て短剣で自殺する・・・

そんなお話。

劇団こまわり版の「ロミオとジュリエット」も基本のストーリーは同じだけど、
こまわりらしくブラックユーモア満載だそうだ。

ロミオとジュリエット、か。

聖と私もちょっとそんな感じよね?
聖の実家である伴野建設と寺脇コンツェルンの寺脇建設はライバル同士だから。
今のところは、誰にも交際を反対されてる訳じゃないけど。

でも、どうせ一緒になれないのなら、
ロミオとジュリエットみたいに悲劇的に2人で死ぬ、なんてロマンチックでいいじゃない?

少なくとも、ありきたりな言葉であっさり捨てられるよりはずっといいわ。




私はおたまで鍋の中をグルグルとかき回した。
部屋中にカレーのいい香りが広がる。

聖のために夕ご飯を用意するのは久しぶりだ。
部屋の掃除とかしてたら夕ご飯にまで手が回らないというのもあるけど、
元々私は料理なんてろくにしたことがない。

そのくせ、今日に限ってこうして夕ご飯を用意してるのは・・・

単に時間と材料があったからよ。
こんなことで聖の心を繋ぎとめようなんてセコイこと考えてる訳じゃないんだから。

でも・・・
もし聖が「いらない」と言って食べてくれなかったら、
やっぱりちょっとショックかな。
だけど聖は「せっかく作ってくれたんだし食ってやるか」なんて優しさは持ち合わせていない。
いや。お腹がすいてたら、単に空腹を満たすためだけに食べるかもしれないけど。

そんなことを考えながら鍋の中でとろけていく玉ねぎを見ていると、
玄関の扉がガチャっと大きな音をたてて開いた。

「ただいまー。お、カレーの匂いだ」
「おかえりなさい」

午後10時を回ったところでいつも通り稽古から帰ってきた聖に、
私はできるだけいつもの笑顔でそう言った。

聖は何も気付くことなく私の横へやってきて鍋を覗き込む。

「・・・食べる?」

食べないよね。
食べるわけないよね?

この次に訪れるであろうハルマゲドン級のショックに備え、
私は様々な予防線を心の中に張り巡らせる。

だけど聖は私の予防線を巧みにかいくぐった。

「ああ。腹が減って死にそう」

いつもの聖・・・に見える。
けど。

「・・・シャワーは?」
「あ、いけね。汗だくだった。先にシャワー浴びるわ」
「うん」

帰ってきたら真っ先にシャワーを浴びる、
そんな毎日の習慣をし忘れるなんてやっぱりおかしい。

それに、これはちょっとした私の意地悪だけど、
聖はカレーみたいな料理を好まない。
バランスよく色んなものをちょっとずつ食べたがるのだ。

いつもの聖なら、私がカレーなんか作ってるのを見たら遠慮なく、
「えー、カレーかあ」とか「カレーだけ?サラダは?」とか言うはずなのに。


カレーとご飯をお皿に盛り、ちゃぶ台の上に置くと、
ちょうど聖がシャワーを終えてお風呂から出てきた。
そして特に文句も言わずにちゃぶ台の前に座ると、
「いただきます」とカレーを食べ始めた。

やっぱりいつもの聖じゃない。

「美味しい?」
「ああ、うまいよ」

・・・ほら、ね。


私は、なんとなく聖に遅れを取っちゃいけない気がして、
喉の奥に苦いものを感じながらもせっせとカレーをかき込んだ。
食欲なんて全然なかったけど、
ここで私が食べなければ「その時」がすぐに訪れる気がしたから。

そして、空になったお皿を持って、逃げるように台所へ行く。

と、聖が私の腕を掴んだ。

「後でいいから」

いいから?
だから、何?

聖がいつになく強い力で私を畳の上に組み敷いた。

どうしてこんなことするんだろう・・・

最後に1回やっとこう、くらいの軽い気持ちなんだろうか。
それともまさか、私に情けをかけてるんだろうか。

そんな、まさか。
聖に限って。


こんな気分じゃ絶対何も感じない、
そう思って最初は天井をぼんやりと眺めていただけだったけど、
私は次第にのめり込んでいった。
そしてそれはまた、聖も同じらしかった。

言葉もなく延々と繰り返される行為は、
本当にこれが最後なのだという気がして辛かったけど、
その辛さがまた快感に繋がり、
この時間が早く終わって欲しいのか永遠に続いて欲しいのか、
自分でもよく分からなかった。




聖は私から身体を離すと服を着始めた。

こんなこと初めてだ。
いつもはそのまま寝てしまうのに。

私も起き上がると、無言で服を着た。

私よりだいぶ早く身なりを整えた聖が、
私に背中を向けたまま、私が服を着終えるのを待っている。

以前聖が「脱がしにくい」と言った隠しボタンのブラウスの前をわざとゆっくり閉じる。

それなのに聖は、まるで背中に目があるかのように、
私がボタンを全てかけ終えたところで口を開いた。

「マユミ。話があるんだけど」
「何?」

私は髪に手櫛を通した。

「俺と別れて欲しい」
「そう」

鞄の中から手鏡を取り出す。
顔よし、髪よし、服装よし。
あ、制服のリボン付けるの忘れてた。

「マユミのバイト仲間の鈴木博子って子、いるだろ?
俺、あの子のこと好きになったんだ。だから・・・」

私はちゃぶ台の下に落ちているリボンを取ると、
ブラウスの襟を立てて首に巻いた。
ホックを止めて、襟を元に戻す。

「分かったわ。私、行くね」

私が鞄を手に立ち上がると、
聖はようやく私の方を見た。
どうして何も聞いてこないんだ、というような、
驚いた顔をしている。

「マユミ・・・」

私は聖を無視して玄関へいそいだ。

学校指定のローファーに足を滑りこませる。

「マユミ。ちょっと待てよ」
「何?」
「何って・・・怒んねーのかよ?」
「どうして?」
「一方的に別れようなんて言われたら、怒るだろ、普通」

聖の中にも「普通」って存在するんだ。
初めて知った。

私は思わず笑い出してしまった。

 
 
 
  
 
 
 
 
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