第4部 第3話
 
 
 
「寺脇。俺と付き合ってくれ」
「あ、的場。おはよ」
「うん、おはよ」

ちぐはぐな会話。
でももう、私も的場もクラスのみんなも慣れっこで、
誰も突っ込まない。

言い忘れてたけど、2年生になって的場がうちのクラスに引っ越してきた。
「引っ越してきた」というのは・・・
一応堀西にも毎年クラス替えというものがあるんだけど、
堀西の生徒の親はお偉いさんが多いので、保護者間で利害がこんがらがっていて、
子供のクラス一つ決めるのにも、学校側は大騒ぎだ。
自然、「クラス替え」と言いつつクラスの顔ぶれは毎年ほとんど同じ。
ごくまれに、何らかの事情でクラスを「引っ越し」する生徒がいるくらいだ。

どうやら的場は、私のクラスに引っ越せるよう、
裏で学校に何か言ったようだ。もちろん、親の権力を使って。

これだから困るのよね、お坊ちゃまは。
それに、何をそんなに私に執着してるんだろう。

「だって、寺脇、彼氏と別れてもうだいぶ経つだろ?」
「・・・そうね」

私は金魚の糞のようについてくる的場に背中で答える。

「そろそろ俺と付き合ってもよくね?」
「よくね。
てゆーか、そろそろも何も、いつまで経ってもそれはナイ」
「相変わらず冷たいなー。そこがいいところなんだけど」
「・・・」

こいつはまた、ドMだな。
蹴ってやろうか。


家族にも友達にも、師匠と別れたことは話したけど聖のことは話していない。
だってパパは、聖が月島ノエルの振りをして私に酷いことをしたのを知っている。
いつまで隠しておけるか分からないけど、
今はまだ、パパにも誰にも聖のことを言いたくない。

そう、今はまだ・・・聖と私の関係もはっきりしていないのだから。

聖と私は、彼氏・彼女じゃない。
私が聖に惚れていることは確かだ。
でも、聖が私をどう思っているのかは分からない。

聖は私のことを「彼女だ」とも「好きだ」とも言わない。

私が部屋に来ることは拒まない。
合鍵も渡してくれている。
でも、それだけだ。

もしかしたら、都合のいい女だとしか思っていないかもしれない。
今のところ他に女の影はないけれど、
それは単に時間とお金がないからだけであって、
少し余裕ができれば、以前のようにあちこちに女を作るかもしれない。
私のことなんて、あっさりと捨てるかもしれない。

そんなことはないと思いたい。
でも怖い。
だって、聖ならやりかねない。

私のこと本当はどう思ってるのって聞きたい。
でも怖い。
だって、聖なら「別に何とも」ってさらっと言いかねない。

だけど、そんな男だと分かっていて好きになったのは私だ。


「もしかして、寺脇、誰か好きな奴でもいんの?」

的場の言葉に思わずハッとする。

「・・・別に、いないわよ」
「じゃあ、俺と付き合ってもいいじゃん」
「どうしてそうなるのよ。好きでもない奴とは付き合えない」
「うわ。ひでーなあ」
「正直なだけよ」

私は助けを求めて教室の中を見回したけど、
頼みの綱の有紗は、別の男子とイチャイチャしてる。

寺脇の尻を追いかける的場、
的場を邪魔者扱いする寺脇、
という構図がクラス内ですっかり出来上がった今、
さすがの有紗も的場を諦めたらしい。

仕方なく自分の席に座ると、
的場も自分の席に座った。

問題無いように聞こえるかもしれないけど、
問題大有りだ。

的場の席は私の隣なのだ。

席はクジで平等に決めたのだけど、
「教師に賄賂でも贈ったのか!?」と思わずにはいられない。

「なあなあ、10月の3連休に、またみんなで旅行、行かね?」
「行かね」

なんて諦めの悪い奴なんだ。

私は鞄を開き、教科書を机の中へ移す。

「今度は1泊くらいでさ。近場の温泉にでも」

温泉・・・
師匠のことが頭をよぎった。

手が無意識に机の中を漁る。

「ちょっとゆっくり湯に浸ろうぜ」
「家のお風呂で充分よ」

が、的場は人の話なんか聞いちゃいない。

「どこがいいかなー。草津なんかどう?」
「あのね」
「寺脇、なんか最近忙しそうだろ?授業中眠そうにしてるし、
疲れてるのかなーと思って」
「え?」
「混浴風呂に浸かれば、疲れも取れるさ」
「・・・死んでも嫌よ」

どうしてコイツはこんなに軽いのか。
でも、そう言えば私の周りには軽い男しかいない。
師匠にしろ、聖にしろ・・・

机の中の手に何かがコツンと当たる。
指先を動かしてその感触を確かめると、私はそれを引っ張り出した。

ビニール製の大きなペンケースだ。
中には色んな種類のカラーペンやプリクラが入っている。

以前はこのペンケースを開けない日はなかった。
でも、師匠と付き合い始めた頃から、全くと言っていいほど開いていない。

師匠はカラーペンで書いた落書きのような手紙や、
ましてやプリクラになんて全く興味がなかった。
だから私も自然とそういう物から卒業した。

でもこのペンケースは、若き日の思い出―――まだそんなに経ってないけど―――
とでも言おうか、なんだか捨てられない。
かと言って、家に持って帰るのも面倒で、こうして机の中で眠り続けている。

でも、半年前このペンケースにちょっとした変化が起きた。


ペンケースを逆さにしてみる。
すると、閉じられたファスナーの持ち手の部分に紐で括られている犬が揺れた。

師匠が私の誕生日にくれた、ビーズでできた犬のストラップだ。

揺れた拍子に光がビーズに乱反射し、
キラキラと光る。

師匠と付き合い始めて卒業したペンケース。
だから今度は師匠を卒業するために、
犬のストラップをこのペンケースに付けることにしたのだ。

普段は机の中で眠っているペンケースと犬。
でも、ふとした時に私の指に触れ、その存在を思い出させる。


師匠とはあの翌日に、一度だけ学校で話をした。
だけど師匠はすっかりいつも通りで・・・
ううん、私と付き合う前の師匠に戻ってた。

何事もなかったかのように普通に「よう」と声をかけてきて、
むしろ私の方が戸惑ったくらいだ。

師匠は、
「俺を振るなんて贅沢なことしやがって。
トラ男と上手くいかねーと、承知しねーぞ」
と笑いながら言ってくれた。
お陰で私も随分と気が楽になった。

だけどそれ以来、学校で師匠を見かけなくなった。
元々教室が離れているし、
付き合う前はほとんど会ったこともなかったから当然かもしれないけど、
たまに図書室を覗いても師匠はいない。

お姉ちゃんの話によると、
最近師匠は授業以外の時は近くの市立図書館で勉強しているらしい。

師匠以外の3年生はほぼ全員堀西大学か堀西短大に進むから、受験はない。
そんな中1人、学校の図書室で勉強するのは集中できないから、
外の図書館に行っているだけかもしれない。

でも、もしかしたら・・・
私と一緒に勉強した図書室を使うのが辛いのかな。

そう考えるのは自惚れだろうか。
師匠は私のことなんてとっくに何とも思っていないかもしれない。

だけど、私が師匠を裏切り傷つけたのは事実だ。

だから、このペンケースと犬はいつまでも捨てずに持っておこう。
そしてたまに胸に痛みを感じよう。


始業のチャイムが鳴り、
私はペンケースを机の中に戻した。
 
 
  
 
 
 
 
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