第11話 卒業式
 
 
 
「ごめんね」
「・・・うん、いいよ。琴美の好きにすればいい」

祐樹はそう言ってくれたけど、内心ガッカリしているのはわかっている。
結婚して、一緒に福岡に行って、私が専業主婦になることを望んでいたのだから。

今までずっと、祐樹が希望することで私にできることは何でもしてきた。
それが私の喜びでもあった。

でも、祐樹の希望と私の喜びがずれたのは、5年間の付き合いでこれが初めてと言ってもいい。


携帯の向こうから、祐樹のため息が聞こえた。

「・・・どうしたの?」
「いや。ちょっと安心した。話があるなんて言うから、俺、結婚をやめたいとか言い出すのかと思って、
ちょっと冷や冷やしてたんだ」
「ええ?何言ってるの。そんな訳ないじゃない。第一、結婚式、明日よ?」
「そうだよな」
「ふふふ。でも、危なかったわよ、祐樹。私のクラスのイケメン君が、私のこと好きだったみたい。
もし祐樹より先にその子にプロポーズされてたら、その子を選んでたかも。お金持ちだし」
「・・・」
「ちょっと。冗談よ。何、本気で落ち込んでるの?」

私は苦笑いした。
祐樹はいっつもこうだ。
すぐにヤキモチを妬くし、不安になる。
5年も付き合ってるんだから、私が好きなのは祐樹だけっていい加減わからないのかなぁ?

でもさすがに明日結婚式なのだ。
祐樹もそれ以上落ち込むことなく、明るく言った。

「じゃあ明日、式場でね。琴美のドレス姿、楽しみにしてるよ」
「まかせて。私だって分からないくらい化けるから」
「あはは、おやすみ」
「おやすみなさい」


私は布団をかぶり、目を閉じた。

今日、無事堀西高校の卒業式が終わった。
そして明日、私は結婚する。



毎年のことだけど、堀西高校の卒業式はさっぱりしている。
出席する保護者達が社長や政治家などそうそうたる面子なので、警備から席順から大騒動ではあるけど、
当の生徒達はほとんど全員がそのまま同じ敷地内の大学に進むのだ。
特に涙もなく、明るく「バイバイ」である。

ただ高校の教師とは別れることになるので、一応写真や握手を求めてくるけど、
元々教師を舐めている生徒達だ。
これもさっぱりしたものだった。

でも私は、これで自分もこの高校を卒業かと思うと、
無性に寂しくなった。
結婚退職することを生徒に言っていない手前、堂々と(?)悲しむことはできなかったけど、
涙を堪えることはできなかった。

生徒達はそんな私を笑いながら、「何泣いてるんだよー?」「またいつでも会えるってー」と、
慰めながら手を振ってくれた。


自己満足ではあるけど、この数ヶ月、充実していた。
こんなに一生懸命授業をしたのは、初めてだ。

生徒の成績は最後まで相変わらずだったけど、
授業だけはほんの少し今までより真面目に聞いていてくれた気がする。

教師が本気になれば、生徒もちゃんと応えてくれるんだ。

何年も教師をやってきたのに、今更こんな初歩的なことに気づくなんて。
でも、最後に気づけてよかった。
生徒達みんなに感謝したい。

そんな気持ちで教室の窓から1人、
校庭ではしゃぐ生徒達を見てたら、突然声をかけられた。

「先生」
「本城君・・・。卒業おめでとう」
「うん・・・お世話になりました」

いつもは適当に制服を着ている本城君だけど、今日ばかりはキチッとしている。
そんな本城君が礼儀正しくお辞儀なんかすると、優等生に見えて笑えてしまった。

「なんで笑うんだよ」
「いやー、似合わないなあ、と思って」
「・・・」

本城君はムスッとして、卒業証書の入った筒で肩をポンポンと叩きながら、
窓の方にやってきた。

「先生、ありがと。父さんに直談判してくれたんだってな。じいちゃんから聞いた」
「直談判って言うか・・・」

結局、お祖父さんがお父さんをなだめてくれたのだ。
更に図々しいことに、私は本城君の弟が本城君と同じようなことで苦しまないよう、
お祖父さんにお願いしてしまった。

「息子はまだ真弥のことを諦めてはないようだが、
取り合えず大学は真弥の好きな学部に進ませることになった。
真弥の弟の件は・・・わしが生きていれば、なんとかしよう」

生きていれば、なんて言わず、いつまでも長生きしてほしい。
ご自分のためにも本城君と弟のためにも。

本城君が本気で教師になりたいのなら、大学生の間もお父さんとイザコザが絶えないかもしれない。
でも、頑張って欲しい。
頑張って教師になって欲しい。


「父さんに楯突いた奴なんて初めてだ」
「ふふ。怖いもの知らずだから、私」
「そうだな。・・・なあ、じいちゃんから何か聞いた?」
「何かって?」
「いや・・・」

本城君は気まずそうに私から目を逸らした。
どっちのことを言ってるんだろう。
ちょっと意地悪してやれ。

「本城君。教師になるなら、好きなことだけに熱を上げてちゃダメよ。
苦手なことにもチャレンジしないといけないし、ましてや生徒には平等に接しないと。
女の子に冷たいのも、治さないとね」
「!」

本城君はちょっと赤くなったけど、すぐにいつもの表情に戻った。

「なんだよ、聞いたのかよ」
「うん。それは聞いた」
「・・・それだけ?」
「それだけよ」

あからさまにホッとする本城君。
かわいそうだから、これくらいにしておこう。

「じゃあね。大学に行っても頑張って」
「・・・うん。それじゃ」

本城君は軽く手を上げて、教室から出て行った。



  
 
 
 
 
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