第4部 第9話
 
 
 
裏口なのに、劇団こまわりの正面玄関(?)よりしっかりした扉のノブに手を伸ばした瞬間、
その扉が突然内側から開いた。

扉は外向きに・・・つまり、私がいる方に向かって・・・開くようになっているので、
本当なら私は扉に激突するはずなんだけど、
どうやら「相手」はそこまで計算して、
ギリギリ私にぶつからないタイミングで扉を開けたらしい。

「博子!!ビックリするじゃない!」
「ふふん。そりゃそうよ、ビックリさせようと思ってやったんだから」

コンビニの裏口から出てきた博子が不敵に笑う。


私と博子がバイトをしているこのコンビニの裏口の扉には小窓がある。
そしてその小窓には「外から見ればただの鏡だけど、中からは外の景色が見える」という、
いわゆるハーフミラーが取り付けられている。
防犯上の理由からだ。

どうやら博子は部屋の中からこのマジックミラーを通して私がやってくるのを見て、
待ち構えていたらしい。

悪趣味過ぎないか。

「それにしても、博子、今仕事あがったの?
珍しく随分早い時間のシフトだったんだね」
「うん。今からマユミの彼氏とデート」
「・・・」
「ちょっと。なんて顔してんの?冗談に決まってるでしょ?」
「わ、分かってるわよ」

冗談に聞こえないんだけど。

私は顔を引きつらせつつ、何とか笑った。

「今日は2ラウンドあるのよ。3時から5時までと11時から午前2時まで。
今から一度家に帰って、休むわ」
「そう。じゃあ私とはかぶんないね。お疲れ」
「おつかれー。頑張ってね」

もう。
よりによって、このタイミングであんな冗談、言わないでよね。

私は扉を閉め、遠ざかっていく博子の後ろ姿を小窓越しに見つめた。
まだ胸がドキドキ言ってる。

でも・・・あんな冗談を言えるってことは、
本当に聖とはなんでもないんだろう。
いや、これも私の目を欺くための作戦なのか・・・

ああ、やだやだ。
なんか私、どんどん疑り深い人間になってる。

聖はともかく、博子が私に嘘をついたり平気で酷いことをするとは思えない。
・・・聖のことも信じたいけど、いかんせん聖だしな・・・

信じていいよね、博子?

そんな思いを込めて、数メートル先の博子を見ていたら、
目を疑うようなことが起きた。

なんと、博子の行き先を遮るようにして、
突然物陰から聖が出てきたのだ。

一瞬、見間違えかと思った。
聖のことを考えていたから、聖の幻でも見えたのかと思った。

でも、間違いなく聖だ。

聖が博子の横で立ち止まる。
博子も聖に気付くと足を止めた。

2人は向かい合って立っていて、
私からはちょうど2人の横顔が見える形になった。
もっとも私はコンビニの部屋の中にいるし、
聖たちがこっちを向いたとしても、小窓は鏡になってるから私には気付かないはずだ。

もちろん博子はこの小窓がマジックミラーになってるのを知っているけど、
まさか私が見ているとは思わないだろう。


博子の表情は私と同じだ。

でも、それはすぐに微笑みに変化した。
友達の彼氏と偶然会った時にするのには、自然な程度の微笑みだ。

だけど聖の表情は硬い。
真剣というより、緊張に近い。

博子が先に口を開いた。
声は聞こえないけど、唇の動きからして「こんにちは」とでも言ったのだろう。
聖も少しだけ唇を動かしてそれに応える。

そして・・・2人の間に気まずい沈黙が流れた。

明らかに聖の方が博子に話がある様子だけど、
聖は言いあぐねている。
そんな聖に博子は困っているようだ。


30秒ほどして、ようやく聖が話し始めた。
さっきと同じく口の動きが少ないし、
博子の様子をうかがうように自信なさげに話しているので、
いくら唇を見ても内容はさっぱり分からない。

こんな話し方、聖らしくない。


一方で、聖の話を聞く博子の表情が次第に変化して行く。

最初は微笑んでいたけど、
それはすぐに顔に張り付いたような微笑みになり、
ある瞬間を境に、完全に消えた。
そして、博子の顔が強張る。

何?
何の話をしているの?

私は両手でドアノブを握り締めた。
2人のところへ走って行きたい衝動を抑えるのがつらい。


突然聖が大きく頭を下げた。
いつの間にか少し長くなった前髪で目が隠れ、
表情が見えない。

聖・・・
何してるの?
どうしてそんなことしてるの?
何かを頼んでるの?

息苦しくて涙が出てきそうだ。

聖はいつまでも頭を上げない。
博子は・・・顔を強張らせたまま聖を見下ろしている。

そして唇が動いた。
短い言葉だ。
なんて言ったのか、私にも分かる。


――― 何、それ。


博子はそう言った。
「何、それ」と。

私の方が聞きたい。
「それ」って何?
聖、博子に何を言ったの?


今度は、頭を下げたままの聖に向かって博子が話し出した。
捲くし立てる様に一気に何かを話している。
でも、その険しい表情の中には、どこか切なげで苦しそうなものがあった。

少しして博子の口が止まった。
言いたいことを全部言い切ったのか、
ハアハアと肩で息をすると、聖に背を向けパッと走り出した。

聖はゆっくりと顔を上げ、
苦痛に耐えるかのように眉を寄せて下唇を軽くかみ締めている。

そして、小さく一つため息をつくと、
重い足取りでアパートの方へと戻っていった。
 
 
 
  
 
 
 
 
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