第4部 第7話
 
 
 
「いらっしゃいま・・・あ、なんだマユミか」

コンビニの入り口から入ってきた私を見て、
博子が本当に「なーんだ」という顔をする。

「ちょっと。お客に対してその態度はないんじゃない?」
「1分もしないうちに裏口から出て行くだけのくせして何言ってるの。
でも今日は随分のんびりしてるのね。いそがなくていいの?」
「うん」

私は振り向いてコンビニの駐車場を指差した。
コンビニにはどう見ても似つかわしくない黒い高級セダンがデーンと止まっている。
横暴な止め方をしている訳じゃないけど、いかんせん図体が大きいので、
どうやっても一台分の駐車スペースでは収まりきれない。

「あれってマユミんちの車じゃない。今日は裏口じゃないの?」
「うん、今日からは堂々と表に迎えに来てもらうことになった」
「・・・それはそれで迷惑ね。でも、どうして?」
「実はね、」

私は、あの朝帰りの顛末をかいつまんで博子に話した。





やばい!

聖の部屋で朝日を見た瞬間、さすがに焦った。
外泊するなんて家に連絡をしていないのはもちろん、
コンビニの裏にいつも迎えに来てくれている運転手にも、何も言っていない。

きっと家では今頃大騒ぎになっているはず・・・

私は恐る恐る携帯を開いた。
そこには、「不在着信50件」の文字が・・・

「あれ、ない?」

50件どころか、1件も不在着信がない。
未読メールもゼロ。
念のため、留守番電話サービスにも問い合わせたけど、
何も録音されていない。

これは・・・私、見捨てられた?

携帯片手に裸でボーっとしていると、
ようやく起き出した聖が自分の携帯を見て「うわ!」と声を上げた。

「やべえ!バイトに遅れる!!・・・ん?マユミ、なんでいるんだ?何してんだ?」

私はウヒヒヒと笑いながら振り向いた。

「何をしてるでしょーか?」
「妖怪ごっこ」
「はずれ。答えは、無断の朝帰り」
「・・・」
「でも、どうやら親に見限られたみたい。私、今日からここで暮らすわ」
「頼むからとっとと帰ってくれ」

誰のせいで帰れなかったと思ってるの。

だけど口では冗談を言いつつも、内心は冷や汗モノだ。
どうして着信が全然ないのかは分からないけど、
パパもママもまさか本当に私を見捨てた訳じゃないだろう。

ということは、なんとか言い訳をしないといけない訳で・・・

私は重苦しい気分で制服のブラウスを羽織り、
頭の中を整理するようにゆっくりとボタンをとめた。

あ。学校!・・・は、どうにでもなるか。
仮病でも使っちゃえ。

問題はやっぱりパパとママだ。

この際、本当のことを言って聖を家に連れて行ってしまおうか。
・・・いや、パパは聖のことを知っている。
それも、最悪の形で。
パパと聖を会わせるのはもうちょっと時間が経ってからの方がいいかもしれない。

じゃあ、どうやって今日のことを言い訳しよう・・・


私が頭を抱えていると、目の前にミルクティの入ったマグカップが出てきた。
今ではすっかり私の大のお気に入りになった、ティーバッグをミルクで出した聖お手製の紅茶だ。

「今更焦っても同じだろ。ちょっと落ち着けよ」
「他人事だと思って・・・いただきます」

だけど温かくて甘いミルクティが乾いた喉を通っていくうちに、
確かに聖の言う通り今更焦っても同じだな、と思うようになった。

無断で外泊してしまったことに変わりはない。
取り合えず帰って怒られよう。
正直に話すか、友達の家に泊まったとでも嘘をつくかは、その時考えればいい。

だけど、そんな私の目論見は、聖のアパートを出た瞬間吹き飛んだ。


「おはようございます、お嬢様」
「・・・」

聖のボロアパートに比べるとロケットにも見える車が、アパートの目の前に止まっていた。
いつもはコンビニの裏に止まっているあの黒いセダンだ。

「お、おはよう」

この運転手の名前は確か・・・

「原田さん」
「はい」
「どうしてここにいるの?」
「お迎えに上がったのですよ、もちろん」

えーっと。
これはつまり・・・どういうことなんだ?

