第4部 第13話
 
 
 
現代人に発見されたミイラってこんな気分なのかな。

私は場違いなことを考えながら、
グルグルと解かれていく包帯越しに、パパとママとお姉ちゃんを眺めた。

最初は3人ともホラー映画でも見ているような顔つきだったけど、
包帯が全て取り去られると、何とも言えない微妙な表情になった。

安堵しているでもなく、
失望しているでもなく。

失礼ね、全く。

最初に口を開いたのはママだった。

「まあ・・・よかったわ」
「うん、そうね」

お姉ちゃんが請合う。
ママとお姉ちゃんの言葉だけじゃいまいち信用ならないけど、
お医者さんの「そうですね。不幸中の幸いです」という言葉で、
ようやく「ああ、大したことないんだ」と思えた。

でも、パパは微妙な表情のままだ。

看護婦さんが私に手鏡を差し出す。
手に取って自分の顔の左半分を映してみると・・・

なるほど。
これは確かに微妙な表情になる。

傷自体は決して小さくない。
斜めに5センチほど深い傷がついてる。
これは一生消えないだろう。
ただ場所が、まさに「不幸中の幸い」とでも言おうか、額の左側だ。
ここなら前髪で隠せないでもない。


でも、そんなこと、どうでもいい。


私は早く病院から出て行きたくて時計ばかり気にしていた。


この1週間の入院の間、
聖は一度も会いにきてくれなかった。
電話しても通じないし、もちろんメールをしても返事は来ない。

パパに、私と会うなと言われた手前、
パパと出くわす可能性の高い病院へは来なかっただけかもしれない。
電話にしろメールにしろ、稽古が忙しくてできなかっただけかもしれない。

だけど、嫌な予感がした。

私の顔に傷が残ると聞いた時の、聖の青ざめた表情が忘れられない。
そういう意味では、この傷がこの上なく憎い。
だけど、それだけだ。

今はとにかく、聖に会いたい。


入院中、私の頭の中は聖と博子のことでいっぱいだった。
ううん、聖のことはただ「会いたい」と思ってただけだけど、
博子のことは考えれば考えるほど、ますます考えなくてはいけないことが出てきて、
まさにエンドレスだった。

寺脇建設を巡る事件の中、博子はどんな思いで過ごしていたんだろう。
どんな気持ちで学校を辞めたんだろう。
コンビニで私と初めて会った時、何を思ったんだろう。
何も知らずに聖のことで馬鹿みたいにはしゃいでる私を見て、どう感じたんだろう。

博子の言葉を思い出すと、
胸が締め付けられるように痛い。

博子が言う通り、温室育ちの私はいつも周りからちやほやされて育った。
あんな剥き出しの敵意を向けられたことは一度もない。

だからあの時、博子に何も言うことができなかった。
驚きと恐怖で、ろくに謝ることもできなかった。

博子も、本当はあんなことを人に向かって言える子じゃないんだろう。
でも、そうさせてしまったのは私だ。
きっと、あんな言葉を口にした博子自身、今また苦しんでいるに違いない。

それが何より辛い。

そう思うと、
私に怪我をさせたのが博子だとは言えなかった。
お医者さんにもパパにも、どうやって怪我をしたのか何度も聞かれたけど、
シラを切り続けた。

コンビニの店長が何も言ってこないことを考えると、
私がどこでどうやって怪我をしたかは私と聖と博子以外、誰も知らないらしい。

だったらもう、このままずっと黙っていよう。

それが、私が博子にできる唯一の罪滅ぼしだ。


「マユミ。帰るわよ」

ベッドの上に準備してあったボストンバッグをお姉ちゃんが持ち上げる。

「どうしたの?ぼーっとして。体調、良くない?傷が痛むの?」
「ううん。大丈夫」

私がベッドから立ち上がると、
パパが一足先に病室から出て行った。
この後、仕事があるんだろう。


パパには何度も聖のことを話したけど、
全く聞く耳を持ってくれない。
私も、怪我の詳細を話さないものだから、
聖は悪くないんだと言うことを伝えにくい。

パパが私のことを心配しているのは分かってる。
でも・・・

パパは毎日お見舞いに来てくれたけど、
ここ数日、ほとんど口もきいていない。


病院を出ると、案の定パパは私達とは違う車で行ってしまった。
それを見た私は、予定を急遽変更した。

「ママ、お姉ちゃん。先に帰ってて。私、行くところがあるから」
「え?何言ってるのマユミ。あなた今退院したばかりじゃない」
「すぐに帰るから!」

私はママに怒られる前に、財布と携帯だけを持って、
病院の前に止まっていたタクシーに飛び乗った。







財布から鍵を取り出し、ドアノブに差し込む。

最初の頃は緊張したなあ。
1人暮らしの男の人の部屋に勝手に入るんだもん。
親への後ろめたさというより、
まるで泥棒でもしているような罪悪感があったっけ。

そして今もまた、私は緊張している。
半年前とは違った緊張だ。

もちろん、こんな真昼間に聖が家にいることはないけど、
携帯が通じないなら、置手紙でもしておこう。
それに・・・ちょっとくらいなら、待っててもいいよね?
もしかしたら、バイトの空き時間に戻ってくるかもしれないし。

鍵を右に回すと、懐かしい感触と共にカチリと音がした。
ドアノブを回し、ゆっくりと押す。

扉の向こうから、ヒンヤリとした空気が流れてきた。

その空気には独特の匂いがあった。
いや、無かった。

生活の匂いがしない。
ただの冷たい空気。
味も素っ気も無い、ただの空気。

その空気を感じた瞬間、
私は嫌な予感が当たったことを知った。


聖の部屋は、
もぬけの殻になっていたのだ。

 
 
 
  
 
 
 
 
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