第1話 プロポーズ
 
 
 
予感はあった。

大学3年の時に、一つ上の祐樹ゆうきと付き合い始めて5年。
夜景の綺麗なレストラン。
いつもより緊張した面持ちの彼。


嫌でも分かってしまう。


琴美ことみ

食後のコーヒーになった時、
祐樹は声を上ずらせながら私の名前を呼んだ。

「はい」

私はこっそり深呼吸する。

「俺と、結婚して欲しい」

やっぱり。
わかりやすいんだから、祐樹は。

そして、私の答えも決まっている。
私は満面の笑みで言った。

「はい!」






「じゃあ、結婚するの!?」
「うん」

昼休みの職員室、の、隣の教師用サロン。
私は友人で国語科の教員である、石井佳苗いしいかなえに昨日の出来事を告げた。

「うわー、いいなあ、琴美!」
「何言ってるの。佳苗は美人だからよりどりみどりで、1人に絞れないだけでしょ」
「まあね」
「・・・」

実際、佳苗は美人だ。
うちの高校の教員の中じゃ、間違いなくNO.1。

一方の私は・・・まあ「平均的」と言ったところか。
いや、どちらかと言えば、真面目タイプだと思う。

服も、佳苗みたいにお洒落じゃなくって、スーツで無難にまとめてるだけだし、
黙っていれば、「ツンとしてる」と思われがち。
唯一の自慢は綺麗な髪だけど、これも肩までの真っ黒なストレート。

だって、下手にお洒落しても生徒にバカにされるだけだもの。
その点、佳苗は生徒にも一目置かれている。


「仕事は?続けるの?」
「辞める。彼、福岡に転勤なんだって」
「ええ?じゃあ、琴美、福岡に行っちゃうの!?」
「うん」
「えええ〜!置いていかないでよ・・・」
「何言ってるの。子供じゃあるまいし」

でも、そう言いながら、私の心中は複雑だった。

祐樹の転勤は夏から分かっていたこと。
そこに、レストランデートのお誘い。

祐樹が、私と結婚して一緒に福岡に行きたいと思ってるのはすぐに分かった。

だから、私はまだプロポーズされたわけでもなかったのに、
昨日まで散々悩んだ。

親とも友達とも離れて、見ず知らずの土地へ行くことの寂しさ。
それと、大好きな祐樹と一緒にいたいという気持ち。

結局私は後者を選んだ。


教師という職に未練がないことはない。
でも、祐樹は私に専業主婦になってもらいたいみたい。
私もそれに応えたい。

それに・・・もうこの学校には正直うんざりだ。


ちょうど予鈴がなり、私と佳苗はサロンを出た。
5限が始まる。
私の担任する3年C組だ。

私は重い足取りで、教室へ向かった。




教壇に立ち、淡々と授業を進める。
途中、「質問は?」とか聞いてみるけど、当たり前のように反応はない。
お昼ごはん直後の数学の授業、ともなれば、やる気がでないのも当然かもしれないけど、
それだけじゃない。

この子達は、いつもこんな感じだもの。


ここ、私立堀西学園はかなり特殊な学校だ。
東京の一等地のバカみたいに大きな敷地内に、小学校から短大・大学までがあり、
通うのは大金持ちの御子息・御令嬢のみ、というセレブな学園。
全員が小学校から入学し、途中から入ってくる生徒はいない。

そういえば、中等部にどこぞの財閥の一人娘がいたっけ。

まあ、とにかくそんな学校。

女の子は短大か大学を出た後、花嫁修業をしてこれまた大金持ちに嫁いだり養子をもらったりする。
男の子は大学を出た後、父親が経営する会社に入ったりする。

受験もない。就活もない。

これじゃ、真面目に勉強しろって言う方が無理だ。

それに、生徒はセレブでも教師はごくごく普通な庶民。
だから生徒もどことなく教師を見下している。

こうなると、教師の方もやる気が出ない。
だって、誰も授業聞いてないんだもん。
取り合えず赤点がでなければ、追試なんて面倒臭いもの作らなくて済むわ、ってな勢い。

私は、佳苗曰く真面目過ぎるのか、そこまで割り切ることはできないけど、
やる気がでにくいのは事実。

教師を目指してた頃は、金八先生とまでは言わなくても、
生徒と信頼関係を築いて、立派に「先生」やろうと思ってたのに。

って、ダメよ、教師がそんなことじゃ。
例え生徒が聞いていなくても、ちゃんと授業しなきゃ!

よし!

私は声のトーンを強めた。

「じゃあ、この問題を・・・」

教室を見回してみる。
やっぱりみんなつまらなそうな顔をしているけど、
私は一応(いや、当然)居眠りを禁止しているので、なんとかみんな起きてる。

いや・・・一人変なのがいるぞ。

「・・・和田君。起きなさい」
「〜〜〜〜」
「和田君!」
「ほえ?」
「ほえ、じゃない!今時、瞼に目を書いて居眠りする人間がいますか!」
「バレタか」

当たり前でしょ!!

クスクスと忍び笑いが教室中から漏れる。

「和田君。この問題、前に来てやりなさい」
「聞いてなかったからできませーん」
「・・・」


この和田宏君は、C組のムードメーカー。
そしてビールシェアNO.1のSビールの次期社長だ。

その肩書きをフルに活用し、合コン三昧の日々を送っている、らしい。
どこのジゴロだ。

・・・歳がバレる。

「じゃあ、宿題にするから明日解いてね」
「え〜!?」

他の先生はここまで言わないものね。
でも、この神谷かみや琴美様を舐めるんじゃない。


私は勢い良く教科書を閉じ、「今日はここまで!」と言った。



 
 
 
 
 
 
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