私が軽くパニクッていると、
50がらみのベテラン運転手・原田さんは私の横にいる聖を見て言った。

「そちらの方もお出掛けでしたら、お送りいたしましょうか?」
「・・・そうね・・・そうして」

私は何がなんだか分からないまま、聖と一緒に車の後部座席に乗り込んだ。


車が朝の街を静かに走り出す。


「お連れ様をお先にお送りしたほうがよろしいですよね?
どちらに参りましょう」
「じゃあ、渋谷のTってビル。分かります?」

聖はこのよく分からない状況にもすぐに慣れ、
既に無料タクシーにでも乗っているかのような貫禄だ。
相変わらず図々しいことにおいては右に出る者はいない。

「かしこまりました。・・・お嬢様」
「は、はい!」
「旦那様と奥様には、お嬢様はコンビニに偶然いらっしゃったお友達と一緒に、
お友達のお家に遊びに行かれました、とお話してあります」
「え?」
「昨夜、お嬢様がいつもの時間になってもコンビニから出ていらっしゃらないので、
失礼かとは思いましたが、外からお連れ様のお部屋の様子を窺わせて頂きました。
すると、ご在宅のようでしたので、恐らくお嬢様もご一緒だろうと思い、
帰らせて頂きました」

お連れ様のお部屋って・・・
私がバイトだって嘘をついて、いつも聖の部屋にいること知ってたのね?
しかもちゃっかり聖の部屋まで知ってる訳ね?
バレバレじゃん。

でも、助かった。

「ただ、旦那様と奥様は私の話を信じてくださったようではあるのですが、
どうもお嬢様がお友達の家でお酒を召していると思い込んでいらっしゃるようで・・・
そういう意味では、お怒りかもしれません。申し訳ありません」
「ううん、そのくらい平気。ありがとう、原田さん。助かったわ」


こうして、私はパパとママに飲酒疑惑でこっぴどく叱られはしたものの、
原田さんの機転のお陰で聖とのことはバレずにすんだ。

でも、お酒なんかはもちろん飲んでいないものの、
ちょっとくらいは怒られないとなんとなく気が咎めるので、
しおらしく怒られておいたけど。






「じゃあ、運転手公認になった訳ね」
「うん。これからは直接彼の家まで迎えに来てもらうことになったの」

午前12時半のお迎えというのは変わらないけど、
運転手の目を気にしてわざわざコンビニの裏口を使う必要はなくなったし、
多少の遅れには目を瞑ってくれるから、大急ぎで聖の家を飛び出さなくてもよくなった。
だからこうして博子に事情説明なんかをしてられるのだ。
本当に助かる。

「あ。あと、ドリップコーヒー一杯頂戴。運転手の原田さんに持っていくの」
「はいよ」

博子が保温性の高い分厚い紙コップをレジの後ろの棚から取り出した。
さすがに豆からとはいかないけど、
コンビニの中で粉から淹れてるドリップコーヒーはなかなかいける。
これから毎日、原田さんにこれを持って行こう。

「おーい」
「!」

私は鞄から財布を出す手を止めて、
慌てて振り返った。

「あ・・・」
「マユミ。お前、俺の存在忘れてたろ?」
「ま、まさか」

博子に会わせるために、わざわざ一緒にここまで来てもらったのに、
存在を忘れるなんて、
そ、そんなこと、ある訳ないでしょ!

私は聖から目を逸らし、コーヒーを淹れている博子に向かって叫んだ。

「博子!ついでに私の彼氏、紹介しとくね」

私の彼氏、だって。
えへへへへ。

博子がコーヒーを手に、呆れたような顔になる。

「私はさっきからそうだろうなとは思ってたけどね。
って、すっごいかっこいい人ね」
「えへへ。でしょ?役者さんなの」
「ちょっとは謙遜しなさいよ・・・。役者さんかあ。通りで。
初めまして、鈴木博子です。あ、お近づきの印に、これどうぞ」

博子がそう言って、保温機の中からフライドポテトを一袋取り出し、
聖に差し出した。

「お近づきの印って言いつつ、絶対代金払うつもりないでしょ?」
「バレた?こっちのコーヒー代もいいよ。これで共犯ね。店長には内緒よ」
「了解!・・・聖?どうしたの?」

私達の弾丸トークに口を挟む気がしないのか、
聖は何も言わずにじっと博子の顔を見ている。

でも、なんかちょっと・・・
見つめすぎじゃない?

博子も不思議そうな顔をしている。

私はとりなすように言った。

「彼はね、伴野聖って言うの。あ、そうだ、ごめん。聖ってそういう物、食べないんだ」
「フライドポテト?」
「うん。ごめんね」

ところが、私の後ろからすっと手が伸びてきて、
博子の持っているフライドポテトを掴んだ。

「いや。貰っておくよ、ありがとう」

聖がいつになく落ち着いた口調でそう言う。
でもその目はまだ博子の顔から離れない。

博子も聖の視線に気付いてはいるんだろうけど、
その意味を理解しかねているのか、
ただ「いえ、どういたしまして」とだけ言って微笑んだ。


私も聖の視線の意味はわからない。

でも、それはどう考えても、
私にとって嬉しいものではなかった。
 
 
 
  
 
 
 
 
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